こう見えてだな……

 完璧だと思っていた変身に思わぬ穴が有ったとは何という不覚か。計画の第一歩でつまずくとは思っていなかった。

「困った…」

 変身の効果を常時維持させるため、触媒に姿を記憶させるよう魔力刻印を加えてあり、今更姿は変えられない。もし別の姿に変えようとするならば、手持ちの触媒を破棄して再度同じ触媒を手に入れて記憶し直さなければならない。


 触媒と簡単に言ったが、実際には竜の牙を使用する。当たり前だがそんなものおいそれと手に入る代物ではない。

 魔法をかけ直して、別の姿になるにしても、触媒が無ければ変身の魔法の効果時間はそう長いものではない。触媒無しでの姿の維持など無理だ。

 だからといって、魔法の連続使用などは問題外だ。


「はぁ~……」

 私は憂鬱になり、大きなため息をついた。

 ため息をつく悪魔など、この世の中に居ないだろうなと思うと余計に情けなくなってくる。

 空を見上げれば、腹が立つほどに青く澄んでいる。憂さ晴らしに魔法で雷雲でも作り上げて周囲を暗闇と雨と雷の共演する舞台にしてやりたいところだが、街中でそんな目立つ事をする訳にもいかない。


 財布の中身を見ても、残金では恐らく竜の牙の欠片も購入することはできまい。

「むむむむ……」

 青空の下、あまりの見通しの暗さに私は街の広場にへたり込んだ。

 後ろの噴水が勢いよく噴き出し、水しぶきが髪と頬を濡らしたが、何もやる気が起きない。

 諦めて一旦帰るか、それともこの姿でなんとかするか……。


 どうしようかと悩んで何度目かのため息をついた頃、不意に声をかけられた。

「ねぇキミ、魔法使い?」

「そうじゃが何か?」

 私はぶっきらぼうに答えた。いや、凹んでいて、思わずそういう感じに答えてしまっただけなのだが。


 目の前には声の主、人間の雌……女が立っていた。

 年齢的には、私の今の容姿より上である事は間違いない。私もこのへんの年齢にしておけば良かったと、さらに凹んだ。

 女が私に視線を合わせるように屈むと、金属鎧から溢れるように大きな胸がぶるんと揺れた。ちなみに、人間の外見の良し悪しなど、私には分かるはずも無いが、この乳は無性に腹が立った。

「魔法使いならお願いがあるの。これから依頼を受けたいのだけれど、魔法使いに欠員が出てしまって困っていたところなのよ。手伝ってもらえるかしら?」

「別に構わんが……」

 差し伸べられた手を掴んで立ち上がる。すると、女が少し驚いたような顔をした。

「あら、思ったより幼い……」

「あん……? 悪いか? こう見えてもそこらの連中など相手にならんぞ」

 相手の反応に食って掛かる。自分の誤りを指摘された気がして少々苛立ったのが原因だが、若干大人気ない事をしたと思わないでもない。

 いや、悪魔だから反省はしておらんが……。


「あ、うん、全然問題ないわ。気を悪くさせたなら謝る」

 女は慌てて頭を下げた。

「本当の事だ、別に構わんが……。実のところ、いくつに見える?」

 気になっていたことを聞いてみると、女は僅かに悩む様子を見せたあと、笑った。

「12歳くらいかと思ったけど違うの?」

「……いや、違わない。聞いてみただけじゃ。他意はない」

 と言ったものの、人間のおおよその寿命と成人年齢を知っているので、内心相当ショックだった。私の事前の勉強不足が原因とはいえ、角とか羽とか分かりやすい成長基準が無いんだよ人間! と怒りがこみ上げるが、表情に出さない。


「それで、私に何をしろと言うのだ?」

 気を取り直すとまでは行かないが、怪しまれぬよう、会話を続ける事にした。

「とりあえず冒険者ギルドまで一緒に来て欲しいの」

「ふむ、その冒険者ギルドとは何だ?」

 初めて耳にする言葉で、思わず聞き返してしまった。

 女が少々驚いたような顔をしたのでハッとした。知らないという事を不審に思われたか、と一瞬身構えた直後だった。

「ああ、その年ならまだ知らないか……ごめんね」

 私は無詠唱で魔法を打とうとしていた手を止めた。


 目的地へ向かう道すがら、女は冒険者ギルドというものが何なのかを教えてくれた。

 冒険者とは何でも屋のような事をするという予備知識はあった。

 女が言うには、ギルドとは冒険者の補助と依頼の斡旋や、依頼者との仲立ちを行う機関らしい。加えて依頼遂行時に得た戦利品や素材の買取もするほか、身元の保証などにも役立つという話なので、行ってみて損は無いと判断した。

 情報収集や、人間の行動についても知ることができそうである。


 ちなみに、まったく関係ないが、私は冒険者ギルドに着くまでに、3回ほど盛大に転んだ。道にできた轍やら凸凹が悪いのだ。田舎町め、道は石畳にしておけ!

 おかげで新品のローブも泥だらけではないか。


 言い訳になるが慣れない体というのもあるが、ローブの丈を誤ったのが主な原因だった。そうだ、この体では羽が使えないのが悪いのだ!

 青空を睨んだ瞬間だった。

「あいたっ!」

 入り口の段差でもう一度転んだ。

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