後編

「……手間はかかるが、やはり先ずは庭園を掘り返してみるべきか」

「おーい! 詩人さん!」

「えっ?」


 フギンが窓を叩き、考え込む吟遊ぎんゆう詩人しじんの気を引く。

 探偵役が随分とお悩みのようなので、宝石の隠し場所くらいは教えてあげようというフギンの気遣いであった。手を貸すのはここまで。吟遊詩人は頭の切れる男のようだし、きっかけさえ与えてやれば、後は自力で事件を解決へと導くことだろう。


「ひっ!」

「大丈夫かい」


 窓を叩くフギンの姿を見て、女中は驚きのあまり今度こそ腰を抜かしてしまい、側にいた庭師が慌てて彼女を介抱する。

 

「私に何かを伝えたいのか?」

「宝石の隠し場所はあの木の上だよ」


 突然の訪問者に驚きながらも、吟遊詩人は直感的に窓を開いた。

 フギンは一度窓から離れると、宝石が隠されている木の方向を示し、吟遊詩人の視線を誘導する。視線の先で何かが太陽光を反射してきらめき、吟遊詩人はその意味を理解した。


「そうか、そういうことだったのか!」

「ど、どうなさいました?」


 吟遊詩人は窓から飛び出し屋敷の裏手まで走ると、光る物の見えた木を無我夢中でじ登っていく。突然気でも触れたのかと、追いかけて来た執事は困惑気味に頭上の吟遊詩人を見上げている。


「執事殿、オーディンのまなこを発見しましたよ」

「それは本当ですか?」


 意外にも身軽な吟遊詩人が華麗に地面へと着地。その手には黄金色に輝く宝石――オーディンの眼が確かに握られていた。


「おおー! それは確かにオーディンの眼にございます。しかし、いったいどこから」

「木の上に作られた、からすの巣の中に隠されていました」

「それでは、此度の一件は窃盗事件ではなく、烏の悪戯だったのですね」


 大事にならずに良かったと執事がホッと息を撫で下ろすも、吟遊詩人は即座に首を横に振った。


「いいえ。ほとぼりが冷めてから回収するために、何者が既存の巣の中に宝石を隠したのでしょう。万が一隠し場所が見つかっても、今あなたが仰ったように、烏の仕業で事件性は無いと判断される可能性がある。そうすれば宝石の取得には失敗しても、罪を逃れることは出来ますから」


「何と周到な。しかし、あなたはどうやって烏の仕業ではないと見破ったのですか?」


「盗まれたのはオーディンの眼一つだけ。室内に荒らされた形跡はありませんし、窓はしっかりと施錠されていました。烏が侵入するのは難しい。まさか烏が別の窓から侵入し、オーディンの眼だけを回収して元来た窓から出て行った、というのは現実味がありませんからね。犯人も焦っていたのでしょう。烏の仕業に見せかけるため、窓を開放する工作をしていたなら、私も烏の悪戯を疑わなかった」


「なるほど。しかし、いったい窃盗犯は誰なのでしょうか?」

「宝石の隠し場所が分かったことで、容疑者を二人にまで絞ることが出来ました。そこで執事殿に確認なのですか、容疑者三人の中で、木に登れない人間に心当たりはありませんか?」

「一人おりますが」

「では、いよいよ犯人を絞り込めそうですね」


 事件解決を確信し、吟遊詩人は自信満々に頷いた。


「ねえフギン。僕達はもう犯人を知っているわけだし、詩人さんの推理を見届ける必要があるのかな? さっきは手助けみたいな真似までしちゃってさ」

「どうせなら、事件の真相を徹頭徹尾知りたいじゃないか。確かに僕達はもう犯人を知っているけど、僕達では動機まで解明することは出来ないもの」

「だから、あの詩人さんに事件を解決してもらって、動機も含めて真実を明らかにしたいと、そういうことかい?」

「そういうこと。今日はとても面白い報告が出来そうだ。しっかりと記憶を頼むよ、ムニン」

「分かったよフギン」


 〇〇〇


「今し方、屋敷の裏手の木よりオーディンの眼を発見致しました」


 容疑者達から驚きの声が上げるも、それはすぐさま安堵の溜息へと変わった。


「烏の巣から見つかったんなら、烏が悪戯で持ちだしたってことか?」


 料理人が苦笑顔で吟遊詩人へと訪ねる。容疑者扱いされた挙句、真犯人が烏でしたでは不満も言いたくなるだろうが、


「いいえ。ご当主のお部屋はしっかりと窓が閉められていました。烏の仕業とは思えません。私は何者かが一時的に、木の上の烏の巣へとオーディンの眼を隠したのだと考えています」


 再び容疑者達の表情が引きった。事件性はなかったと安堵した途端、容疑者へと逆戻りだ。当人たちは居心地悪くて仕方ないだろう。


「アリバイから犯人を特定するのは難しい。ですが、誰が宝石を烏の巣の中に隠したのかという点から紐解いていけば、自ずと犯人は絞られます」

「分かったぞ、庭師の野郎だな!」


 合点がいった様子で料理人が庭師を指差した。


「庭師なんだ。手入れや何かで木に登るくらい造作もねえ」

「違う。私は――」

「その方は犯人ではありませんよ」


 庭師自身よりも早く否定を口にしたのは探偵役である吟遊詩人であった。後ろでは執事もコクコクと頷いている。


「庭師さんは高所恐怖症で高い木に登ることは困難です。そのことは執事殿やご当主も把握されています。このお屋敷の庭には背の高い植物は存在しませんので、高所恐怖症を問題視せず、技術面を評価して彼を雇用したそうですよ。いずれにせよ、宝石の隠し場所が高所であった以上、庭師さんは容疑者から外れます」


