第5話 花



 青空から柔らかい日差しが照らしつけているこの日はとても暖かかった。

 いつもであれば、近くの森へ冒険に出かけているところだが、今日は母親が花について教えてくれるらしいので家に残っていた。


「ねえ、早くその種植えようよ!」


「そうね、じゃあ手伝ってくれる?」


「うん!」


 無邪気に笑って、母親の手のひらの上に乗っている種を取ろうとする。


「ちょっと待って、今から植え方を説明するから」


「分かった」


 手を引いて、少年は母親の説明をしっかりと聞こうとする。


「まず、この種は嫌光性って言って、発芽するのに光がいらないの。光を当てると発芽しなくなっちゃうから、気をつけないといけないの」


「じゃあ、光がしっかり当たらないと、発芽しない種類もあるってこと?」


「そうよ。今度植えてみましょうか」


 少年は「うーん」と呟きながら顎に手を置いた。

 少し何かを考えた後、母親に聞いた。


「でも、なんで種類によって違いがあるの?」


 母親は、少年の目を見て話す。母親は少し微笑んで話した。


「なんでだろうね? 考えてみようか」


 少年は三分ほど考えた後、


「分かんないや」


「元々、自然に生えた時の場所が関係するの。寒いところで育てば、寒さに強くなるし、暑いところで育てば、暑さに強くなるのよ」


 そう言うと、少年は納得をして、


「じゃあ、早く植えようよ!」


 先程も聞いたような言葉。無邪気に笑う笑顔がより眩しい。


「そうね。じゃあ、種がしっかり土の下にいるように、土を被せてね」


「うん、分かった!」


 そう言って、種を撒いて土を被せる。この一つ一つに生命があるのだ。


「よくできました」


 母親は少年の頭を撫でる。少年は初めての種植えが成功したからか、とても嬉しそうだ。


「この花は涼しいところを好むから、この種のところに結界を張る必要があるから、手伝ってくれる?」


「結界ってどうやって張るの?」


「この魔石を四方に並べるの」


 四方に魔石を置くと、魔石がきらきらと光りだす。だが、何も変わっていない。


「これが結界? 何も起こってないよ?」


「触ってみてごらん」


 花の植えてある場所に手を当てる。


「なんか見えない壁がある」


「これが結界よ」


 少年は魔石をじっと見つめていた。

 少し経った後で、


「どんな花が咲くの?」


 少年はどんな花が咲くかも見てもいないし、聞いてもいない。


「今日の青空みたいな色ね。五枚の花びらをつけるの」


 母親は自分の上にある、空色に染まっているものを見ながらそう言った。


「綺麗な花?」


「うん。とても綺麗な花」


「そういえば、花の名前を聞いてない。あと、お父さんが言ってたけど、花には花言葉があるって」


「そうね、まだ教えてなかったね」


「どんな名前と花言葉?」


「この花はね、───っていう名前なの。花言葉は────。覚えておいてね」


 この時植えた花の名前と花言葉を憶えているはずだが、分からないのだ。


 

 ──今でも思い出せない。








「受け入れないのか」


 何処からだろうか、声が聞こえる。誰かが少年に語りかけている。


「前に進みたいのではないのか、お前は」


 周りは真っ暗で何も見えない、ただの空間。

 少年は殻にこもりその声から逃れようとする。耳を塞ぎ目を背け続けた。

 だが、そんな事をしていていいのか。向き合う事が必要ではないのか。

 顔を上げた先には光があった。光に包まれた少年の意識は、生きている世界へと。


 昨夜の出来事から、夜は過ぎて明るい朝日が窓から差し込んでいる。

 昨夜の記憶は、少年には曖昧になっている。ただ一つだけ、覚えているのは両親の死についてだ。目を背けたいと思うのは当然のことだった。

 異常なくらい重い身体を起こして、自分の部屋から出る。


「この家はもう……」


 いつも朝食をとっていた風景が、広がっていた。昨日までは。だが、今はどうだろう。

 温かな雰囲気に溢れていたはずだった。生とはこんなにも理不尽であっていいのか。


「起きましたか」


 白いマントに身を包んだ男が一人そこにはいた。両親の死を報告に来た人だ。


「もう…僕は…」


 また、涙が溢れ出てきそうになる。一夜明けただけで、感情が収まる気はしない。


「一つ、提案があります」


 突然男は少年に提案をする。


「私の家に来なさい。そうすれば、君のご両親も心配しなくていいのではないか?」


「でも……」


 ──進め。向き合うんだ。


 何処からだろうか、声が聞こえる。少年に語りかけるその声が、少年の喉を震わせた。


「お願いします」


 真剣な眼差しに、男は少し微笑んで応えた。


「それでは、私の家に向かおうか」


「この家は、どうなるのでしょうか」


 少年は真っ直ぐな目線を男に向ける。


「一旦、私が引き継ぐ。いつか君に返すから安心してくれ」


 安心した少年は、荷物をまとめるために自分の部屋に向かい急いで支度を済ませた。


「お待たせしました」


「では行こうか」


 馬車に乗り込み少年は、家をじっと見つめていた。


「またね」


 十歳の少年はそう別れを告げたのだった。







 馬車での空虚な時間は過ぎて、振動は無くなり馬車は完全に停車した。

 馬車から男と一緒に降りると、広い屋敷の前にいた。広い庭に、広い池、別館などもある。

 門が開くと、屋敷の執事らしき者が扉の前で待っている。

 門から屋敷の扉には、結構な距離がある。

 少年は、少し躊躇いながら一歩一歩異様な空間の中を歩いていく。

 男はその様子を見つつ、少年の歩調に合わせていた。


 やっと、扉の前に辿り着くと、


「おかえりなさいませ」


「ああ」


 執事は少年のことを見て、男に顔を向ける。少年は見られて、少し俯いてしまっている。


「この子はどうされたのですか?」


「まぁ、色々あって一緒に住むことになった。彼にはしっかり対応してやってくれ」


 そう言いながら、男は少年の頭を撫でる。


「そ、そうですか。使用人達には言っておきますので」


「よろしく頼む」


 そう言った会話を済ませると、扉が開いて屋敷の中に入った。

 屋敷の中はとても広く迷いそうなくらいだった。少年は自分の部屋を貰い、男に場所の説明を受け、使用人との接し方をおしえてもらった。

 少年は一つ疑問が浮かんでいた。大体分かっていたが、真偽のほどはどうなのか知りたかった。


「貴方は、何者なのですか?」


「私は宮廷魔法師だ。爵位を持つ貴族でもあるが」

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