【無月兄さまへ】おそらく配役が間違っている【捧げる肥前ロンズ風】

「あの、ほんっとーに! けっこーです!!」


 この国に来てから、何度そう叫んだことか。

 だか悲しきかな、郷に入ってはなんとやら。自分の断わりの文句など、あまり気にしないのがこの国の……というか、この城の人たちだ。

 少女漫画でも見ないだろう甘い言葉を囁かれたり、世話を焼かれたり……。

 正直、胃薬が欲しい。


「カオル様ー! 開けてくださいー!」


 ドンドン! と叩かれる重い扉の向こうで、侍女のマリーさんとジェシカさんが叫んでいる。


「身の回りのことは、私どもにお任せをー!」

「自分でやりますんで! 大丈夫ですから!」


 この国のやんごとない身分の人は、侍女や召使いに着替えや風呂の手伝いをさせる。裸を見せても全然気にしないんだそうだ。そのやんごとない身分というのは、異世界から召喚された『聖女』にも言えることで。

 だが、そうもいかない。何がやばいってメンタルが厳しい。

 条件反射で聖女の魔法の一つである『転移魔法』で部屋から追い出した。結構乱暴に転移したし、彼女らは仕事でやっている事だ、可哀想なことをしてると思う。……思うけどこのままだと扉をぶち破られそうな勢いだ。二人への気遣いより保身に走る。

 とっとと済ませよう。そう思って、ドレスのボタンに手をかける。


「ぐすん、カオル様が冷たい……」

「ヒカル様は嬉々として手伝わせてくださるのに……」


 扉の向こうで、二人の呟きが聞こえた。

 そして恐らく、この時間は訓練所にい……てもサボってるだろうアイツの顔を思い浮かべる。

 ……アイツのメンタル、ホントどうなってんだ。いくら幻覚の魔法が使えると言ったって。


    ▪


「ヒカル殿! また訓練! サボりましたね!?」

「あ、リコちゃんやっほー!」

「私の名前はリコリスです! 変な縮め方しないでください!」


 リコちゃんが、鬼の形相で現れる。

 あー、ちょびっと懐かしい。よく部活サボっては、兄貴に叱られてたもんなあ。

 でも、よろしくない。よろしくないよ、リコちゃん。


「ご令嬢の前で怒鳴るなんて、騎士の振る舞いてしてダメなんじゃない? ほら、怯えてる」


 胸元に頭を預けるようにそばに居る令嬢たちは、別に特に脅えてはいなかった。正直言って、慣れてしまったのだろう。メンタルつよーい。

 けれど真面目なリコちゃん、声をひそめてこう言う。


「……『勇者』殿。訓練にお戻りを」

「じゃあ、姫たち。私達の時間は、これまでのようだ」

「勇者様ー!」

「行かないでー!」

「引き止めないで。寂しさのあまり、私の心も引き裂かれそうなのだから……」

「そろそろ本気で殴りますよ?」


 ぐっとリコちゃんが握りこぶしを作る。おっといけねえ、こいつは本気で殴る気だ。慌てて彼女たちの肩から手を離し、別れを名残惜しみながらその場を去る。

 隣で、はあ、とリコちゃんがため息をついた。


「全く、あなたという人は……いいですか、いくら桁外れに強くても、常日頃の態度がモノを言うんですよ」

「はーい」

「間延びしない」


 ピシャリ、とリコちゃんに咎められる。

 リコちゃんは儀仗官と呼ばれる騎士で、王の執事のようなこともしているらしい。だからなのか、こちらに来たばかりの『勇者』の作法の指南役になった。

 いやもう、リコちゃんめっちゃ強いんだけどね。剣も素手も。


「リコちゃんって顔はかわいいのに、中身ゴリラだよね」


 そう言ったら滅茶苦茶殴られた。

 ゴリラがいかんかったか、と思ったら、「男に対して『かわいい』とはなんです」。そこか怒りポイント。


「あなた、令嬢方だけでなく、騎士団の皆にもそんなことばかり言って……最近じゃ団員の中でも、あなたを見る目が怪しいのが何名かいるんですよ。風紀を乱さないでください」

「えー、だってみんなかわいいもーん」


 年下の人も先輩も、キラッキラした目で懐いてくるしさあ。演劇部を思い出させるんだよなあ。ちやほやされるって気持ちいいぜ。


「あなたのお姉様を見習っていただきたい。彼女は清く正しく、立派に公務を果たしているというのに……」

「ねーリコちゃん。『聖女さま』がもしも私みたいにちゃらんぽらんしてたら、殴ってた?」

「はあ!? 令嬢にそんなことをするわけがないでしょう!」


 そっかあー、とリコちゃんの言葉を聞きながら、私は苦笑いする。

 ……兄貴、ノイローゼになってなきゃいいけど。こないだも騎士の人に口説かれてたしな。



     ▪


 藤原かおる。高校の演劇部では脚本を務め、そのシナリオは老若男女問わずに多くの人々から支持を受けていた。藤原煌の

 藤原ひかる。180cmの長身と中性的な顔立ち、それと圧倒的な演技力と自信から、演劇部では『王子』と呼ばれていた。藤原馨の


 二人は、異世界に召喚されてしまった。『聖女(兄)』と『勇者(妹)』として。

 そして性別を誤解されたまま(そして誤魔化し続けた結果)、もう三ヶ月も過ぎていた。







ーーーーーー

【登場人物】

藤原馨(ふじわらかおる)『聖女(聖人ではなく)』

「こーなったら! 男どもが夢見るような! とびっきり魅惑的な聖女になってやんよおおおおおお!」(ヤケ)

鋭い人間観察から、様々な人物の心情を描くことに定評だった脚本担当。不真面目な妹の尻拭いをさせられ続けた可哀想な人。

なお身長は妹にとられた。そして顔は妹にそっくり。女と間違われたまま、騎士に口説かれては貞操の危機。

聖女なので魔法が使える。幻覚を使えば裸になっても性別を誤魔化せるけど問題はそこじゃない。声は元から割と高め。

あまりたくさんの人間と関わるのが苦手だが、真面目なので、色々人助けしてしまう。リコリスを含めて騎士たちからはまさにマドンナ的存在になっている。

ちなみにこの後、自分たちを呼んだ王様が男装した少女であることを見抜く予定だった。



藤原煌(ふじわらひかる)『勇者』

「いけない人だ。私の心をこうも掻き立てるなんて……」(低音ボイス)

180cmの長身と中性的な顔立ち、それと圧倒的な演技力と自信から、演劇部では『王子』と呼ばれていた女子高生。自己肯定力がMAX。女の子にチヤホヤされるのが大好き。男と間違えられても全然気にしない。男の中で着替えても全然平気。かと言って男装一筋なわけではなく、女の子の格好も割とする。

不真面目なのでよくサボっては兄とリコリスに怒られる。ちなみに真面目な兄貴のことは尊敬してるしリコちゃんは真面目でかわいくて好き。もはや恐るものがない。天才肌なので、何でもこなす。

ちなみに令嬢や騎士を口説いているのは、兄貴がノイローゼにならない程度に視線をそらそうとしてるため。あの人好意がプレッシャーになるからほどほどにしてあげて。



書いたままでもうこれ以上はなんも思いつかない設定です☆

無月兄さま、これが肥前ロンズ風『女装男子・男装女子』です。ロマンスの「ロ」もない。

騎士の設定はとっても適当なので真に受けないでください。

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