6 本当の勇気

「てめぇ、まだ言ってんのか」

 静かな怒りがヒビキの声にこもる。イクズスに覇気もなく、抵抗の意志もない。彼にだって分かっているはずだ。

「言ったはずだ。統一機構の支配じゃ、俺の望んだ未来じゃないと。」

「氷室管理官。警察方面で手出し無用を決め込んだ割合は全体でいくつになります?」

「およそ3割」

 多くもなく少なすぎもせずだ。

「では、統一機構を受け入れる政治家は何割程度になりますか?」

「ごく少数の1割、野党勢力だ。一発逆転。そんなところだろう。」

 氷室とて警察組織の幹部の一員だ。政治に対して鼻が利かないわけでもないだろう。それらは正直な答えだと理解できる。

「ごく少数でも統一機構を受け入れる人間たちはいる。そして実際に彼らが革命を起こせば、黒は白になる。大衆は聞こえのいい代表者の言葉を信用するでしょう。」

「だったらなんで、紅蓮の魔道士の時は協力的だった?」

 ヒビキはイクズスの言わんとすることは理解できる。だが、ヒビキのすることは、協力を笠に着た野望の阻止である。実質的にはシビリアンコントロール下の藤川ベースとは関係ないと言うことはできる。

 それでもイクズスの言い訳に付き合ってやる。彼のルールを崩さねば、事態は打開されない。

「紅蓮の魔道士は明らかな理不尽の押し付けだ。それから守るのは当然のこと。」

「だが、受け入れる人間がいるなら統一機構の支配は許すってのか?」

「私にとって、人間がどうしようが知ったことじゃない。統一機構は武力による人類の統一で世界平和にするのが目的。小さな事に目をつぶれば、彼らは平和な未来を作れるさ!」

「それが受け入れられないから俺は!」

 言い争いの果てにヒビキは途中までの言葉だ切り、イクズスを投げ捨てるように襟首から手を離した。

「勝手にしろ」

 ヒビキは怒りを潜め、指令所から一人出て行ってしまった。言ってはならないことを言おうとして言葉を飲んでしまったのかは分からない。

 それに、イクズスとて言うべきでないことを言ってしまって後悔はしている。

「ドラゴンには養生するよう伝えてくれ」

 彼は氷室に会釈すると、ヒビキから間をおいて退出した。

 ここにきて、空中分解したチームの様相に、氷室は再びため息を吐く。


                  *****


『私にとって、人間がどうしようが知ったことじゃない』

 元々厭世的にしていたこともある。他人に興味を持つということが苦手だった。わざと他人をおちょくり、怒りを煽ることで、他人に興味を持つフリをしていたことは、イクズスとて認めることだ。

 ただそれでも、人間の強さ、綺麗さに見惚れたこともある。それ以上に、汚さ、虚しさに知った風な顔をしてきたこともある。

 反省や後悔、後ろめたさ。イクズスの生き方はそれの繰り返しだ。何を今更を続けている。

 リュウとドラゴンの魂の奇跡を目にしてもなお、イクズスは自己矛盾を無視できず、今すべきことから目を背けた。

 意味と理由がない。ヒビキの未来への願いは尊いものだろうと分かっている。だがイクズス自身の希望は潰えている以上、協力はできないのだ。

 イクズスは後悔の念で俯いたまま、基地の敷地外に出ていた。それを分かっていたかのように、無人の検問所の側でセティが待っていた。彼女は再会した時と同じライダースーツで、バイクを腰掛けにしていた。

「逃げるんですか?」

「そうかもね」

 彼女の前で、彼は堂々と弱音を吐く。それで愛想を尽かされれば、別に良かった。

「私はラフィールさんにはなれませんから、今の貴方を肯定できませんけど、否定もしませんよ。いつでも受け入れます。」

 けれど、彼女の答えは肯定でも否定でもなかった。むしろ、告白じみた宣言。イクズスはこれに微笑み返すことはできなかった。それよりも情けなくて仕方なかった。女の子にそうまで言わせてしまって、惨めになっていた。

