ヒロインに恋を語らせるには難しい

「……好きな女子がいるんだけど」


 二人きりの漫研部で、突然悪友・ヒロノブは深刻そうな顔で言い始めた。

「ふーん」あたしはスナック菓子をバリバリ云わせながら相槌を打つ。


「どんな子?」

「……ショートヘアで、化粧っ気も洒落っ気も少ない、制服以外でスカートを履くことはない女子でな」

「ヒロノブ清楚系巨乳ヒロインが好きなんじゃないっけ?」バリバリバリ

「その好みは池面くんだ。しかもギャルゲーヒロインの好みだ」

「そうだっけ?」バリバリバリ

「ゲームの推しが、現実でもそうだとは限らないだろ。一応言っておくが、池面くんの彼女は絵に描いたような委員長タイプだから黙ってやって……頼むからスナック菓子食べるのやめてくれ」


 真面目な話なんだ、とヒロノブは言った。


「ヒロノブ……あたしが自由時間にどうしようがあたしの判断、どんな菓子を食べてようがあたしの判断、あなたが勝手に中断させられるとは思わないで」

「そのネタ一年ぐらい古いとは思わないか?」

「古谷だけに?」

「よし、ぎりぎりのネタもよしてくれ。フリじゃないぞ」


 そう言われ、あたしはスナック菓子に手を伸ばすのを止めた。

 塩と油がついた手をなめる。


「やってることが小学生レベル! やめろばか!」

「お手洗い行くのめんどくさい」

「ウェットティッシュ使う! ほら!」


 そう言われて、あたしはウェットティッシュを引っ張った。


「あ、ごめん。3枚とった」

「なんでだよ」

「自分、不器用なんで……」

「だからぎりぎりのネタはやめろと」

「自分、オタクなんで……」

「……ごめん、たしかに無理だな」


 オタクはセリフとパロディが何よりも好きなのだ。それはヒロノブもよくわかっていることだろう。

 何せ彼は初めての電車通学に、うっかり改札口で「俺のターン! ドロー!」と叫んだやつなのだ。

 さて、ネタゼリフの許可をいただいたところで。


「で、恋愛相談に乗ってもらいたい、ってことね」

「ああ。……ぜひとも、相談に乗ってもらいたい。どんなことをしてもまったく、これっぽっちも気づかないんだ。少女漫画のヒロインみたいに」

「少女漫画のヒロインみたいに」

「この間、クロスワードで告白しようと思って自作した」

「その時点で大分こじれてるな?」ヒロノブが。

「だが……相手は、一文字間違った状態で提出してきた。無論おれの告白には気づかなかった」


「相手のおつむも考えてあげて」


 あたしはそれしか言えなかった。


「それから……」

「まだやるのかこれ」

「一ヶ月前かな。直接、『付き合ってくれ』と言ったところ」

「おお」

「『いーよ、でも図書館に本返してからでいーい? その後スタバに行こっか』と言われた」

「テンプレか」

「その後ガ○ダムはやっぱりアムロじゃなくてシャアだよなという話になった」

「そりゃそうだろうね」


『(交際相手として)付き合ってくれ』ではなく、『(行きたい場所があるから)付き合ってくれ』に変換されてしまったのだろう。少女漫画あるある。


「それから」

「まだあるの」

「少しでも男を意識してもらおうと、少女漫画を頼りに頭をポンポンしようかと思ったんだが」

「それ相手によってはセクハラか痴漢だけど」

「それに関しては大丈夫だ、頭を触っても特に気にしない程度の仲だから。……だからこそ、異性として認識されてないんだろうとは思ってたんだが」


 事件は起きたんだ、とヒロノブは言った。


「そいつの髪型は常におれがやっているんだが、その日は見事な出来栄えでな……くずれる可能性のあるポンポンは出来なかった」

「頭を纏める前にすればよかったんじゃ?」

「髪を梳いていると勘違いされた」



 それはそれは。

 ……沈黙が部室に流れた。

 あたしの髪型は、ついさっきヒロノブに整え直してもらったばかりだ。



「……君、気づいてるだろ」

「な、なにがぁ?」

「いくら鈍感と天然装ったって、表情と視線でバレバレだからなあ」



 君の場合、とヒロノブが言う。

 だらだらだらと滝のように汗が流れた。



「あ、あのですね……」

「少年の純情を弄ぶよーな奴じゃないことは長い付き合いでわかってる。フるんなら、キッパリここでフってくれ」

