第二章 共同魔法試験

放課後は図書室で

 レイラの放課後は、図書室で読書することになっている。学院内をうろつくのは人目が煩わしいので控えることにしているし、かといって頻繁に街に降りていれば白い目を向けられる。部屋に籠れば人目はないが、狭く面白味のない室内に閉じ籠もっているのは正直しんどい。

 そんなレイラにとって、図書室は都合の良い場所だった。薄暗く黴臭い所為か人が少ないし、利用者は静かにしなければいけないので馬鹿に絡まれることもない。そして、本は山のようにあるので暇潰しの材料は尽きない。好きな本を選んで読みふけってもいいし、気が乗らなければ講義の内容の予習・復習でもしていればいい。レイラの成績が良いのは、ここで過ごす時間が多い事も一因として含まれている。


 入学してからの長い時間をそうやって一人で過ごしてきたのだが、最近その習慣に新しい人物が加わった。

 ユーフェミア・ドレイク。レイラはユフィと呼んでいる。

 金というよりは麦色と言った方が良さそうな髪色と、夜闇のような黒い目を持つ、これといって目立った特徴のない少女。しかし、身の内には並外れた魔力を持ち、その癖それを使いこなせない所為で、学院内では落ちこぼれとして有名だった。

 もっとも、魔法が使えないことに関しては、ここ最近で解決されている。他でもない、レイラの助言によって。

 だから周囲に蔑まれることも減ってきただろうに、何故か彼女はその後もレイラの傍に寄ってきた。気が楽なのだと言う。学院内では友人もそれなりにいるようだが、魔法が使えなかったこともあってどうにも気まずいらしい。

 不快ではない。下町暮らしの時はともかく、レイラは学院内で友人がいなかった。相手にすり寄って無理に輪に入れてもらおうとまでは思わないが、楽しく話せる相手がいるのはやはり良い。しかもユーフェミアは素直な性格なので、言葉の裏を読まなくていいので気が楽だ。


 そうして今日もまた、レイラはユーフェミアと二人で、図書室で放課後の時間を潰す。

 書棚の間に置かれた広い机。遠い北の国の旅行記を適当に流し読むレイラの向かい側で、ユーフェミアは教材を机いっぱいに広げてひたすらペンを動かしていた。明日提出予定の課題があるのだと言う。その姿は勤勉そのもので、彼女がいかに真面目な性格であるかが伺える。

 それを横目で見て、レイラはぼそりと呟いた。


「ユフィって、勉強はできるんだな」

「バカにしてるの?」


 顔を上げた彼女は、じとっとレイラを睨みつけた。周りからずっと馬鹿にされてきた所為か、ユーフェミアは周囲からの批判に敏感だ。不愉快、と顔に書いてある。


「そうじゃなくってさ。落ちこぼれって言われてるから、てっきり勉強の方もできないんだと思ってたんだよ、噂を聞いた頃は」


 なにせ、成績が底辺に近い甘ったれた坊ちゃんが笑いながら話のネタにしていたのだ。あれに蔑まれるなんて相当なのだろうと思っていたのだが、単に自分より上位の相手の決定的な弱点をほじくり返して優越に浸っていただけだったということに最近気が付いた。

 レイラのもそうだが、貴族間で流される噂はどうも人を過剰におとしめるものが多い。それが事実を歪め、人を孤立させていくのだ。性質が悪いとしか言いようがない。だからレイラは反発していたのだが、ユーフェミアは甘んじて受け入れていたようだ。育ちの違いだろうか。


「実技で成績取れなかったから、座学は頑張ったのよ。こっちも卒業のために必死なんだから!」


 場所に配慮して声は小さめだが、ユーフェミアは息巻いた。才能はなくても怠け者に見られるのは、やはり我慢ならないらしい。

 うんうん、とレイラもまた彼女に同調した。


「そうだよな。アンタはよくやってるよ。けど、そこの計算は違うから、やり直した方がいいぞ」

「え? 何処から!?」

「ここから。ここ、計算間違いしてる」


 レイラは机に身を乗り出して、紙の一点を指差した。ユーフェミアはレイラの指し示した箇所を確かめて、新しい紙を取り出し修正する。今度は正しい計算ができているようで、レイラは本に目を戻した。


「貴女って、本当に勉強できるのね……」


 ようやく計算を終えたらしく、ユーフェミアは一度ペンを置くと、組んだ両手に顎を乗せてレイラの顔をじっと観察した。


「なに、仕返し?」

「そうじゃないけど。見た目に寄らないっていうか……」


 気まずそうに視線を逸らすユーフェミアに苦笑する。

 心当たりは、いくつかある。例えば、髪だ。学生の年齢ではまだ髪を結いあげるなんてことはしないが、それでもバレッタなどを使ったり編み込んだりして、下ろした髪が鬱陶しくならないように纏めるものだ。しかし、レイラはそれを放棄して、髪に櫛を通すだけで支度を終わらせている。