「ダメだよ。私にはもう気概すらない。」

 彼は首を横に振って、彼女の献身を拒否した。そして、ゆっくりと歩みを進めた。目的地という場所を定めたわけではなかったが、足はとある方向に向いていた。

 その目的地に着いた時、時間は正午を過ぎていた。空は曇り空で、寒風が肌を刺している。

 藤川家の一軒家がある丘の上の先、洋風の墓が一つある場所。そこに遺体は埋まっておらず、もはや必要ないであろう。

 藤川リュウの墓である。つい先日この世界に戻って来て、彼の死を知った時は絶望しかかっていた。

 今は、生きていた奇跡を喜ぶこともできなくなった。誰かの未来のためとか、そんなお涙頂戴の言葉ではさっぱり心が動かない。

 何より誰かの未来のためにと嘯いて戦っていたのはイクズス自身だった。そうすれば少しでも前に進めると思っていたからだ。しかし、再会のために統一機構の先代総帥も破壊神を偽る魔王も斬り捨てたというのに、結果は残酷だった。

 イクズスの能力チカラをもってしても予測できるのは目の前だけ。自分の読みなど、不正確で希望的観測に基づいた産物でしかないと突きつけられると、もはや空しさしか残らなかった。

 墓の前で座り込み、何もせずにじっとする。それで何が変わるわけでもないのは分かっている。おそらく、何も変えられないことが待っているのも分かる。今のままでは。

 後ろで見守るセティも、意固地なものだ。転生して再会できたというのに、イクズスがその気でない。十分な気力があれば踏み出せていた。最低なのを、最低のままにして、何もかもから閉じこもろうとした。

「おじさん!」

 だがそうは問屋が卸さないとばかりに、少年が声を掛けてくる。藤川タケル。ドラゴンや黒と共にレイヴンから助けたリュウの息子だ。

 少年から見れば、お兄さんではなくおじさんであろう。前もそうだったし、別に目くじらを立てることではない。それに、その気もない。

「イクズスさん」

 タケルの母、リエもやって来る。彼女はドラゴン・ソルジャーが修理されるまで、基地には居られないとして、自宅に帰って来ている。

「イクズスさん、タケルにも話しました。リュウがドラゴンの中に宿っていることを。」

 彼女は弱々しく語る。彼女も愛する夫の死を乗り越えたつもりだったのだろうが、結局生きている希望にすがり、あれから何度も涙しただろう。その辛い心に今も苛まれているかもしれない。

「ドラゴンの中に父ちゃんがいるなら、おれはドラゴン・ソルジャーと一緒に戦えるように強くなる!」

 少年は力強く答えた。その言葉が、にわかにイクズスを突き動かした。どこかで聞いたことのある言葉だった。

「おれは父ちゃんみたいにドラゴンの中に入れないけど、おじさんみたいにならなれるでしょ!?」

 タケルの言葉にイクズスは振り向き、少年のキラキラに輝いた顔を見る。

『俺は親父みたいにはなれないけど、だから親父が見てもカッコイイ男になる。あんちゃんみたいに、さ!』

 その言葉を聞いたのはいつ頃だっただろうか。出会ってしばらく経った頃だろうか。昔仲間だった男の息子はお調子者で、イクズスなんかよりもずっと明るい少年だった。そして何より、死に別れた父親を尊敬していた。

「私のように、か。私はちっともヒーローなんかではないよ?」

「ヒーローは影に潜んで、悪を討つ!おれのヒーローはおじさんだよ!」

「ふふ、そうか」

 ついこの前、人質にされた少年のことを忘れていた。誰でもない、イクズスがそれを救い出したのだった。君のヒーローを見つけろなどと偉そうなことを言ったことを思い出す。思い出して、笑みがこぼれる。

