彼岸花

Dogs Fighter

彼岸花



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『彼岸花』




幼い頃からたまに遊びに行く近所のおじいさんの家がある。

おじいさんはよく油絵を描いている人だった、

一貫して彼岸花がテーマらしく色々なサイズのキャンパスに彼岸花を描き続けていた。

壁に掛けられたり、立てかけられてあったり、雑に並べてる絵もあった、その真ん中で白いキャンパスに真剣な顔で細く艶のある空に向かって広がる花弁を一本一本時間をかけてなぞるように描いていた。

画材独特の匂いが気になり何度か仕事部屋に入れてもらったが、小学四年にもなると仕事の邪魔をしてはいけないと、子どもながらに思うようになる、むやみに中には入らなくなった。

今はそれで良かったのだと思う。


庭や縁側、時には台所にもお邪魔していた。

そこでお茶しながら、よく話してくれたのは、子供の時の話、猟師の家に父と二人で暮らしてた時の話、狸は穴掘りしない、穴熊と間違ってるとか、鶴の鍋は上手いとか、銃はこう構える、罠はこう仕掛ける等々。

そんな生活も父が事故に遭い亡くなり終わったのだと言う。

野生の中で生きる生活は興味深く飽きることなく聞いていた。


しかし中学になる頃には、サッカー部い入り時間が取れなくなったのもあり疎遠になっていった。

ある日、親に聞いたら画家ではなく引退して悠々自適の生活の中での趣味で絵を描いてる人だとわかった。


高校になってからは趣味に生きると帰宅部になった。

何にも向き不向きというものがある、三年もやったがどうにも敵わない人というのがいて他のことをすることにした。

おじいさんは、たまに庭先に居る時に会ったら挨拶してたが、最近は表情も暗い、心なし腰も曲がってきた気がする、痩せた気もする。声も枯れぎみで咳をすることもあり心配になる。

昔二人で食べたシュークリームを駅前で買い、手土産して遊びに行ってみた。

絵の才能が自分にあるとは思ってないが、思わぬ才能が見つけられるかもしれない、なんて事思いながら。

久しぶりに見た居間は、ほとんど変化がなかった。一人暮らしなのに掃除や整理が丁寧で、自分の部屋とは大違いだなと思う。

シュークリームを懐かしがるが食欲はない感じだったが、でも話すことも、話し方もおかしな所はなくほっとする。


久しぶりにアトリエに入れてもらった、画材を見てみると赤が多い、思いのほか多い、聞いてみるとピタリと合う色を探してるうちに増えたのだと言う、一枚の花びらを描くにもいくつもの赤がいるし、その赤を作るにもいくつもの色がいるという。

画家の色彩感覚と言うものかなと納得しつつも、趣味にするには金銭的にも敷居が高く感じやめておこうと思う。。


居間にて。

久々のおじいさんの話は昔あまりしなかった秋の話だった。大体は春夏の話だった。

夏が終わり秋が来ると冬の支度が始まる、紅葉が進み山々がが赤や黄色に変わりだす。

あれはいいものだ、虫の声も悪くないが、冬が来るまでの競争でもある。

薪を積み、干し肉や干した野菜、保存食を備える。


「木枯らしが吹く。。。」


自身の腕で自身の体を抱えるようにしてさすり始めた、本当に寒そうな表情までしてる

初夏でまだ暑いと言うほどでもないが、寒くは全くない。


「雪が降り始める、葉が散り、虫も居なくなり、匂いがなくなる、空気に匂いがなくなる、空気も凍るものなのかもしれない。

 葉も無くなった山は殺風景だ、そして雪が積もると代わり映えのしない毎日が始まる、毎日漬物や干し肉や漬物、干し大根。飽きもするけど、春までそんな感じだ。特に用もなければ家から出ることもない、煤で黒ずんだ家と寡黙な父とずっといることに息が詰まって外に出る」


 饒舌に話す。昔のような笑顔がなく、寒そうに強張って見えた。

 父親は子供に色々教えてくれる面倒見のいい人かと思っていたが、違ったのだろうか?


