7—2


「そうとう遠くへ行ったのか?」

「城内に逃げこまれないよう知らせに走れ」

「緊急配備だ」

「もう、このあたりにはいないな。それぞれの管轄にもどろう」


 それ以上、あたりを探してもムダなようだ。

 ワレスも自分の持ち場に帰ることにした。


 ブランディの遺体のところまで帰ると、ハシェドが三、四班をつれてきていた。


「ワレス隊長。どういうことでしょうか。今、ブランディの遺体を調べてたところですが。これは剣でやられた傷じゃありません」


 さっきはよく見ているヒマもなかった。のぞきこんで見る。


 すると、たしかに、ハシェドの言ったとおりだ。

 剣のようなあざやかな切り口ではない。獣の爪でやられた傷。肉ごと、えぐりとられている。この前の兵士と同じ手口だ。


「最初に肩口をやられて、倒れたところで腹を裂かれた……か。ケルンがおれにとびかかってきたとき、長い犬歯があった。異様に長かった。あれは人のものではない」

「では、やはり、ケルンが……」

「前庭をさわがせていた獣なんだろう」


 その場にいる全員が蒼白になった。

 仲間だと思っていたものが……いや、人間だと思っていたものが、じつは、ひそかに人を捕食していた化け物だった……。


「魔物……でしょうか?」

「そうとしか考えられない。日ごろは人の姿をしていて、月を見ると獣に変わる怪物のたぐいもいる。どっちにしろ、顔はわかってる。恐れることはない。ケルンを見たら、迷わず切り殺せ」

「はいッ。隊長!」


「三班。タンカを持ってきて、ブランディを城内へ運んでやれ。ここでは血の匂いをかぎつけて、ほかの魔物もやってくる。四班は二手にわかれ、あたりの巡回。ハシェド、ドータスは持ち場へ帰れ」

「はい!」


 それぞれに散っていく。


「エミール!」


 最後に呼ばれて、エミールはちぢみあがる。

「ごめん! ごめん! おれ、怖かったんだよ。もうしないから、ゆるして!」

「だまってないと舌をかむぞ」


 ワレスは思いきり、エミールの頰をぶった。

 まるで舞台上の女優みたいに、エミールは地面にきれいに


「よりによって逃げだすとは何事だ! まがりなりにも兵士だろう? 金をもらってるからには、それなりの働きをしろ!」

「だって、だって、死にたくなかったんだよ。父さんに会うまで死ねないって思ったんだ!」


 ワレスは胸をつかれた。


「……死んでもいいと言ってたおまえが、たいした進歩だな」


 思いきりぶったので、ワレスの手も痛い。


「巡回に行くぞ」

「う、うん……」


 ワレスは一、二班のようすを見にいった。異常はない。


「ケルンが魔物だったそうですね」と、アブセスが悲しげに言った。


「ホライはケルンの同郷の幼なじみだったと聞いてました。友人に食い殺されるなんて、哀れです」

「二人はルイド大公領の男だったな」


 ユイラの北にある属国だ。


「二人で旅して、ここまで来たそうですよ。ホライは知ってたんでしょうか。ケルンがそんな恐ろしい化け物だったと……」


 ワレスは考えこんだ。

「幼なじみというからには、つきあいは長かったんだろうな」


 今度はそばで聞いていたクルウが言った。

「ごく幼いころからの悪友だったらしいですね。二十年来のつきあいだと聞いたことがあります」


 二十年来のつきあい。

 そんなに長いあいだ、親しい者が気づかないなんてことがあるだろうか?


 考えながら、城に近い敷地を見まわりに行く。


 東の塔の門が見えるところで、城のほうから人影が歩いてきた。ケルンかと身がまえる。が、違っていた。青い顔をしたコリガン中隊長だ。


 おどろいて、ワレスはかけよった。


「中隊長。いかがなさったのですか? このようなところへ、お一人で」

「報告を聞き、心配になったのだ」


 コリガン中隊長の視線のさきには、エミールがいる。


(なるほど)


 自分の息子が危険な前庭にいることに気づき、矢も盾もたまらなくなったのだ。


(ほんとに……いい父を持ったな)


 ワレスは気をきかせることにした。

 どうせなら、エミールだって、ワレスの口から知るより、じかに父から聞きたいだろう。


「中隊長がご自身でいらっしゃることはありません。ここは私どもにお任せください。エミール。中隊長殿をお部屋までお送りしろ」

「うん……じゃないや。はい。隊長」


 エミールはコリガン中隊長と城内へ入っていく。


 ワレスはあたりを一巡した。

 どうせ、親子の再会をはたせば、つもる話もある。今夜は帰ってこないだろう。

 そう思っていたのに、ワレスがアブセスたちのところまで帰ったときだ。意外にも早く、エミールが追ってきた。


「おっかなかったよ! こんなとこ、一人で歩けない。あんた、よく平気だねえ。おれ、やっぱ、もう兵隊は辞めるよ。おれの性分にあわないみたい」


 エミールはいつもどおり。

 感動の再会をはたしたようには見えない。


 ワレスはアブセスたちの目をはばかった。


「三班のようすを見てくる。エミール、来い」と、エミールを木陰に手招きする。


 人目がなくなると、

「中隊長をお部屋に送ったな?」

「うん」

「なにか言われなかったか?」

「別に。でもさ」


 エミールはクスクス笑いだした。

「あの人、おれに気があるのかな。廊下の誰もいないとこで、急にこんなふうにして」と、むりに背伸びして、ワレスの両肩をつかむ。


「こんなふうにして迫ってきたんだ。おれのこと、じいっと見るんだよ。手なんか、ガクガクふるえちゃってさ」


 ふきだしたいのを、ワレスは抑えた。


(それは、おまえが息子だと告げたかったんだと思うぞ)


「それで、どうしたんだ?」

「どうするも何もさ。こう、このへん。首のへんまで、あの人の頭がおりてきてさ。あ、キスされるって思ったら、向こうが正気にもどってさ。おれのことつきとばして、部屋に入っちゃった」


「えっ——?」


 ワレスはエミールの少女みたいな顔をまじまじと見つめた。


(あんまり母に似すぎてたから、錯覚したんだろうか? それにしても、中隊長らしくない)


 変な気分だ。

 何かが、ワレスの胸にチクチクとひっかかる。

 さっきのケルンの話も……。


 近くで声がしたのは、そんなときだった。


「死体だ! ケルンの死体が見つかった!」

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