「私にも憧れ、嫉妬したヒーローたちがいた。でも私は彼らのようにはなれなかった。元々、ひねくれていたからね。」

「おじさんは諦めたの?」

「私自身は諦めた。でも私の憧れたヒーローは言ってくれたよ。生きる限り、絶対に折れないでくれ。再会して、また共に同じ道を歩きたい。ってね。嬉しかったよ。」

 イクズスの目頭が熱くなる。今にも泣きそうだ。

 そう折れてはいけないことを思い出した。自分が出会い、再会を約束して別れた男たちに申し訳が立たない。

 折れてはいけない。たとえ、負けてしまっても、後悔してしまっても、折れるわけにはいかない。それを思い出した。

「自分自身がヒーローだとは思ってなくても、誰かがヒーローだと思ってくれるなら、負けるわけにはいかないな?」

「うん!」

 タケルの笑顔。イクズスも笑い返し、彼の頭を軽く撫でる。

「タケルくん、君に一つ宿題を出そう」

「しゅ、宿題?」

 流石に少年は嫌な顔をする。この年齢なら誰でもそうだろう。

「いつか。本当にいつかでいい。多分私はそれを聞くだろう。その時までに答えを用意しているだけでいい。私もそれまで精一杯生きるし、立ち向かうさ。いいかね?」

「う、うん」

 リュウといいタケルといい、イクズスはこの手のことが性分なのかもしれない。

「本当の勇気とはどんなものか、ということだ」

「なんだよ、そんなこと?そんなの絶対に敵に負けないことだよ!」

 宿題と聞いて腰が引けていた少年は、単純な質問だと思って自信満々に答える。その答えを聞いて、イクズスは立ち上がった。その表情は今までとは正反対の晴れやかさだった。

「そうだな。それも一つだろう。ただ、ヒーローの勇気は様々だ。多分、リュウは、ドラゴン・ソルジャーは、自分に負けないことだと言うだろうな。」

 イクズスがそう言うと、リエは困ったような微笑みをする。当てずっぽうなのだが、半分は当たっているのだろうか。

「私は、仲間を信じ抜くこと、それと同じくらい自分を信じること、信じた結果を後悔したとしても、絶対に前に進むこと、だと思っているよ」

 ヒーローだけでなく、人間は誰もが勇気を持つ。それはイクズスも例外ではない。歩き続けるためには勇気が必要だった。そうでなければ、ここにいるイクズスはまったく別の存在だったかもしれない。