「外に出たところで白い雪と葉も付いてない木と山があるだけ、匂いもない、肌を切るような寒さ、鼻の中が凍るように痛い、空を見上げても鈍色の雲に覆われ何も見えない。草も花も虫も何もいない、ただ白と黒ばかりだ。そして家に戻るとそこは煤けて暗い。。」


昔聞いた山の話は発見と冒険に満ちてたのに、どう言うことなのだろう。


「ある朝、父は何も言わずに猟銃を携え一人で出て行った、昼も過ぎだいぶ経ったが戻らない、これはおかしい、暗くなるまでに戻らないと危険だろう、暗くなってから一人でいるのはゴメンだと迎えに行くことにした。でかいカンジキをつけてな、外に出たら雪に足跡がある、それを追って家の横の丘を登った、風に乗って血の匂いがした、ソロソロと姿勢を低くして丘を登り、向こう側を覗き込む、真っ白な雪原の一部が真紅に染まっていた。こんな所で血抜きをするはずがない、おかしい、帰って父を待つか?いや、時間がない、今探すしかないと、周りを警戒しつつゆっくり音を立てずに進んだ、、銀世界の真ん中で血だまりの中で、四方八方に血しぶきや臓腑を飛び散らかし大の字で空を見上げた父の遺体があった。」


山の事故で亡くなったと言うのは、滑落とかじゃなかったんだ。


「猟師の子だから何があったかわかる、大声を出したりはしない。」


もう寒そうにもしていない。昔の軽妙な語り口に戻ってるような気もする。


「父はここで熊にあったのだ、お互い近過ぎて驚いたろう、父はとっさに銃を構え頭めがけて撃ったんだろうが、頭蓋骨に弾かれ、突進してくる熊に腕を噛まれ骨折したのだろう、そのまんま引きずられ、下で腹を食い破られた、必死に暴れて、色々撒き散らしてどうにもならずあんな顔で死んだんだろう。」


ぼんやりとテーブルに視線を向けている

彼はなぜ微笑んでいるのだろう


「しばらく白銀と赤のコントラストを眺めていた。」


 顔をすっとこちらに向けて続ける


「熊というのはね獲物を放置したりしないんだよ、つまり、絶対に戻ってくる、ここにいるのも危ないし、近づくのも獲物を狙ってると思われて危険なんだよ」


頷くしかなかった。


「ソロソロと家に戻った、思いつく限りの守りを固めた、板を戸や窓に貼り付ける程度だったけど、明日には山を降りるので薪も食料も使えるだけ使った。暖かいのもあり意外にもよく眠れた。朝には村に降りたんだ。村の者たちは山に入るのを嫌がったが、二人若いのが付いてきてくれてあの場所に戻ることができたが、もうなかった。雪の下に血溜まりの跡があった。

 あとはできるだけ急いで村に帰った。

 村は、どこも貧しく、自分の居場所などなかった。獲物を逃した熊が村を襲いにくるんじゃないかと待ってるうちに時代は変わった。

 街の施設に入ることになった、自分にとっては快適そのものだった、不満を言う人はいたが、その気持ちは全くわからなかった、学校にも行き、同年代の友人もでき、勉学にも励んだ。そして就職、あの日々に比べたら苦労なんてものはない、やりたくないだの、給金やすいだと言うやつがいたが、甘えるなと一喝してやった。何でもやった、そして出世して、今に至るわけだ」


久々にあったからか、怒涛の語りであった。

面食らって何も言えずに、気まずく見つめ合ってしまった。

次の瞬間


「何でもやれってこった」

いきなり身を乗り出して、腕を叩かれた。

今まで穏やかな人と思っていたので、唐突に強めのスキンシップに動揺してとっさに

「はい!」

と答えていた。


学校のことや、進路のことを少し話して帰ったのだが、その時にはいつもの穏やかなおじいさんに戻っていた。


帰り道、冷静になり、家についてもずっと悩む。


何だったんだあの話は、子どもの時に聞いた話とだいぶ違う、もしかして、作り話なのか?

