7-2 連れてこられたのはイタリアンらしきお店だ。

 あらわれた山口は、普段になく女の子らしくて、こっちはドギマギしてしまう。今日はバイクに乗る必要がないから、オシャレな服が着られたということだろう。

「ごめん、できるだけまともな格好をしてきたんだよ?これでも」

「なにも言ってないでしょ。なんで会ってイキナリ謝るの」

「だって、釣り合わないだろ、ぼくじゃ」

「わたし美しすぎた?」

「うん。気後れしちゃうよ。あ、一枚」

 コンパクトデジカメで山口を撮る。フラッシュが瞬いて、まわりの人が何人かこっちを向いた。ぼくは、すみませんと言って、カメラをバッグにしまった。

「バカね、こんなところで」

「ごめん」

「行くよ」

 山口の後ろについて歩く。人ごみは歩きづらくて苦手だ。

 連れてこられたのはイタリアンらしきお店だ。山口はいい会社に就職したから、こういうお店に会社の人とくる機会があるのかもしれない。ぼくが会社の人と食事するときは、食堂とか定食屋といった部類の店に連れていかれるけど。

「山口は、こういうお店似合うね」

「その評価よくわからない。飲み物は?」

「やっぱりワインがいいのかな、こういうところって」

「ワイン、いろいろあるね。なんでもいいんじゃない?ソフトドリンクがいい?」

「生ビールでも?」

「なにビビってんの?そんなに高級なお店じゃないでしょ?わたしとこんな感じの店きたことなかった?」

「あったかな?町では、あまり外で一緒に夕食を食べることがなかったように思うけど」

「そうだっけ。あ、生ビールに白ワインのグラスください」

 飲み物の注文を取りにきた店員に、山口が注文してしまった。こういうお店では男が注文するんじゃないかな、マナー違反を心配してしまう。次はぼくが注文しようと思う。

「昨日はごめんね。電話に気づかなくて。風邪ひかなかった?」

「大丈夫」

「今日も薄着だけど、寒くない?」

「大丈夫」

「今朝は、朝ごはんありがとう。おいしくいただきました」

「うん」

「今日はなにか用事あったの?起きたらいなくなってたけど」

「ちょっとね」

「えーと、やっぱり怒ってる?昨日のこと」

「怒られるようなことしたの?」

「電話にでなくて閉めだしちゃったから怒ってるかなと思ったんだけど」

「怒ってない」

「ならいいんだけど。昨日はね、萌さん、お客さんのことが好きだっていう女の人ね。その人に、お客さん、青木さんていうんだけどね、青木さんと飲みに行ったときの報告をしたんだ」

「ふーん」

 飲み物が運ばれてきて、前菜とサラダを頼んだ。

「ぼくにしては上出来だと思うんだけど、青木さん彼女いないとか、前の彼女とわかれて何年もたってるとか、好みの女性まで聞きだせたんだよ」

「よかったね」

「うん、たぶん萌さんも満足の出来だと思うよ。青木さんがね、タイプの女性、山口みたいな人っていったんだ。ぼくドキッとしちゃったよ」

「なんでわたしのこと知ってるの?」

「えっとね、青木さんにいわれたんだ。写真を賞にだせって。会社辞めて好きな写真撮れって。それで、山口みたいなこといいますねって言ったら、誰?ってなって、山口のことすこしシャベッちゃった。山口みたいな人っていうのはね、同級生みたいな、対等な関係でいられる人って意味だったんだけどね」

「ふーん」

「そう、それで、話はもどるけどね、今度萌さんを、青木さんと行ったバーみたいなお店に案内することになったんだ」

「へー、チャンスじゃない」

「チャンス?話聞いてる?青木さんのことが好きな人だよ?」

「でも、ふたりでお酒飲むんでしょ」

「山口とだって、ふたりでお酒飲んでるよ?」

「まあね」

「大丈夫?本当に調子悪くない?」

「大丈夫だったら」

 ぼくは山口と相談して、肉料理とパスタを決めた。前菜とサラダが運ばれてきたとき、赤ワインふたつと一緒に注文した。

「あとね、今度富士山を撮りに行くことになったんだ。萌さんが一緒だけど、嫌じゃなければ山口も一緒に行かない?」

「わたしはいい」

「そう。じゃあ、下見してくるから、梅雨にはいるまえに一緒に撮りに行こうよ。富士山まだ撮りにいってないよね」

「うん、撮ってない」

「河口湖から撮るのがいいかなと思ってるんだ。日程とか相談しなくちゃいけないけど、決まったら山口にも教えるね。その日は山口と出かけられなくなっちゃうから」

「カズキ、わたしとその子、どっちが大事?」

「え、どういうこと?」

「言葉どおりの意味で」

「言ってることがよくわからないけど、もし、山口がぼくに協力してほしいことがあれば、最優先で山口のために協力するよ?でも、いまはそういうことないよね。萌さんは、いま協力してほしいって言ってきてるんだよ、ぼくに。だから、萌さんに会ったり、連絡したりしてるの。萌さんだって、ぼくに会いたいわけじゃなくて、青木さんの話が聞きたいんだよ?答えになってないかな」

「バーに行くのは?」

「ちょっと変わったバーなんだよ。外国のビールなのに生ビールが飲めるの。普通、ほら、ビンのビールじゃない?あとね、ウィスキーの種類もすごいの。そういうこと話したら、青木さんの趣味がわかりそうっていって、食べたものとか、飲んだものとか教えろって話になったんだ」

「富士山は?」

「それは、青木さん関係ないかな。新しいことに挑戦したいんだって。写真の撮影をどんな風にするのか見てみたいっていうから、それなら自分でも撮ったらいいんじゃないですかって、ぼくが勧めたんだけどね」

 料理がきて、話は中断になった。ワインのおかわりを注文した。パスタはお店で手打ちしたものだということで、食感がちょっとかわっていておいしかった。ピザを追加しようと思っていたけど、もう一品パスタを注文することにした。

「富士山は、日帰り?」

「まだ決まってないんだ。高速バスで二時間くらいで新宿から行けるから、日帰りでも行けるけど、萌さんが、せっかくいくのに日帰りはもったいないっていうんだ。宿代かかるからどうするかなーと思って」

「ダブルにすれば?」

「山口すぐそういうこという。萌さんにもいわれたけど。ふたり似てるのかも」

「やめて」

「ごめん、他人と比較するなんて、失礼だよね。じゃあ、山口と行くときは、ダブルにしよっか」

「無理しなくていいよ」

「無理じゃないよ。この間だって、ふたりで抱っこで寝たし。腕しびれてリタイヤしちゃったけど」

「あのときはどうかしてたの」

「山口のほうがお断り?」

「そうだね、いまはそんな気分じゃない」

「そう」

 ぼくは、すこしガッカリした。だけど、山口に女の子を求めるのが間違いなのかもしれない。どこまで期待していいのか、線引きがむづかしい。キスも今思えば嫌だったってことか。聞いたら殺されることになっているから黙っているしかない。

 山口は酔っていて、店から通りに出るとフラフラしだした。普段の山口なら楽勝な酒量なのに。やっぱり調子が悪かったのにちがいない。なんで言わないんだろう。遠慮のない間柄だと思っているのは、ぼくだけなのか。ともかく、山口を家まで送ることにした。山口の家に行くのははじめてだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る