「だから今度は、そういう本当の勇気を考え続けてくれ。私も、君がそういう唯一無二のヒーローになれるよう手伝うとしよう。」

「約束だよ!?おじ、いや、師匠!」

「おっと、師匠の呼び名はもう先約がいてね。単純に先生で行こう。」

「はい、センセイ!」

「ありがとう。タケル。おかげで私は今回後悔せずに済みそうだ。」

 大切なことを思い出させてくれた少年に、イクズスは正直に礼を言う。それら一連の光景を見て、セティは腕組みしながら言う。

「なんでそう女の子に花を持たせてくれないんですかね、貴方は」

「男ってのはいつまでも子供だからね。仕方ないのさ。でもそうしてハッキリ言う君は好ましく思っているよ?」

 イクズスの好意の発言に、彼女のリアクションはため息だ。そこにもうラブコメはない。ああ、こいつ本気で言ってるな、というような反応だ。

「行くなら、これ、持っててください」

 彼女はどこに隠し持っていたのか、白のフラッシュメモリをライダースーツから出して渡す。

「そこに配信機材が用意されています。統一機構の内部工作に対するのは、真っ向からの世論誘導。そうは思いません?」

「こすいというか、小細工というか」

「誰かに似ましたかねー?さぁ行った行った。今の貴方に何を囁かれても気は動きませんからね。」

 彼女はバイクヘルメットを被り、バイクの元に行く。

 彼女はイクズスが思うよりずっと大人になった。イクズスこそが、彼女を子ども扱いしたままだった。今度は応えねばならないと思った。

 そう思いつつ、彼はウイングアームズを呼んだ。白い羽を持つ飛行メカに乗り、国会議事堂を目指した。


                   *****


 国会議事堂は凄惨な現場になっていた。バリケードとなったパトカーは燃え上がっている。煙の中に、制服警官と武装兵の死体がうつ伏せになっているのが所々ある。

「はい、パンパカ撃つ!多少狙えば当たる!当たる!」

 と、まるで神輿の太鼓を叩くように、一定のリズムでショットガンのスラグ弾を撃つのはシューベルハウト商会の社長エルレーンだ。彼の言うように、当たらないこともあるが、たまに狙うとそこそこ当たる。スラグ弾なので殺傷能力は高く、武装兵が隠れきれない箇所に当たっては、彼らが悲鳴を上げる。それを助けようとする兵にも当たり、更に犠牲を増やす。

 だがそれもリロードをカバーできなければ棒立ちで撃ってるだけである。それを棒立ちにしないよう、彼の隣に固定式機関砲で撃つ赤毛のメイドさんがいる。彼女は通常成人男性1人では扱えない反動を気にすることなく、社長の援護をしていた。

 ただ防衛に成功しているのは、この正面のみだ。武装兵は正反対の入り口にも殺到している。いわばそちらが本隊。昨日、デモ隊をしていたほとんどはそのまま武装兵に転じて、突入を決行していた。

『師父、やはり支えきれません』

 商会副社長が冷静に無線報告してくる。

「まぁ、しゃーない。カラミティくんも状況が悪くなりつつあるしな。ベルセルクを撃退できればワンチャン、とも思ったんだが。」

『こちらは命あっての物種ですので、下がります』

「また後でなー」

 バリケードの下で無線を通じさせ、終わったら、使っていない手榴弾を無線に張りつける。ピンを抜きつつ、やる気のないアンダースロー。それらの動きが遅すぎて、地面に付くまで爆発する。

「はー、やれやれ。アテが外れたかな。」

 こうして商会が統一機構に敵対しているのは、彼らが志高く活動すると商売が立ち行かないということと、祭だからである。なので普段使わないものの大放出。重火器オンリー在庫一斉処分である。祭の主役が到着するまで場を持たせることが仕事だと思っていたのである。

 だがその主役が一向に到着しなかった。一瞬、カラミティが決着を付けるかとおもっていた。



 【マジン・カラミティ】は最初こそロードベルセルクと互角に戦えていた。今は形勢逆転している。防戦一方。

 カラミティは大鎌を持ちながら、ベルセルクの両手拳銃の弾を防ぐ。1発1発は装甲に弾かれている。だが5発か6発の内に1発がカラミティの装甲を削ぐ。

 もちろんカラミティとてやられているだけではない。ベルセルクに接近して大鎌を振っている。だがあまりに鈍重な振り。ベルセルクは難なく避ける。ベルセルクの黒い機体は、重厚そうな見た目で跳び、跳ね、建物の上に着地する。驚異的な運動性。それによって、ベルセルクは拳銃を模したものから銃弾を撃つ。

『くそぉ』

 カラミティは毒づく。毒づいても仕方ない。大鎌しか振れない。

 【マジン・カラミティ】は権藤雷生が開発したただ一体のマジン。だから、もしかしたら、カラミティの後に誕生するはずだったマジンの能力も彼の中にある。そしてそれは、こんな市街地の中でぶっ放すには火力がありすぎる。

「以前みたいに、封縛弾パなして斬ることもできねぇとは」

 ヒビキはカラミティ内部のスペースに縛り付けられ、外の状況を見ている。【マジン・カラミティ】は、カラミティの人格のみで動く魔術師の搭乗を認めない自律機動のマジンである。それ故、ヒビキが乗り込む際、即席のスペースを作らねばならなかった。装甲一枚越しの座れもしない、本当に回路やケーブルに縛り付けられているだけのスペースである。

