天国物件は増税前に買っておいたら?

ちびまるフォイ

地獄のような天国の日々

「いかがですか? うちの物件は?」


「うーーん、なんか思ったものがなかったです。

 もうちょっと他の場所で探してみようかな」


「え、ま、待ってください」

「お邪魔しました~~」


「それなら、天国物件を買っていきませんか!?」


客は思わず足を止めた。


「天国物件……?」


「はい、実はうちでは現世の物件に飽き足らず

 天国の物件情報も公開しているんですよ」


「天国ねぇ……別に家なんていらなくないですか?」


「いえいえ、いりますよ。いりまくります。

 もし家なしで天国行ったらどうなると思いますか?」


「どうなるんですか」


「毎日、天国のお花畑で野宿決定ですよ」

「うわぁ……」


「天国に家がなければプライベートもだだ漏れ。

 でも家があれば天国に行っても自分の好きなように家で過ごせるんです」


「話を聞いていると必要な気がしてきました」


「でしょう! 天国に行ってからでは遅いんです!

 天国に物件を持って初めて、天国に行く準備が整ったと言えるのです!!」


「ちょっとまっててください!」


客はほうぼう歩きまわって知人から金を借りた。


よもやそれが天国物件の購入にあてると知れば誰も金を貸さないだろうと

客は「家族の火葬に金がいる」とか「家が全焼」などと言って金を工面した。


「これで天国物件は買えますか?」


「ええ、もちろん。たしかにお受け取りしました」


「……あの、今思ったんですけどこれ詐欺じゃないですよね」


「はい?」


「天国物件なんて架空のものを買わせてお金だけせしめる、みたいな。

 そういうのテレビでよく見ます。本当に天国物件を購入できたのか証明してください」


「でしたら、内見しましょうか」


「内見!? 天国でしょう!?」


「こちらへ」


不動産屋にうながされると、店舗の奥には大きな機械が備え付けてあった。

横には心電図まで置かれているので用途がなんとなくわかる。


「天国臨死装置です。これを使えば天国の内見宅へ転移できますよ」


「すごい時代……」

「ではさっそく行ってみましょう!」


装置を入れると2人の骸が店舗に転がった。




目を開けると、すでに天国の家の中へ入っていた。

窓にはフタをするようにシャッターが降りている。


「ここは……」


「ここがあなたの購入した天国物件ですよ。

 天国の守秘義務的に外を見せられないのが残念なんですが、

 窓から見える風景はお花畑満開でとてもきれいなんですよ」


「守秘義務って……」


「この後に蘇生したあとで、"天国はこんな場所だったんだよ"と

 現世の人にリークされてしまっては困りますから」


「しないですよそんなこと。信じてもらえないだろうし」


「まあ、家は好きなように見ていってください」


客は家の隅々まで見て回った。

死んでいるのに蛇口から出るお湯の温度もわかる。


「本当に死んでいるか実感ないですね……」


「まあそこは信じてもらうしか。

 でもメーターとかないでしょう?」


「そういえば、電気計とかないですね」


「天国なのでいくら何を使っても徴収されることはないんです。

 ゴキブリも出ないですし、家には備え付けのメイドだって雇える。

 ここでなら、好きなだけ自分の時間を過ごせるんですよ」


「なにそれ天国!」

「天国なんですって」


客はキングサイズのベッドの上でひとしきりトランポリンを楽しんだ。

不動産屋の「そろそろ戻りましょうか」という言葉で二人の死骸に命が戻った。


「あまり内見しすぎちゃうと、ガチ死しちゃいますから」


「内見してよかったです。死んでもあんな素敵な一軒家があてがわれると思うと

 なんだか今から生きる希望が湧いてきます」


「それはよかったです」


客はいい買い物をしたと上機嫌で店を出た。

待っていたのは不機嫌そうな知人だった。


「おい……何が言いたいかわかるか?」


「……な、なんのことでしょう……?」


「さっき、お前の実家に電話したら元気そうなおばあちゃんが電話に出たぞ。

 地球への隕石を食い止めるために大気圏で燃え尽きたんじゃなかったのか」


「ソウデシタッケー……」


「それに! 家が全勝したんじゃなかったのか? 普通にあったぞ!

 恋人に刺されて戻ることのない右腕もあるじゃないか!」


「えーーっと……」


「お前、俺を騙したのか!!!」


「ご、誤解だ! あくまで金を借りただけでちゃんと返す!

 生涯を費やしてちゃんと返す気持ちは確かにあるんだ!!」


「こっちはすぐに必要で、すぐに返すからって話で貸したんだ!!

 うそばっかりつきやがって!」


「うるさいなぁ!! 天国物件が必要だったんだよ!!」


振り払うように知人を押すと、知人はバランスを崩して倒れてしまった。

倒れた表紙に看板が落ちてきて知人の頭を直撃し、帰らぬ人となった。


男の頭の中では「やってしまった」という思いと、

「うるさい守銭奴が消えた」という思いが2:8くらいの割合でいがみあっていた。


「……どうしよう」


この先の人生をシミュレーションしてみるが、いい人生が待っている気がしない。


事故とはいえ殺してしまったのは自分自身。

まして金を借り倒してしまったので、金目当ての殺人と断定されてしまう。


死体を隠そうがこんないきあたりばったりな犯行じゃすぐに足がつく。

どうあがいても絶望だけが口を開けて待っている。


「ああもう! なんてことだ! せっかく天国物件を買ったっていうのに!!

 これじゃ確実に地獄行き決定じゃないか!!」


憧れの天国マイホームを手に入れたのに、そこに住むことなく地獄行きなんてあんまりだ。

追い詰められた男はその場に座って頭を捻った。


「はっ! そういえば、内見装置があった!!

 あれを使えば、強引にでも天国に行けるはずだ!!」


男は草木も眠る深夜の時間を狙って不動産屋へと忍び込んだ。


普通に過ごしていれば地獄生活が待っている男にとって

もはや多少の悪事には感覚がマヒして気にならない。


「よし、あったぞ」


内見装置を取り付けて天国へのカウントダウンを始める。


逃亡生活もしくは投獄生活しかない地獄のような現世。

それならば、強引にでも天国に不法滞在してやる。


やぶれかぶれの男は天国の住居へと転送された。




「やった!! 戻ってこれた!! 天国だ!!」



男が目を覚ますといつぞやの天国マイホームに立っていた。

地獄での生活を避けて天国へたどり着くことができた。


「ああもう絶対ここから出ないぞ! 俺は天国の住人だーー!」


男は家にマーキングでもするかのように壁に自分の背中をこすりつけたりした。

柱に自分の身長を測って傷をつけたころ、新しい住人が内見にやってきてしまった。


「あれ……? ここは以前の持ち主が地獄行きになったので

 空き家になったはずでは……?」


面食らう新しい住人だったが男は一歩も譲らなかった。


「ふざけるな! 空き家なんかじゃない!

 ここが俺の家だ! 絶対に出ていかないぞ!!」


男は目を血走らせて反論した。

新しい住人は「ああ」と納得したように手を叩いた。



「あ、話は聞いていますよ。地獄から派遣されている住み込み奴隷の方でしたか。

 永久に天国で家事と奉仕活動をやってくれるなんて、やっぱりここは天国だなぁ!」



男はやっと自分の首についてる地獄からの奴隷首輪の存在に気がついた。

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