風の教え

@Taichiyan15

風の教え

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 「夏も、もう終わりか、、、」

日が暮れて、美しい鈴虫の音が聞こえてくる病院に、一人白衣を着た医者らしき若い男が椅子に座り、窓の外を眺めて物思いにふけっていた。

彼は眼鏡越しに、自分が高校二年だったある夏の出来事を思い出していた。

 

 「夏休みも、もう終わりか。今年も友達と遊ぶ事は一度も無かった虚しい夏休みだった。皆は充実した夏休みを送っているのだろうか?まあ、俺は将来医者になって金を稼いだら、皆より充実した楽しい人生を送るのだから…」

 

自転車をこぎながら、カケルは例年のように自分が夏休みをただの怠惰で過ごしてしまった事を悔いていた。


そんな楽しみの無い彼が、夏休み唯一の救いにしていたのは、裏山の公園から見る夕日の景色だった。いつも通りカケルはそれを見るために『いつもの場所』へ向かっていた。

 

しかし、いつも自分が座っているその場所に、

今日はカケルと同年代くらいの青年が座っていた。


「今日は特等席で見れないのか。しかたない。」


ため息をつき、カケルが立ち去ろうとすると、それを察したのか、


その青年が、

「お前も夕日、見に来たのか?」

と話しかけてきた。


彼は赤に髪を染め、耳や手にはいかついアクセサリーを付け、いかにも柄が悪そうな青年だった。


「うん、ここから夕日を見てると自分の悩み事がちっぽけに感じるんだ。自分の悩みなんかどうでもよくなるんだよね。」


彼は何か不思議な雰囲気を持っていた。しゃべるのが苦手なカケルもこの時だけは自然に話すことが出来た。


「へぇーお前中々感性豊かなんだな、まぁ確かに夕日の色とかは綺麗だけど、そんな深く考えられるなんて、何かスゲーじゃん!」


カケルが話した誰でも言うようなセリフをその青年は誉めた。その濁りの無い彼の言葉にカケルは自分のストレスが軽くなったのを感じた。


「お前高校生だろ、どこの高校?」


カケルは、

「うん、木の皮高校って所に通ってる」と言い、

 

その青年は、

「じゃあ、また会うかもな。」とだけ言って去って行った。

 

 暫くして、夏休みが開けると、カケルはこれから始まる憂鬱な日々に気怠さを感じながら始業式へ向かった。


久しぶりに見た友達とは、夏休みよりも長い間会っていないような距離が出来ている気がして、正直久しぶりに会った時の高揚感は無かったし、自分が過ごした『無駄な一ヶ月間』を見せられているようで苦しくなった。


始業式が始まり校長が話を始めた。


「え~皆様今年の夏休みは、いかがお過ごしだったでしょうか。新学期は一学期以上に学問に励み二年後に迫る受験に向かって日々コツコツと‥」

(はいはい、分かってるって、校長の話は長いんだよなぁ、あぁだるい~) 


カケルがそんな事を思いながら居眠りの体勢に入っていると、講堂の中が何やら騒がしくなって来た。


「ここで転校生の紹介です。」


カケルはその壇上に上がってきた転校生に見覚えがあった。それは、あの公園で出会った青年だった。


「二年一組になります富川ツグムです。これから宜しくお願いします。」


転校してきた彼は公園で話した時よりも改まった態度でしゃべっていたが、格好は譲れないらしく変えていなかった。


「え~つぐむ君の事に関しては、一組の担任の先生 宜しくお願いします。」


校長がそう言って立ち去った後は、


「かっこよくない?あの転校生結構タイプかも!?」


などという女子達の会話と共に、それを気に入らない男子達の雰囲気が場内を埋め尽くしていた。それはカケルの友達たちもそうだった。友達と言ってもカケルにとって彼らは一緒にいても楽しくない関係だった。

 

「…そう思うよな、カケルも」


彼らは自分の価値観を人に押し付け、集団心理を使い、いじめをも当たり前のようにしていた奴らだった。


カケルは多少裕福な家に生まれた事もあり、金をせびられたこともあった。   

彼らはカケルを平等な友達だとは思ってくれなかった。


カケルは大人しい性格で、人目を気にし、空気が読めるため、彼らが人の上に立っているような優越感を感じるには都合の良い存在だったのだ。

それでも一人になるのが嫌だったカケルは、必死に嫌われないようにしていた。

 

「あのねー君はこの高校に通う気があるのかね?まったく人目も気にせず、少しは社交的に生きることが出来んのか」


職員室から怒鳴り声が聞こえたので行ってみると、そこでは、ツグムが担任に怒られていた。


「とにかく、明日は、その髪と服装をどうにかしてから登校しなさい!」


叱り終えた担任はその後、ぶつぶつ独り言を言いながら歩いて行った。

 

「いやーまいった!まいった!」


そう明るげに近づいてきたのは、先程までキツイお叱りを受けていたツグムだ。


「君はあの時の!

