第16話 新たなヒロインは心強い

 俺に声をかけたその女には落ち着きがあった。

 ここで出会った女達(紗羽サワ以外)が騒がしい奴ばかりだったせいで特にそう見えるだけかもしれないという可能性はあるが。

 スラリとした細身の長身だが、スタイルもそれなりに良い。

 おそらく流乃ルノに次ぐスタイルだと思う。

 ただ流乃ルノの場合は全体的にムチムチとしているが、目の前のこの女は腕などはスラリと細く、出るところだけが出ているといった感じだ。

 って、俺は何を考えているんだ!

 あのエロ女達のせいで変な所に意識するようになってしまった。

 ただひとつだけ言えるのは、兎毬トマリ流乃ルノとは違い、静かな印象の美女だという事だ。

 切れ長の目と、肩より少し長い緑がかった髪がその雰囲気によく似合っている。


「あー、えーと、俺は………」


「たしか岡尾オカオ君だったわよね。話は聞いているわ。昨夜は挨拶できなくてごめんなさい」


「あ、ああ。岡尾オカオ 翔琉カケルだ。君の名前を聞いてもいいか?」


「私は寧々ネネ間黒マグロ 寧々ネネよ。歳は18」


「あ、俺と同じなのか。ちなみに何て呼べばいいかな」


「苗字でも名前でも、どちらでも好きなほうで呼んでくれて構わないわ」


「そ、そうか。じゃあ寧々ネネでいいか?」


「ええ」


 それだけ言うと寧々ネネは食堂の扉を開けて中に入っていった。

 扉を開けた瞬間に先ほどまでと同じように兎毬トマリ流乃ルノの言い争いの声が聞こえたが、寧々ネネが入って来たのに気付いた途端、二人の口論がピタッと止まった。


「あ、あら、寧々ネネちゃん………」


「少し早いですけど、夕食を戴きに来ました。いいですよね?」


「ええ、もちろん」


 なんだ?どうしたんだ?

 寧々ネネが現れただけで二人が大人しくなったぞ。

 よくはわからないが、もしかしてこいつら、寧々ネネにビビってる?


「あ、翔琉カケル君!ちょうどいいから寧々ネネちゃんの事も紹介するわ!」


「いや、自己紹介ならさっき………」


「いいから入って!」


 そう促され、俺は再度食堂の中に入った。

 この兎毬トマリの様子は単に俺に寧々ネネの事を紹介したいと言うより、寧々ネネの放つプレッシャーを緩和したいというだけのように見えた。

 これはもしや………この寧々ネネを味方につければかなり心強いのではないだろうか。


「えー、こほん。こちらは間黒マグロ 寧々ネネちゃん、18歳。察してるかとは思うけど、君の………その、ヒロイン候補よ」


 今までの紹介の時と違い、やや歯切れが悪い。

 寧々ネネの表情を警戒しつつ、最後の「ヒロイン」の部分は小声だった。

 だが寧々ネネは特に言い返すような事はしなかった。


「んっとね、寧々ネネちゃんの実家は銀座で有名なお寿司屋さんで、『芽粋鮨めいきずし』って聞いた事ない?」


「いや、悪いがあまりそういうのに詳しくなくて………」


「別に謝らなくていいわ。あくまで寿司屋の中で有名というだけだから」


 寧々ネネが静かにフォローをしてくれる。

 しかし寿司屋の娘か。

 寿司屋の娘で苗字が『間黒マグロ』となると、今までの流れだと紗羽サワと同じように名前にコンプレックスがあるパターンではないだろうか。

 そうでなければここにいる理由がわからない。

 やはり呼び方を『寧々ネネ』のほうにしたのは正解だったかもしれない。


「………言っておくけど、私は別に間黒マグロという苗字にコンプレックスがあるわけじゃないから、気を遣う必要は無いわ」


「え?」


「むしろ実家の寿司屋という仕事も、両親の事も、そして間黒マグロという名も誇りに思っているわ」


「なら何故この国に?」


「それは………」


 寧々ネネは何かを言いかけて口をつぐんだ。

 名前にはコンプレックスは無いが、それでもここへ来た何かの『理由』はあるというわけか。

 ならばそれを無理に聞き出す必要は無い。

 本人が言いにくいのなら尚更だ。


「いや、忘れてくれ。話したくないなら話さなくていい」


「………ありがとう。別に隠すような事では無いのだけど、いずれ話すわ」


「ああ」


 寧々ネネとの自己紹介はこのようにしてあっさりと終わり、俺達は夕食を戴く事にした。

 その食事の最中さなか兎毬トマリが俺に話を切り出す。


「あー、翔琉カケル君。夕食後にちょっと私の部屋まで来てくれる?」


「は?………まさかまた、くだらない事じゃないだろうな」


「違う違う。今日で大体この国については見て回ったと思うけど、今後の事について説明しておこうと思うの」

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