人生が2回あったら2回めが本気

ちびまるフォイ

後がなくなってからが人生

「人の二生ってさ、三生にできないものかな」

「できないだろ」


「なんで。一生が二生にできたんだから、三生にもできるだろ」


「どうしたんだよ急に。酒飲みすぎたんじゃないか」


「いいや大真面目だ。言ってなかったが、実はオレは二生目なんだ」


「え……そうなのか?」


「お前はその生命が一生目だろう? うらやましいよ」

「そう言われてもなぁ」


「死んでも次があるから安心しているだろ。

 自分の好きなように生きて、二生目でまじめに生きようとか思ってるだろ!」


「だから飲み過ぎだって!」


ヒートアップしていく同僚にちょっと怖くなった。


「でもオレは二生目なんだよ。もうあとがない!

 一生目は今のお前みたいに流されて生きていた。次があるって。

 でも二生をはじめても良いことなんてこれっぽっちもなかった」


「それは……お前のやり方が悪かったんじゃないか。

 一生目の失敗を十分に活かしきれなかったから、

 二生目になっても満足できないっていうか」


「ちがうんだよ! 人間の一生は運で大きく左右されるんだ!

 今となっては一生目に生まれた家のほうがチャンスがあった!

 ああ、どうしてオレは二生目に期待したんだろう!」


「す、すみません! お勘定お願いします~~!」

「こらぁ! まだ飲むって言ってんだろぉ!」


その後も肩を貸しながら同僚の愚痴を聞かされた。

繰り返し「一生目は気楽でいいな」とかそんなことばかりだった。


自分では別に「二生目で本気出すから1生目は遊び」なんて思ったことはなかった。


それでも二生目の同僚からしてみれば、まだまだ未来や先があるように見えるのだろう。


「気をつけて帰れよ」

「わかってる。これが最後の人生なんだ。大事にする」


同僚は千鳥足で暗い夜道へと去っていった。


振り返ったとき、顔のすぐ横を車が通っていった。

そのまま車は別れた同僚もろとも壁ににつっこんだ。


「おい!? 大丈夫か!?」


あわてて振り返って同僚を見ると涙を流していた。

車のバンパーと壁に挟まれて口の端からは血を吐いている。


「う、うそだろぉ……こんな……ひどすぎるよ……」


「今救急車呼んでるから! いいか、諦めるんじゃないぞ!」


「無理だ……自分でわかる……こんなの助かりっこない……。

 助かったとしてもまともな体じゃないだろう……。

 なんで……最後の人生だったのに……こんな目に……」


同僚は最後の力を振りしぼって俺の襟首を掴んで引き寄せた。


「頼む……一生の……いや二生のお願いだ……。

 お前の使っていない一生ぶんを……オレにわけてくれ……」


「嫌だよそんなの!」


「わかってる……その代わり、一生をお前のために捧げると約束する……。

 三生はお前の奴隷になって金もいくらでも渡す……だから……!」


「……」


「ダラダラ二生過ごすくらいなら、充実して太い一生を過ごしたくないか……?

 そのために、どんなことだってする……ちかうよ……」


「わかった! わかったよ! 俺の一生をわけてやる!」


「ありが……とう……」


同僚は安心したのかそのまま事切れた。

数年後、ひとりの子供が俺のもとにやってきた。


「やっと歩けるようになった。オレだよ、ほら車に挟まれた同僚だ」


「ず、ずいぶん小さくなったんだな」


「お前が分けてくれた一生のおかげでこうしてまた一生を過ごすことができる。

 二生目で言っていた誓いを果たそうと思って来たんだ」


「奴隷になるってやつ?」


「お前にこの生命を分けてもらえたんだ。この人生はもともとお前のもの。

 だから、お前のためにどんなことだってする」


「と言われても、別にしてほしいことなんて……」


「それじゃ気が収まらない。そうだ、金を送らせてくれ。

 それならいいだろう?」


「まあ、断りはしないけど……」

「決まりだな」


大人から子供に養育費を送ることはあっても、

子供から大人に向けてお金を送ることはあまり聞いたことがない。


最初こそ罪悪感はあったものの、そもそも自分の人生だったことを考えれば当然と

開き直るや別に気にしなくなった。


「たしかに、実りのない二生を過ごすくらいなら

 こんなに自由に使えるお金が手に入る一生のほうがよかったかもな」


お金にものを言わせて遊びまくっていた。

そんな日々が体に浸透しきった頃、突然に送金が滞った。


「おい! どうなってる! 一生を俺のために使うんじゃないのか!?