 俺ツグム。よろしくな」


「僕はカケル、こちらこそ」


「ところでツグム君は何でそんな恰好で学校へ来る気になったの?」

カケルは、呆れていた。


ツグムの目に反省の色が無かったからだ。カケルは続けて言った。


「ツグム君はもうそんな恰好をしない方がいいよ。目立ちたがり屋だって思われるし、このままだと裏で悪口を言われかねないよ。」


カケルは本気で心配したが、ツグムには響いていないようだった。

ツグムは不満げな顔をした後


「カケルは優しいな。でもさ、何で俺が赤の他人に評価されなくちゃならないんだ? 俺は俺自身が評価する!誰かに悪口を言われる筋合いはないと思うぜ、そうだろ? 俺が、そうしたいと思ったことはするよ」


ツグムのあまりに自分勝手な発言は、何故かカケルの心には強く響いた。

今までにツグムほどに自分の好きなように生きて、自分に対して正直な人間をカケルは見たことがなかった。単純に羨ましかったのだ。


それからカケルは、ツグムと頻繁に遊ぶようになった。それはカケルにとって全てが新鮮で楽しかった。

 

 薄黒い雲が空を覆っていたある日、カケルはいつも通り登校し自分の席に座った。


(ツグムは今日もずる休みか、まったく休んで何してんだか…)


ツグムは頻繁に休む。おそらくずる休みだが、彼が言うにはカケルが友達になってくれたお陰で休む日も減ったのだとか。


「いや、やめてって!」


急にカケルの耳に入ってきたのは、今にも泣きそうな男子生徒の声だった。何事かと思えば、まだ朝早く人気のないクラスでカケルの元友達たちが、一人の男子生徒をいじめている。


(あぁ~あれはひどい、筆箱のシャー芯を全部折られている、、、)


彼らは、カケルがツグムと絡むようになってからあまりしゃべりかけてこなくなった。


(ストレスの矛先があの子にいってたなんて、、、)


こんな時ツグムならどうするだろうか、咄嗟にツグムなら。。。と考えたカケルはツグムが彼を助ける映像が浮かんだ。

しかし、ツグムのようには行かなく、カケルの震えと心拍数は増していくばかりだった。


(そうか、俺が戦っているのはこの場の〝空気〟 いじめを黙認してそれを可笑しいとも思わない〝空気〟だったんだ。でもツグムなら絶対に止める。あいつが出来るなら俺も、、、やるんだ!)


勇気を振り絞りカケルはその空気の中に飛び込んでいった。

 

 何日か経っても、カケルとその友達たちの出来事は忘れられることはなかった。

カケルは逆に彼らのターゲットになり、いじめにあってしまっていた。


ここ何日も登校していないカケルは部屋に籠りっきりでいた。

お菓子だけで空腹を満たしていたせいか、頭がどうにかなりそうだった。


カケルの両親は昔からカケルを医者にさせたがっていた。

自分たちの恥にならないようにと、、、そう育てられてきた彼もまた医者をめざすようになっていた。でも、実際は息子がいじめられていても仕事を優先する親だとカケルは初めて知り、深い絶望感に陥った。

誰も味方がいない気がして、、、


キンコーンとチャイムが鳴ると玄関にはツグムが立っていた。

自分がいじめられて休んでいるという、あまりにもダサい状態でカケルは誰とも会いたくなかった。


しつこく鳴り続けたチャイムに根負けし、応答したカケルにツグムは、

「少し出かけね?」

とだけ言い、インターホンを切った。


カーテンから覗くと、ツグムがずっと待っている。待たせるのも悪いと思ったカケルは、ドアを開けて口を歪めた。


ツグムはそれを見ると、にこりと笑い

「十日間旅しないか?元気出るぞ!」

と言ってきた。


あまりに状況が読めていない発言にカケルは呆気に取られてしまったが、

学校へ行く気分でもなかったカケルは、大人しくその旅について行くことにした。


その十日間で、カケルはツグムと色々な所を回った。

ライブハウスやプロ野球の練習場、自衛隊の軍事基地や飛行場。驚くことにツグムは行った全ての場所にツテがあり、大人の知り合いも沢山いた。


ツグムの知り合いによると、彼はよく学校をさぼって、色んな場所に来ては、経験豊富な大人達と様々な仕事の手伝いをしているらしい。彼の家は貧乏で、バイトをして家を支えながら、夢を追いかけているのだと。。。

みんな夢もあきらめずに、家を支える努力をするツグムが大好きなようだった。


「お前にはこれを見せたかったんだよ」


最期に行った海辺からの水平線を見ながら、ツグムが言った。


「見たろ? 学校は全部じゃない。会った奴ら全員、自分を持ってた。

 格好だって性格だって変な奴らばっかりだっただろ?それで良いんだよ。お前は、

 〝空気〟に勝ったんだよ。誇れ!自分を!今のお前は最強だ!」

 

それからツグムは学校を辞め、各国を回った。夢を掴むために。。。


去り際に、

「世界を見てくる」

と言って、、、


カケルは諦めていた夢を追いかけた。

医者ではなく野球に打ち込んだ。

そして、もういじめられることはなくなっていた。

 

 カケルは眼鏡越しに思い出した十数年前を懐かしく思った。


「結局、野球選手にはなれなかったけど、俺は今アスリートも見られる医者になっている。夢は諦めるものじゃない。これからも俺は自分に正直に生きるよ、ツグム」


そう言って眼鏡を置いた机には、ツグムとカケルの写真が置いてあった。

                                     完

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