 ただそうすることによってマジンに直接ヒビキの魔力を伝達できる。カラミティは縦横無尽に動くことができる。

 だがそれは、経験があれば、の話だ。カラミティの初戦はこの戦いである。戦闘経験などゼロだし、使える武装も周囲を灰塵に帰すことを条件に扱う広域戦術武装である。

「昔取った杵柄と思ったがよ。こんなに条件が違うなんてな。」

 当然だが、戦闘能力を向上させる殲滅形態デス・モードもない。ヒビキは権藤の本来作りたかったカラミティを甘く見ていた。本当に、生まれる子供マオのお守りのために戦術核級の人型機動兵器になれる人造人間を造りだすとは。

「くそ、ムカつくぜ」

 上手く戦えないカラミティに対してではない。脳裏に浮かぶ、ロン毛の男にだ。

 アイツに少し相棒的な不思議な魅力を感じていた。

 アイツはやる男だと思っていた。

 アイツは失った悲しみを知り、自暴自棄になっても歯を食いしばって前に歩く強さを持っていた。

「ムカつくぜ」

 イラつく心、怒りは、彼だけではない。昔の自分に対してもだ。他人に希望を託したところで、結局変えるのはその人自身の心積りだ。

 ヒビキが未来だなんだと主張したところで、ヒビキの独り善がりだった。

「クソがよ」

 前向きな言葉でも響かなかった自分がいたというのに、そんな言葉でアイツを立ち上がらせようとしたヒビキ自身に毒づいた。身体が動かなくなりつつある。マジンが魔力を吸いまくっている。やりすぎれば呼吸もできなくなるだろう。ただそうすれば、カラミティが危険だと考えて戦いをやめてしまう。

 踏ん張らないといけないのに、下唇を噛んででも、戦い続けなければならないのに、もう突っ張れないというヒビキ自身がいる。

 ふと、目の前の光景が映像ではなく、曇り空になる。

「おじさん!」

 カラミティの聞きなれない呼び声がする。

「てめぇ、勝手にマジン化を解きやがって」

 ヒビキの声に元気はない。眠ればなんとかなろうが、今は指一本動かせそうにない。声が出るだけマシなほうだ。

「マオに頼まれたんだ。僕の命に代えても、おじさんは生きて帰すから!」

 カラミティは、赤毛の男は、ヒビキをおぶさり、その場を退く。

『終わったな。もはや抵抗する力はないだろう。我が統一機構の軍門に降ってもらおうか!』

 ロードベルセルクからテイルの声が響く。勝利の勝鬨とばかりに拳銃を上に発砲している。

『させるかぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 ヒビキの聞き覚えのある声が、裂帛の気合と白い機体の飛び蹴りと共にロードベルセルクを奇襲した。だが、正面だ。ベルセルクはスッと半身をずらし、蹴りを避けてしまう。

『死神ぃぃぃぃぃぃぃ!!』

 ロードベルセルクのテイルが先ほどとは180度正反対の怒りの感情で拳銃を白い機体に、ウイングアームズに向けた。

『かかったな』

 イクズスは笑みをこぼした。元々そういうことを常套手段としていたし、性分だった。ベルセルクの背後に別の人型ロボットが現れ、本当の奇襲を仕掛けた。

『何っ!?』

 ウイングアームズは囮。この黒いロボットこそ王手の一つ。そして、イクズスのターンは終わっていない。

 ベルセルクが、バカの一つ覚えのように拳銃を撃つが、黒いロボットの装甲を貫くことはない。奇襲の一時的な恐慌から立ち直り、彼女はベルセルクを跳躍させて、黒いロボットから距離を取る。その跳躍と交差するように、ウイングアームズはその場を跳び、再び変形する。そして、そのまま黒いロボットの背中に合体した。