嘘をつくような人でもないし、でも昔の話と違うしとぐるぐると思考は巡り、布団に入っても納得いく回答にはたどり着けず。

一生懸命やれと言う激励のための部分的な作り話なのだろうと結論にして寝た。


おじいさんとは庭先でたまに話す程度だが、いつもの穏やかな様子で体調も良くなったようだった。

そして受験生になり、がむしゃらにやろうと思い、やれるだけやった、世間に評価されるほどではないけど、納得のいく結果となり、大学で新入生としてどう過ごすか探っているある日、母から電話がきた

「あなたと仲よかったおじいさん亡くなったわよ、あと、あのお家、あなたにあげたいって」


次の休みに家に戻る


母が言うには、ある日、おじいさんが訪ねてきて自分に何かあったら家を譲りたいと言ったらしい。息子は進学希望ですからと言ったところか、受験が終わったら本人に相談するとなったらしい。

しかし、パタパタと私が引っ越したので、連休にでも戻った時にと思ってたら、体調を崩して急逝したらしい


鍵を預かってると封筒を渡された

現実が浮ついてるような妙な感覚の中、取り敢えず家に向かう、主人のいない敷地に入るになぜか誰もいないのに頭を下げる。

「お邪魔します」

玄関前で封を破り鍵を取り出そうとしたら、手紙が入っていることに気がつく。


居間で座ってそれを読む

要約すると

私には家族も親戚もいなく、今親しい友人と呼べるのは君だけだから、わがままとは思うがこの家を受け継いで欲しいというものであった。

続いて、自分の人生について話せたのは、君だけだった、私の人生は私だけのものであり、私と共に消えるものだった。私が亡くなったあと、私がいたことを知る人もなくなり、私は最初からいない人になるのだろうと思っていたが

、君に会えたことで私は、私がいなくなった後も私で居続けられる。

特別良い家ではないが、住むには問題ない。

不要であれば相続を断ってくれていい。

とあった。


手紙を畳みながら思う、満足したのだろうか、もっと話したかったのだろうか

私にはもっと時間があったのではないか


我武者羅にやれと肩を叩かれた気がして振り返るが、暗いアトリエの入り口があるだけだった


「よし!」


両の太ももを両手でパンと叩き、立ち上がり封筒、鍵、手紙を持って外に出る。


(ありがとうございました)

お辞儀をして、玄関に鍵をして帰宅した。


連休などに戻って来て、掃除をした。

寝室など入ったことのない場所は少し気が引けたが、どこも綺麗に片付けてあった。

少しづつ、不要そうなものを整理したが、アトリエは触らずにいた


=====


10年後、大学は卒業し相続した家に住むことにした。大学まで行ったしやるだけやったが結局全くそれを活かさない仕事についた。

野生動物専門の写真家だ、と言っても世間的には自称とつくやつで、実質フリーターである。言い訳のしようもない。

友人や取引先から紹介されたジャンル問わずの仕事をこなしながら日本中、世界中の自然の中で動物の生態を写真やビデオに収めている。

なので家にいるのは年の半分もない。


そして、未だにアトリエには手をつけていない

あの話を聞いてから、あの彼岸花の絵が怖いのだ、正確には裏側が怖いのだ、壁の彼岸花のパネルを外したら、恐ろしい絵が現れるのではないかと、そんなはずはないのだが、ただ同じ色の壁があるだけだろう。

床に雑に積まれたキャンパスも上から下まで彼岸花なのだろう、見たことを後悔するような絵などはないはずだ。


色々な白、色々な赤で描かれた彼岸花の絵

それだけのはずだが、いつか自分が成熟し何が出てきても受け止められる時が来たら、全てのパネルを綺麗に壁に並べてみようと思う。

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