 薄く化粧を施したりもするのだが、レイラはそれもしない。街では化粧品は贅沢品であり、特別なとき以外は紅を差すこともしない。今のレイラは化粧品を買い与えてもらえる立場ではあるが……貴族、特にレイラを無理矢理ものにしたグレイス子爵に反発して、化粧は覚えなかった。

 そういう手抜きが、レイラが不真面目である印象を与えていたのだろう。それだけでなく周囲からの反発を招いたのは他の理由もあるが、それはそれとして、だ。


「こうみえて勉強好きなの、アタシ」


 意外? と問うと視線を逸らされた。分かりやすい反応に笑う。

 レイラは小さなころから知りたがりだ。目にするもの、耳にするものすべてが気になって、あれはなんだと頻繁に尋ねる子供だった。両親もそれを理解してくれて、中古ではあるが頻繁に本を買い与えてくれたり、学校にも快く通わせてくれたりしたので、レイラの好奇心は満たされ、ますます増長していった。その結果が今のレイラの能力に結び付く。


「要領良いってのも認めるけどね……」


 実は、レイラは飛び級していた。四年の教育課程が、三年に縮まっているのだ。三年止まりなのは、勉学ではなく、単に貴族の礼儀作法の習得に手こずったからに他ならない。それさえなければ、もっと早くこの学院を出られたのだが。

 ――だが、出てもいい未来は待っていないので、これで良かったのかもしれない。


「なにそれ。ムカつく」


 レイラの使う下町の言葉を覚えてしまったらしいユーフェミアは、ぷくっと頬を膨らませる。人目を引く派手さがない分、素朴な様子が可愛らしい。妹分ができたみたいで、実は最近レイラは少し浮かれている。


 そういえば、と勉強についての話をしていたからか、レイラは唐突に思い出した。


「ねえ、今度の実技試験なんだけどさぁ」


 びくり、とユーフェミアの身体が跳ねた。この時点で答えは察したが、質問を止めるのもおかしいので、続ける。


「一緒にやる相手、決まった?」


 魔法を実践する講義が増えていくのと同時に、小試験の機会もまた増えていた。今度の実技試験は、一月後。誰かと二人で組んで一緒に魔法を使うというものだ。前の時と同じく、魔法の制御に精確さが求められる。二人でやるということは、相手に合わせるということ。相手の力を読み取りながら自分の魔力の調節をしなければいけないから、まあそれなりに難しいはずだ。

 が、なにより難しいのが、組む相手を見つけること。人間の相性というのは、面倒なことに〝仲が良ければそれでいい〟というものでもない。互いにいがみ合っていても息は合う、なんてこともあり得るのだ。

 とまあ、そういう選定の難しさもあってか、今回もまた他のクラスとの合同授業となっているのだが。


「私と組みたがる人なんていないわよ」


 意気消沈してうつむき加減でユーフェミアは答える。さっきは勉強はしているんだと息巻いていたのに、魔法を使うこととなると、これである。


「それなりに使えるようになったのに?」

「黒板がないとうまくできないし。成績に関わるし、やっぱり不安……というか、嫌みたいで」


 聞くと、友人にも避けられたらしい。早々に相手を見つけてしまったようだ。それで本当に友達と言えるのかと言いたくなったが、相手とて成績が関わってくるのだ。卒業前ともなれば必死だろう。ユーフェミアもそれは理解しているみたいで、友人に憤慨ふんがいしているわけではないようだ。

 ただ、死活問題であるのは彼女とて同じであるので、途方に暮れているのは確かなようだ。


「……じゃあさ、アタシと組まない?」


 実を言うと、レイラのほうもまだパートナーが見つかっていなかった。身分制度にうるさい貴族は、平民なんかと一緒に組みたくないらしい。まして、レイラは金で身体を売って子爵に取り入ったと評判である。平民差別精神がなくても、真っ当な貴族なら関わり合いになりたくないと思うのも仕方がない。

 その意味でも、ユーフェミアの存在はありがたかった。彼女の場合は単に恩人だからということもあるかもしれないが、それでも友人になってくれた。


「で、スッゴいことやってさ、周りを脅かしてやろうよ」


 今回は、二人で魔法を使う、以外に特に指定はされていなかった。どんな風に魔法を使おうと自由であるらしい。それならば派手なことをしてやりたいというがレイラの願望だ。


「凄いことって?」

「そこは、これから考えるとして、だ」


 相手が決まっていなかったのだから、その辺りは全然考えていなかった。


「……うん。お願い」


 拒否する理由も見つからなかったからだろう、ユーフェミアは控えめに頷いた。


「よし、決まりだ」


 読みかけの本を閉じ、席を立つ。すぐに戻ってくるから、とユーフェミアに言い残して、レイラは魔法に関する書籍の並ぶ本棚へ向かった。相手が決まったなら、次は何をするかである。


「さて、なにやらかしてやろうかな……」

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