 吟遊詩人の証明を受けて、庭師は今度こそホッと一息ついた。


「犯人はあなたですね、料理人さん」


 吟遊詩人の名指しを受け、その場にいた全員の視線が料理人へと注がれた。

 

「おい待てよ! 庭師が犯人じゃないのは分かったがどうして俺が犯人になる?」

「木に登って烏の巣に宝石を隠すことが出来るのは、あなただけだからです」

「女中の嬢ちゃんの可能性だってあるだろうが! 若い娘だって木登りくらいは出来るだろう!」


 料理人は青筋だった顔で感情的にまくし立てた。

 すでに彼が犯人であると確信している吟遊詩人は、あくまでも冷静に推理を述べていく。


「宝石の隠し場所が分かった時点で、彼女は真っ先に容疑者候補から外れましたよ。彼女は鳥恐怖症ですから。そんな人間が烏の巣に宝石なんて隠せるはずがない」

「……鳥恐怖症だと?」


 予想だにしていなかった展開に、あからさまに料理人から威勢が引いていく。


「ですよね」

「……はい。私は昔から鳥が恐ろしくて……しかし、申告もしていないのに、どうして分かったんですか?」

「あなたは二度ほど、窓の外で鳴く烏の姿に酷く怯えていました。唐突な出来事でしたし、演技とは思えない」


 証言を聞き終えた直後と、吟遊詩人の気を引くように烏が窓を叩いた時、女中は窓の外の烏に酷く怯え、二度目は腰まで抜かしてしまった。そんな人間が木に攀じ登り、恐怖の対象である鳥の巣を目指すことは困難だ。


「消去法にはなりますが、庭師さんと女中さんがあの場所に宝石を隠せない以上、残る容疑者はあなただけになってしまうんですよ」

「しかし、それだけでは俺を犯人とまでは……」

「あなたはさっき『烏の巣から見つかった以上、烏の悪戯だったってことか』と仰いましたね?」

「確かに言ったがそれがどうした?」

「私はあの時点では、木から宝石が見つかったと言っただけです。烏の巣の中にあったとは一言も言っていませんよ」

「……言葉のあやだよ。木と聞いて、烏の巣を連想しただけだ」


 根拠としては弱く、揺さぶり程度のつもりで吹っ掛けたのだが、料理人は分かりやすく動揺し目が泳いでいる。もう一押しで自白へと追い込めそうだ。


「違いますよ。あなたが宝石を隠した張本人だからこそ、烏の巣なんて言葉が出て来たんでしょう?」

「違う! 俺は!」

「調理場でもないのに頭にバンダナを巻いたままなのも不自然だ。ひょっとしたらその下には、木に登った際に烏につけられた、真新しい傷でも残っているのではありませんか?」


 完全なハッタリだったがこれが見事に的中。料理人へと止めを刺した。

 バンダナについて問われた瞬間に料理人は膝から崩れ落ち、自らバンダナを外した。スキンヘッドの頭部には、鳥類に引っ掛かれたと思われる比較的新しい傷跡が残されている。


「どうして宝石を盗んだりしたんですか?」

「……俺は元海賊でな。昔の血が騒いじまったんだ」


 料理人は淡々と、同情の余地のない動機を語り始めた。

 周りが呆れた様子で目を逸らす中、探偵役である吟遊詩人だけは終始その言葉に耳を傾け続けていた。


「……くそっ! 何だったんだよ、さっきの烏ども! あいつらさえいなければ、宝石の隠し場所がバレなかったかもしれないのに」

「烏は賢い。盗人の汚名を着せられるは御免だったのかもしれませんよ」


 吟遊詩人が窓の外に視線を移すも、まるで自分を導くかのような不思議な動きをした烏の姿はもういない。


 吟遊詩人は最後に一つだけ推理を間違えた。

 事件を解決へと導いた二羽のワタリガラスは宝石が隠されていた巣の主ではなく、偶然この地に立ち寄っただけの第三者である。


 〇〇〇


「まさか犯人の正体から動機に至るまでムニンの想像通りだったなんて、不覚だ」

「ははっ、僕も驚いたよ。ふざけた推理がまさか正解だったなんて」


 経緯はともかく、犯人、動機ともに答えは序盤にムニンが言った通りであった。

 釈然としない様子でフギンは両翼を羽ばたかせる。


「目撃者がいて助かったね。教えてくれた女の子に感謝しないと」


 ムニンが情報収集に向かった際に話を聞いた相手は、偶然にも宝石の隠されていた巣の家主であるメスの烏であった。侵入者の頭を何度か引っかいてやったそうで、それが料理人であることも直ぐに知れた。


「ああああ! 大事なことを忘れてた」

「急に大きい声を出さないでくれ。どうしたんだい、ムニン?」

「オーディン様の目を持って帰るのを忘れてしまったよ。今からでも取りに戻ろう」

「ムニン、あれはそういう名前の宝石であって本物のオーディン様の目じゃないんだよ。そもそもオーディン様は魔術を手に入れるため、自らの意志で片目を犠牲にされたんだ。ミズガルズ(人の住む領域)の辺境にオーディン様の目が落ちてるわけないじゃないか」

「あっ、そうか。やらかしちゃったかと思ったよ」

「とにかく、とても面白い出来事だった。オーディン様にも良い報告が出来そうだね」


 フギン(思考)とムニン(記憶)。二羽のワタリガラスは今日も情報収集のために世界中を飛び回る。主神オーディンに、世界中で起こった様々な出来事を報告するために。


 情勢に関わる大きな話題ではないが、二羽のワタリガラスが活躍した此度の小話は、さぞ報告会を盛り上げることだろう。




 了

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思考と記憶とオーディンの眼 湖城マコト @makoto3

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