 ウイングアームズもパーツの一つだ。本番、大トリ、イクズスの本当の切り札はこれだ。

 ウイングアームズからコクピット移動で、黒いロボットのメイン操縦席に移る。

『これが!これこそが、私が受け継いだヒーローの魂!』

 黒いロボットは力を得たかのように力強く立ち上がる。曇り空を貫いて、ロボットの前に刀が突き立つ。それはウイングアームズが持っていた刀に似ていた。ウイングアームズの全長ほどしかなかった刀は、今はロボットが持つに相応しい大きさにまでなっている。

 これはそういう刀だ。魔神刀。イクズスと共にずっと戦ってきた武器だ。

『行くぞ、アルヴェーゼSIN!』

 イクズスは刀を取り、右から、中段と上段の間、刀の刃渡りで間合いを取るように構える。

『相変わらずのサムライ気取りが。お得意の抜刀術はどうしたぁ!?』

 ベルセルクが拳銃を撃ちながら走って接近してくる。

『君の気持ちを私は受けるつもりはない。私の未来を見つけた。だから、貫く。』

 拳銃を避けようともせず、アルヴェーゼは真っすぐに踏み込む。

『改造を経たとはいえ、ベルセルクの基本骨子は私が設計したもの』

 魔神刀の剣先が触れる刹那に、ベルセルクは横を抜き、真芯には当たらない。イクズスの強襲に驚いてもなお、テイルは揺らがない。戦う相手までは見失わない。アルヴェーゼの背後を取ったベルセルクだが、アルヴェーゼは振り向いている。撃たれた銃弾は魔神刀の一振りによって払われる。

『そしてアルヴェーゼSINは、私の脳から吸い出された知識を元に再現し、成長した時の翼』

 イクズスは言い聞かせるように、だが独り言のように語る。

 時の翼アルヴェーゼ。本来の保持者ホルダーから、自分は持て余すとして預かったものだ。その名の通り、この機体は時空間移動を可能にするマシンだ。

 イクズスは本来の乗り手ではないから、アルヴェーゼの能力を4割程度しか発揮できない。何より本当は4人乗りだ。イクズスにとって、ただ動かしているだけにすぎない。

、ここからの勝負は、借りた魂の重さの勝負と知れ!』

 今までにないほどに、イクズスは叫び、アルヴェーゼに前進を命じる。ウイングアームズの推力を全開に、大上段にベルセルクへと斬りかかる。

『舐めるな!』

 ベルセルクは今までにない気合に圧されるが、負ける気はない。紙一重で剣撃を避け、今度こそはかわし様に、魔力を込めた銃弾で撃ち抜こうとする。だが、目の前からアルヴェーゼの巨体が消えた。

『!?』

 テイルは何が起こったか分からなかった。一瞬後、左からアルヴェーゼのタックルを受ける。反撃の銃を構えた時には、またロボットの姿は無い。

『馬鹿な』

 ベルセルクのデータの中に、アルヴェーゼのデータはある。ずっとずっと昔、まだ先代総帥がテイル・ブロンドの半身だと気付かないまま、共に戦っていた時期だ。

 どうやっているかの予想は付くが、そんな戦い方をするとは考えなかった。

 。だからこいつとは関わり合いになりたくないのだ。

 ベルセルクのレーダーには6つの光点がある。全てアルヴェーゼだ。分身ではない。全てが本物のアルヴェーゼ。それらが6方向から斬りかかって来る。2回避けて、2回反射射撃をしても、3回斬られる。この期に及んで、1回はフェイントを掛ける、嫌がらせをしてくる。

『死神ィィィィィィ!!』

 5つのアルヴェーゼが消え、1体のアルヴェーゼが残る。テイルの呪詛の悲鳴が響き、ベルセルクは左腕を斬られ、右脚を斬られ、袈裟斬りに胴を斬り払われ、崩れ落ちた。

 イクズス自身は正確な時空転移能力を持たない。だが未来予測能力で、約1秒先には跳べる。頭の中が熱くなり、脳が焦げる感覚を味わいながら、能力を久しぶりに全開で使った。それでもってロードベルセルクを倒した。