「別にキライなわけじゃないから!」



 あたしは必死に遮った。

 そして、つとめて冷静に説明する。



「ヒロノブにそう言ってもらえるのは嬉しいし、ありがたいと思う。多分ヒロノブ以上に長く付き合える男子はいない、と思う」

「お、おう……」

「でも手を繋ぐのは無理ッ!!」

「ナンデ!?」

「だってあたし深爪だもん! 爪の表面もかなりデコボコだし! 手汗もヤバいもん!」

「いや別に気にしない」

「キスも無理ッ!! 口臭とか気になるし、歯並びも悪いし!!」

「そんなじーさんばーさんの悩みみたいな」

「セッ○スも無理だからッ!!」

「声がデカイよ正気に戻って!? 君そんなこと大声で言うヤツじゃないだろ!?」



 どーどー、とヒロノブに窘められる。あたしは馬か。自分が馬鹿なのは知ってるけど。



「あのな? 池面くんから、『キミたち付き合ってるんじゃないの?』って言われるぐらい俺らの距離異常に近いからな? これで付き合ってないはちょっとした詐欺だと思うんだよ」

「詐欺……振込先は推しにお願いします……」

「今の君の推し誰だっけか」

「Aと英ちゃん……」

「あの二人かよ。いやわかるけど」

「いまだに沼から出られない……悲しい……」


 あの二人が生きて共に幸せになってくれたらいいんだ……あたしそこまで腐ってるわけじゃないんだけどあの二人はくっつかなきゃダメなんだ……。


「話それたけど、別にそーゆーことをすぐにしたいわけじゃないから。口約束したいっていうか……」

「でもいつかはしたいと思ってるんでしょ……」

「…………………まあ」


「そしたらおっぱい大きいほうがいーんでしょーがぁ! 少年漫画みたいに! 少年漫画みたいに!」

「エロ同人みたいに言うなっ!!」


 そこからヒロノブもヒートアップし始めた。


「あと俺的にはあーゆーデカいのどーかと思ってるからな!? デカすぎて軽く妖怪だろ!! 怖ーわ!!」

「巨乳の悪口言うんじゃありません!!」

「君は一体どっちを主張したいんだ!?」

「巨乳はキャラの一部であって全てじゃないもん!! たまたま好きなヒロインが巨乳だっただけだもん! ゆきめちゃんが再登場した時は死んでもいいって思えるぐらいだった!! でも思春期の男の子はおっぱいが好きなんでしょ!? ヒロノブもそうでしょ!? ベッドの下におっぱいもの隠してるんでしょ!?」

「ちょ、大声で風評被害ヤメテ!? おれがベッドの下に置いてんのはたまりすぎたL○Laだから!! 君はそろそろ少年漫画から離れろ!!」


「とにかく、無理だからぁぁ!!」

「あこら、待て!」

 あたしは部室の扉を開け、全力で走った。



 ところかわって、それを眺めていたカップル二人。

「池面くん、あの二人、まだ付き合ってないんだよね?」

「うん、まだ……面倒くさいから、そろそろ付き合えばいーとは思うんだけどね」

「というか、実質付き合ってるよね」

「実質付き合っているというパワーワードにどうすればいーのかわからないけど、言いたいことはわかる」


 そう言って、二人は声を揃えた。

「とっとと付き合わないかな、あの二人……」







登場人物のどーでもいい設定


主人公

女子。いろいろ雑。少年漫画が好き。『犬夜○』から入って妖怪モノにはまり、気がつくと『ぬー○ー』を読み漁っていた。だが、エロいシーンは薄目でしか読めない。

男子はおっぱいが好きだから交際は無理だと思っている。


ヒロノブ

男子。体質はオカン。少女漫画が好き。恥ずかしいわけではないが、母親から『実は女の子になりたかったんじゃ』疑惑を持たれ、面倒くさいので家では少女漫画を隠している。家に収まらない少女漫画は主人公の家に預けている。エロいシーンを見ても動じないが、大声であらぬ性癖を言うのはやめてほしい。


池面くん

漫研の部員。イケメン。k○yの大ファン。その流れで京アニも大好き。


委員長タイプの彼女

池面くんの彼女。みつ編みメガネ。部員ではない。実は何でも食える腐女子。池面くんは知ってるどころかモデルにされる。ちなみに彼氏は右らしい。

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