第6話 これからの話


 宮廷魔法師。それを聞いて彼はこれまでの疑問が解決した。爵位を持つ貴族であれば、この屋敷を持てるのも納得できる。

 唯一知らなかったのは、両親の友人に貴族がいた事だ。よく友人の事を話してはくれていたが、知らなかった。


「私も一つ、聞いて良いかな?」


「なんでしょうか?」


「何故君はそんなに丁寧な言葉遣いを覚えているんだ? そこら辺の貴族の家系に生まれた子供でも、そこまでの言葉遣いはできないぞ」


 少年は顎に手を当て、脳に入っている記憶を辿る。


「確か、両親がこれだけはできないといけないと、熱心に教育したからでしょう。それか、僕は本が好きなので自然に身についたのかもしれません」


「そうか」


 そう言って、案内の続きを再開した。

 特に一番彼が興味を持ったのは、書庫だった。


「ここにある本は殆どが君の両親の著書だ」


「両親の、ですか」


「ああ、昔から学問に精通しておられたのだ。君に教えていないことも沢山あるだろう。もっとも、私には理解が出来ない物ばかりだ」


 少年は書庫の中を見渡して、身近にあった本を一冊取って、表紙を見る。


「『火は何故燃えるのか』か。そう言えばそんなこと教わったな」


 少年は独り言をぼやっと呟いていると、宮廷魔術師は本を覗き込む。


「火が燃えるには何が必要か、などと記してあったよ。理解するのには苦労したがね」


「青い炎の作り方も書いてありますね」


 少し、涙が溢れそうになる。


「まぁ、いつでもここに来て満足するまで読んでくれ」


 泣きそうな少年を見たからか、一言そっと添えるように宮廷魔法師はそう言った。


「ありがとうございます」


 本を閉じて、元あったところに戻す。

 屋敷の中を全て紹介された後、宮廷魔法師の執務室へと向かう事になった。

 執務室へ入ると、宮廷魔法師の仕事机に二脚ほどの椅子が置いてある。


「座ってくれ」


 そう促され、言う通り椅子に座る。穏やかな印象の彼も、この部屋に入ってからは口調が変わり重い口調に変わっていた。


 何か、あるのだろうか。

 そう思いながら、少年は姿勢を正し、少し緊張を顔に浮かべる。

 仕事用の椅子に座り、宮廷魔法師は重い口を開いた。


「突然なんだが、君はこれから私の養子としてこの屋敷で生活する事になった」


 突然の宣言に、少年は驚きを隠せなかった。

 貴族の養子になることは、少年にとって問題はない。だが、養子になると言うことは、ややこしい問題はいくつもあると言うことになる。

 跡継ぎだったり、遺産相続、など様々な問題を解決していかなければならない。

 五歳の少年には、難しい話である。

 だが、少年には選択肢が限られている。

 この屋敷で過ごすか、この歳から一人で生活していくか。後者はできるはずがない。

 子供では、生活していくために必要なお金が稼げない。

 だから、この屋敷で養子として生活することは、殆ど確定的であったと言える。

 少年が心配そうな顔をしていると宮廷魔法師が、声をかける。


「そんなに心配しないでくれ。私の跡継ぎになるかどうかは、君が成人になってから決める事にする。それまでは、何をやっても許そう」


 この国では成人は二十歳だ。それまで、十年ほど猶予はある。また、跡継ぎになるかならないかは決めるができるらしい。


「はい、もう僕にはその選択肢しかないですから」


「すまないな、まだ十歳の子供だと言うのに」


 あの日から、一日も経っていないのだがここまで彼が前向きに生きれるのか、宮廷魔法師は疑問に思った。

 彼にとって少年は不思議な存在であり、十歳に見えなかった。体はまだ成長の途中だと言うのに、なぜこうも大人びた雰囲気を醸し出しているのか。

 一番の疑問は、両親が亡くなったと聞いた時と雰囲気が変わった事だった。なぜ、こんなにも人が変わったようになってしまったのか。納得いく説明が見当もつかなかった。


「いいえ、こちらこそありがとうございます」


「さて、ここからは自由だ。稀に私の友人が訪ねてくることもある。その時は是非紹介をさせてくれ」


「はい、わかりました」


 これからどうなるか、先が見えない恐怖に晒されていた少年にとって、この出来事は不幸中の幸いだろう。

 少年の新しい生活が今から始まった。






 ──本当にそうだろうか。


 夢の中で少年は問いかける。何に対して、という事もなく、答えが聞きたいわけでもない。

 ただ、何かが欠けている。何かが足りないんだと少年は感じた。何からそう感じるのかも分からない。

 ただひたすらに問いかける。


 何か大切なものが──。


 意識はどこかへ飛んでいきそうになるくらい、軽く浮いているようだった。

 ここから、出たくないと彼は思った。

 愚かな事だということは知っている。でも、それでも。耐える事が出来なかったのだ。


 だから──。






「さてと、出てきてごらん。外の空気は美味しいよ」


 薄暗い大気が広がっている空間。そこには紫色に光る石が一つ。全身が黒い衣服に包まれている男が一人。白い髭が伸びている。老爺のようだ。

 紫色に光る石に亀裂が入り、徐々に全体へと広がっていく。悍ましく光る石が今砕けようとしている。

 鋭い音とともに砕け散ったその時。

 紫色の光が辺り一面を塗り尽くす。男は思わず目を閉じてしまっている。光は徐々に徐々に淡くなり、遂には消えてしまった。


 男がゆっくりと目を開ける。石は砕け散って跡形もなく消えていた。

 だが、光が辺り一面を包む前とは違うものが一人。

 目を閉じて、眠っている少年が姿を現した。

 少しすると、目を開けて何度か瞬きをする。黒髪で、なんとも美しい紫色の瞳。


「この子が……」


 男は少年に触ろうとする。手を伸ばして実物に触れた、はずだった。

 手はこれ以上少年に近づくことはなく、少年の目の前に壁があるように、ぴたりと止まった。


「報告をしなければ」


 男はそう言って薄暗い空間から去っていったのだった。そして、少年はまた眠りについた。


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