記憶(New花金Day) 1

(すいません、三回分に分けます)



 幼少期から小学校低学年まで、アイツは女の子みたいと言われていた。肌は色白で、目は大きくて、身体も細くて、性格も穏やかな気性だったので。

 男子には「ち〇こ見せろや!」とズボンを剥がれるという、今やったら確実に性犯罪で訴えられる行為に晒され。

 女子にはスカート履かされたり、女の子扱いされたり更衣室に無理やり連れ込まれたり、性別のことでからかわれたり、まあ、散々な目に遭っていた。

 ……なのに小学校時代の奴らといまだに交流を続けてるってんだから、アイツは聖人か何かか?(あたしは今でも小学校時代の奴の大半は嫌いだ)



 小学校高学年からになると、アイツは「王子様系」と呼ばれるようになった。

 文武両道、中性的で童顔なわけだから、中学・高校時代は、それはもうモテにモテた。なんなら男子にもモテた。アイツ剣道部だったから部長に気に入られて、男の先輩たちにモテまくった。



 アイツとは成人式以来に出会ったわけだけど……。


「あ、たっちゃん!」


 結構大きなグループから飛び出してきて、お久しぶり、元気だった? と、幼少期から変わらない呼び方をする。


 今のコイツに幼少期の影はなく、立派なオッサンになっていた。


 成人式ですら、女のあたしよりずっと細かったのに。メタボってわけじゃないけど、全体的にふくふくになっている。スーツなんとなーく窮屈そうだし、輪郭もふっくらしてるし。顔は変わらず中性的で童顔だから、柔和な雰囲気はそのままだけど。ヒゲ絶対似合わないだろうな。

 学生時代に運動やってディスクワークの仕事をする男性って、食べる量変わらず運動しなくなるから急に太るって聞いた事あったけど。こいつもだったか。


「久しぶり。全然元気じゃないけど、入院はしてないから元気」

「そ、それはよかった……?」

「そっちこそ激務だって聞いたのに、元気だね」


 体力には自信があるから、と笑うコイツは、それ以上は何も聞かない。


「これ美味しかったよ。多分たっちゃん、好きだと思う」


 私の趣味も好みも熟知してるコイツが言うなら、間違いないだろう。


「……うん、美味いな」


 こういう立食パーティーにしては。という言葉を飲み込んで食べる。名前なんて言うのかよくわからないけど、美味い。サーモンのお刺身とマリネって感じ。

 そのまま、コイツは喋らず食べ続けるだけだ。さっきから仕事の話とかずっと尋ねられていたから、疲れたんだろう。何も聞かない私のところが一番安全だと理解してこっちに来たようだ。

 私も、仕事のことを突っ込まれるのは嫌だと思ったから、少しホッとした。

 いまだに職につかない自分の近況を説明するのは、自分がダメな人間な感じがして嫌だ。

 特にコイツといると、本当にダメな人間だと思う。




    ◻



 以前、もう一人の昔なじみにそう呟いたら、


『じゃあ、ナオくんと結婚すればいいんじゃない?』


 なんて言われた。なんでだよ。


『収入いいし、性格もいいじゃない。専業主婦になっても大丈夫!』


 って言う返事がスマイル付きで来たから、私は思いっきりため息をついた。

 どうして近頃の同級生女子は、会う度に「専業主婦」だの「寿退社」だの言うのか……。それだけ仕事がしんどいってことなんだろうけど……。


『そういうのはいい』

『えー、なんで』


 好きなんでしょ、今も。

 そういう幼なじみに、私はむぐ、っと口をつぐむ。いやバレていたのは知ってるけど。


『ナオくんも、龍樹たつきのことが好きなんじゃない? 今も』

『さすがにそれはないだろ』


 小学校時代なら、まあ、私ぐらいしかまともに喋られる相手がいないからわかるけど。

 あれだけモテた奴にいないわけがない。

 中学も高校も、学校が一緒なだけで、もうほとんど疎遠な状態だったし。


『アイツと一緒にいて、自分が嫌だなって思うのは、収入でも社会的ステータスでもないよ。……っていうかそれだったら、結婚したところで意味ないじゃん、どっちも自分で手に入れたものじゃないし』

『えー、そういう素敵な男をゲットしたっていう、自分の手柄でしょ?』

『……そこに愛はあるのか?』

『潔癖ねえ』


 そう言われて、ますますうぐ、となる。

 そうだ、潔癖だ。汚れている自分を認めたくないし、そうやって受け入れることが出来ない。


 でも、うん、嫌だ。

 アイツだけは、嫌。




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