第4話 虜

どうやら先程いた場所は森に囲まれていたらしく、いつの間にか、見渡す限りは広葉樹、高木の群れがギャップを埋めようと頭を寄せ合ている。濃密な木々の緑臭い匂いで頭がクラクラする。幼女が通った道は公害にでもあったかのように変色し、生えたばかりの弱々しい小木が乾いた音を立てて自重に押し潰された。なるほど、これは良い道標になる、と幼女は思った。途中でヤギのような魔物が無から生成されたのを見つけ、支配で足代わりにした。やがて、枯れた草が足跡となり、尾を引いていき、森の辺縁へにつながり、消失した。


------------------------------------------


「今日の森はやっぱり何かおかしかったぞ?」


無骨な槍を持った赤毛の男がやや興奮気味に大声を出した。男が持つ槍のやや曲がった矛先に白兎の長い耳を器用に刺してぶら下げて、意気揚々と帰りの獣道を事も無げに闊歩する。少し離れて、同行人の屈強なスキンヘッドは口角を歪めて相槌をとった。


「なんたってこんなに白兎が群れで寄ってくるんだ?森の奥で何かあったのか?」


赤毛の問いかけに対し、スキンヘッドは沈黙をもって肯定とした。よく見るとスキンヘッドの大男の口元には針金が等間隔に縫い付けられており、あたりの皮膚が癒着し針金と一体化している。


コマスウ高位な魔物でも巣を構えたのだろう


突如甲高い声が虚空より生じる。まるで高回転したチェンソーンに鉄を当てたような音色が引き伸ばされる。支離滅裂な言葉のように聞こえて、脳内ではダイレクトに意味が伝わる。気味の悪いことだが、赤毛の男は特に気分を害した様子はなく、気だるげに息を漏らした。


「おっかねぇ〜、おっかねぇ〜なぁ!!ハハ」


そういうと、男は草むらに鋭い突きを放った。動脈を狙ったらしく、中に隠れていた白兎の鮮紅な血が勢いよく吹き出す。血の噴水が四方に飛び散ると、少し服に付着したのか、男は小さく舌打ちをした。


「しっかしよ〜、高位な魔物が生まれたとすりゃ、何年ぶりだぁ?確か、ガキん頃に出たっちゅう話はあったんだけどよ〜」


コリモネここは領主の森だからね


「おい、あれをみろ」


赤毛の男が囁くように言うと、スキンヘッドの男をしゃがませた。


「子供がバフォメット乗ってやがるぞ!!どうなってんだ!!」


脂汗を滲ませながら、赤毛の男が隣のスキンヘッドの表情を確認しようとする。しかし、普通に喋れないその男は的外れなところを凝視して、微動だにしようとしない。


「おい、何してんだ!どうする?あのガキたすけr」


ここで男の言葉は終わった。気がつけば周囲には野太いヤギの鳴き声が複数、空間を支配していた。無口の大男に一匹のヤギが二足歩行で近づく。大男の頬に赤毛の男だった血が滴る。


「フッ...フゥッ...ハゥッ..」


唇の隙間から空気が漏れる音がするのをヤギはケタケタと嗤った。大男の目が自身から逸らせないとわかると、先程もいだを見せつけるように啜いた。


『 ッッッッ!!!《祓》!!!』


男の口が針金で縫られているのは高位な魔導師の証明でもあった。邪道だが、発話を代償に無詠唱と威力の底上げを得たのだ。その彼が今、全力で魔力を練りあげ、行使する。


使う魔法は悪魔に効果の高い聖魔法。本来なら柔らかい光で悪魔を払うものだが、男ほどの魔法士なら、それは破壊的な光の奔流となって、悪魔におそいかかる。光は悪魔を飲み込んだように見えたが...


「ッッ」


バフォメットは第2級悪魔である。複数の上位神官による討伐が推奨される。そのバフォメットを男は単身で葬ったのだ。傍から見れば驚嘆に値するだろう。仲間がやられたというのに、他のバフォメットは気に介することもなく、むしろ凶笑した。冷たくて邪悪な視線が男一人に降り注ぐ。がしかし、男はもう助力は残っているまい。絶望した。まだまだバフォメットが残っているということに対して、そして


瞬間を男は視認してしまったのである。


確信が深まってしまった。ああ、これで街が滅ぶのだと、高位の魔物どころか、魔王クラスがいるのだと。


「おい、おまえ」


意識外から、潤んだ可愛らしい幼女の声がヤギの唸り声をかき消し、空間を支配した。そうだ、幼女がいたのだった。バフォメットの恐怖からきれいさっぱり忘れていたのだった。


「何をしている。文明のある所へ案内しろ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高慢なる支配の王 並行双月 @parallel-moon-2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