涼宮ハルヒとネクタイ

The Pioneer

涼宮ハルヒとネクタイ

「ほら、キョン、何ぼさっとしてるの。さっさと来なさい!」


 いつものようにあたしがマヌケ面を浮かべたキョンのネクタイを掴もうとすると、掴むには掴めたのだが、何かが違った。

 感触がいつもよりも滑らかなのだ。気にせずいつものように引っ張ろうとすると、スルッと抜けてしまった。


 何かがおかしいと思ったが、すぐにそれも仕方がないことだと気付いた。

 いつものあたしは、キョンのネクタイのあるほつれかけの部分に手が引っ掛かるように工夫して引っ張っている。キョンが逃げられないように、それでいて力が入り過ぎて苦しくなることのないようにするために。

 簡単に見えて、結構大変なのよ?


 でも、今日はそれがうまく行かなかった。ネクタイは抜けてしまった。


 ない。いつものほつれ目がないのだ。


 キョンはキョンで、あたしが引っ張り損ねたのを見てきょとんとしている。


「…あんた、もしかしてネクタイ変えた?」


 あたしが尋ねると、キョンは、


「そうなのか?俺の制服はいつもオカン任せだからなあ」

「はあ?自分の制服くらい自分で状況把握しなさいよ。あんた、そんな風に自分自身のこともまともに把握していないからいつまで経っても不思議の一つも持ってこられないのよ」

「そうは言ってもなあ、普段制服を洗うことなんてそう多くはないだろ?だから基本的に同じものだと思い込んだとしてもそれは仕方がないのさ。

 ゴールデンウィークでそれなりに長い休みだったから、オカンが洗ってたのは知ってたけど、まさかネクタイが変わってるなんて気づかなかったよ」

「まったく、あんたそんなんだと結婚した時奥さんはきっと苦労するだろうね。日頃の努力に気付いてもらえなくて」

「すべての気配りに気付かなくても礼は言えるさ。普段からありがとな、って」

「まあ、それで気持ちは伝わるだろうけど、きっと奥さんからしたら物足りないわね。あんたその程度の認識しか持てないんだったら、せめて奥さんの尻にはしっかり敷かれてきなさい。SOS団でも雑用なんだし、その方がお似合いだわ。

 あんたが亭主関白なんてやりはじめたら、古泉くんたちが去年文化祭でやってたハムレットが実は本来は悲劇ではなく喜劇として書かれていたということが判明しました、というのと同じくらい衝撃的な結末ね」

「しかしそれ以前に俺には彼女がいないんだが」

「そ、それもそうね。でも、団員の将来を心配するのも団長の仕事だから」

「そんな先までSOS団をやるつもりなのか?」

「当然でしょ?SOS団は永久不滅よ!」

「…やれやれ。とりあえず、後でオカンに訊いてみるか」


 キョンのネクタイがつかめないので、あたしはしょうがなしにあいつの制服の裾を引っ張って部室に入った。

 その後はいつも通りあたしがネットで不思議情報を探している合間にみくるちゃんがメイドとしてお茶を配って、古泉くんとキョンはボードゲーム漬けで、有希は海外のSFを読んでいた。タイトルにウムラウト記号が見えたから、あれはドイツ語の本かしらね?


 有希が本を閉じたのを合図にいつも通り帰宅したあたしは、何となく今日覚えたネクタイの違和感を思い出して、前のネクタイを掴んできたこの一年間の様々な思い出を振り返って思い出し憂鬱とまでは言えない微妙な郷愁の沈みを感じていた。

 過去を振り返るよりもやることがあるだろうに、あたし何やってるんだろ、一年と言えばもうすぐSOS団も結成一周年だし、何か企画しなくちゃダメなのに、と自嘲気味な気分になっていると、キョンからメールが来た。


「お前の言う通り、ネクタイは新品に変わってたよ。前のネクタイは、俺に内緒で親が勝手にお前のところに送っちまったらしい。

 どういう訳だか知らないが、お前の親御さんと俺の両親の間で謎の話が付いたようでな」


 あたしの親もちょっと変わってるんだけど、どうやらキョンの親御さんもいい勝負のようだ。

 あたしは、驚きあきれつつ返信した。


「それで、あたしにどうしろっての?送り返して欲しいの?」

「いや、それも何となく恥ずかしいから別にハルヒの好きなようにして構わない。いらなければ処分してくれてもいい。

 ただアホの谷口あたりに誤解されたくないから、このことは秘密にしておいてくれないか?」

「そうね。親が勝手に決めたことなんでしょ?まあ、お互いせいぜい親の口には戸を立てておかないとね」


 キョンから何かもらうのなんて、普段の弁当のつまみ食いとかいつもの罰金とかを別にすれば、初めてかもしれない。正直に言うと、キョンが直接プレゼントしたわけではないのが気に食わなかったが、それ以上にあたしは嬉しくなった。

 ん?……初めて?


「あっ、そういえばあんた、あたしへのホワイトデーへのお返し、忘れてるでしょ?このバカキョン!」

「…あ、そ、その…そうだな。また今度な」


 全く、キョンったら年中行事への理解と自覚が足りなすぎるわ。今度延滞料金も含めて百倍返しにしてもらわないと。これで何ももらえなかったら、今度こそ異次元にすっ飛ばしてやる。クリスマスのトナカイネタ、正直死ぬほどつまんなくて、これならまだ普通の日常の方が面白いんじゃないかってくらいひどい出来だったけど、鶴ちゃんの爆笑に免じてあの時は見逃してあげたんだから。ほんと腹立つわ。鈍感だったらありゃしない。


 ほんと、今回ばかりはあたしがあいつお得意のこのセリフを言う番ね。


 …やれやれ。

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