 テイル・ブロンドの脱出は確認してはいないが、勝利した実感はあった。

 思いもしない奇襲と、相手を手玉に取っているという認識の押し付けを元に、敵に判断をつかせず、奇策で勝利をもぎ取る。いつもいつも同じ手だ。

 その同じ手のために、手段を選ばない。紅蓮の魔道士との戦いもそうだった。

 そのために身体を痛めつけ、時には命を厭わない。誰かはそれをヒーローと言うかもしれないが、イクズスは決して思わない。笑って、おどける。そして一人で、死ぬかと思ったと独り言ちる。

「だけど、もう死ぬわけにはいかないな」

 イクズスには目的ができている。未来がある。鼻血を出し、血涙流れる中、震える指で配信をストップさせ、アルヴェーゼSINに自動帰還設定をする。

 戦闘のどの程度が映像として流出したかは分からないが、願う他は無い。

 そこからのイクズスの記憶は朧気だ。紅蓮の魔道士と上空で戦った時のように、力を振り絞って藤川ベース基地に戻り、タンカで運ばれたような気がした。


                 *****


「日本を救った英雄がまた外で独りぼっちか?」

「よしてくれよ」

 ヒビキはイクズスと初めて出会った日の夜と同じ場所、基地格納庫の外で彼を見つけた。ヒビキの軽口は、彼の自嘲と共に手を振ってやんわりと否定された。彼は点滴を付け、晴れ渡った月明りを見ていた。

「英雄呼ばわりは嫌いか?」

「力を尽くしただけだ。局所的にかっこいいなんてことは、求めていない。」

 その答えは、ヒビキ好みだった。結局の所、ヒビキの思った通りの男だった。随分待たされた気がするが、時間的にはそれほどではない。約2週間ほど。目まぐるしく動いたものだ。

「良かったよ。俺も今際の際に、桃色の髪の女に言われた一言を忘れなくてさ。」

 冷たいコンクリート地面に座り込み、ヒビキは独り言ちた。今日は本当に疲れた。風吹と高嶺の裸体を思い出しても、股間がぴくりとも動かない。

「桃色の髪の女?」

 色事にほとんど反応しない、いやその余裕がなかっただろう男が、反応を見せる。ヒビキにとっては新鮮な反応である。

「多分、声からして美人だな。惜しむらくは顔も体も全然見えなくてな。」

 今思い出してみても、髪色と声色しか思い出せない。

「君さぁ」

 イクズスは珍しく、というか初めてヒビキに詰め寄る。

「君さぁ、んもぉぉぉ!」

 朝の襟首掴みの意趣返しをしようにも力が入らないのか、彼はヒビキの両肩に手を置いて揺すってくる。

「それ先に言ってれば、話早かったぁぁ」

「んぅ?そ、そうか?」

 ヒビキとしては、不確かな記憶だったせいで詳細を言う気になれなかった。ここで言ったのは、口が滑ったのだ。気が抜けたのと、どうにかなりそうな気がしたのとがあったからだ。

「はぁ、もう。桃色の髪の女。ラフィール。とんだ伏線を張られたもんだ。」

 彼も冷たい地面に座り込み、力無く言う。

 どうやら何の因果か、イクズスの彼女がヒビキに声を掛けて来ていたようだ。何の縁があったのやら。いやあったから、逆算したのかもしれない。魂は時として奇跡を起こす。それをつい先日見た。そして運の良さは、ヒビキの力だ。

「そういうこともある。運が良かったな。」

 ヒビキは笑顔で言い、左の拳をイクズスに向ける。

「ええ、本当に。あとは、お互い、未来を守るだけ、ですか。」

 ヒビキの笑顔に、彼はおどけながら自分の右の拳を、ヒビキの拳とぶつけた。

 



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