 お前が金を入れるって前提でこっちは最後の一生を過ごしてるんだぞ!」


『ただいま留守にしております。ピーという発信音のあとに爆笑の一発ギャグを……』


「くそっ!!」


連絡が急に取れなくなったので送金元をなんとかたどった。

途中から金が手に入らないことよりも、途中で逃げ出したことが許せない方へと思考がシフトした。


ついに見つけたときは自分の勘定が抑えられなかった。


「見つけたぞ! さんざん探させやがって!!!」


「ぐっ……や、やめてくれ……そんなに首をしめたら……死ぬ……」


「なにが死ぬ、だ! 俺の人生を使っているくせに!!」


「金が滞ったのは謝る……事情があったんだ」

「事情?」


「実は……最近ガールフレンドができてな……。

 それに三生ともなると、人生のうまい立ち回りがわかってくるから

 これまでの人生でいちばんうまくいっているんだ」


「……は?」


「わかるだろう。今までのオレの人生はいつも日陰。

 やっとスポットライトが浴びられるような人生の軌道に乗れたんだ。

 それを……1生をくれただけの人間にすべて使うのは……なぁ?」


伺うような顔の子供に背筋が寒くなった。


「それじゃお前……自分の人生を過ごしたくなったから……。

 俺が捧げた一生を自分のために使いたいって……そういうことか!?」


「考えても見てくれよ。もともとはお前の一生だったかもしれないが

 今はこうして、ほら、オレの一生になってるだろう?」


「ふ、ふざけんな!」


「お前が二生目を過ごしてもここまでいい人生にはならない!

 一番有効な使い方なんだよ! これはオレの人生だ!!」


「そんなことっ……」


言いかけたところでみぞおちに鋭い痛みが走った。

じんわりと下腹部が熱くなっていく。


「やっぱり人生をやり直すって良いよな。

 罪に問われないっていう子供の特権を最大限に活用できる」


「お前……!」


手にはナイフが握られていた。

力が抜けて地面に倒れてしまう。


「フフフ。お前はこれが最後の一生だろう?

 もう人生を過ごすことはできない。二生目でオレに復讐することはできないんだ」


「この……やろう……」


「なんにも心配することはない。そのままくたばってくれ。

 お前から渡されたこの一生は、お前が送れなかったほど充実した日々にするよ。

 そうして有効活用したほうがお前も嬉しいだろう?」




「……ってもう聞こえてないか。死んでるんだものな」


子供の殺傷事件は、子供側の証言により正当防衛が認められた。

悲劇の子供として近所で有名になったことも忘れ去られるほど年月がすぎたころ。


「あ! 風船が!」


「ちょっとまってな」


木に引っかかった風船を取ってあげると、子供は無邪気な笑顔を向けた。


「ありがとうお兄ちゃん」


「いいんだよ、これくらい。最後の一生はいい人生にすると決めたからね。

 人助けくらいは当然さ」


「そうなんだ」


目の前にいた子供は大事にしていたはずの風船を手放し、

後ろに回っていた子供は足を抑えて前倒しに倒した。


すかさず腕や足を壊して動けなくすると、無邪気な顔をしていた子供は

いつかどこかで見たような顔つきへと変わった。



「ねえ、お兄ちゃん。もし、お前に一生ぜんぶじゃなくて、

 8割だけ渡していたとしたら、残り2割の人生はどうすると思う?」



子供は大人びた顔つきで、男の目にコンパスを突き立てた。

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