恋愛相談は経験者に聞くのが1番!……って、俺は表向きは失敗経験者なんだけどな!

プールの補習があった日の翌日。

放課後になると、俺と紅葉は早速部室へと向かった。

小さな仕事をいくつかしているうちに約束の時間になり、扉が開く。

入ってきたのはもちろん五里田先生だ。

「こんにちは」

「あ、ああ、こんにちは」

いつもの元気がない気がするが、これから悩み相談をするのだから普通といえば普通だろう。

むしろ、ここで明るくされても「本当に悩んでますか?」と聞きたくなってしまうだろうし。

「先生、こちらに」

紅葉が先生を手招きして接客用のソファに座らせる。俺と紅葉は先生の反対側に並んで座る。

「要件は既に伺っております。告白を手伝って欲しい……と」

「あ、ああ……」

先生も紅葉に伝わっていることは承知の上だったらしい。特に何も言わなかった。

「早速その準備をしたいところですが、万事部として、その前に伝えるべきことがあります」

紅葉は姿勢を正し、先生を真っ直ぐ見ながら鋭い声色で言った。

「万事部のモットーは『全ての人に平等に万事』。先生だからといって贔屓は致しません。つまり、他の重要な依頼が来ればこれも後回しになるかもしれません。いいですね?」

さすがは紅葉だ。心に真っ直ぐな芯を持っているというか……。まあ、そのモットーは初めて聞いたけど。

五里田先生は彼女の言葉に無言で大きく頷いた。

それを見た紅葉も小さく頷き、1枚の紙を先生の前に置く。

「依頼書です、ここにサインを」

「ああ」

先生は慣れた手つきでサインを済ませ、紙を渡す。

ん?なになに?

『五里田 伸夫

上記の依頼者は今シーズンの予定支払い部費を倍にすることを約束します』だと?

五里田先生、この部分はちゃんと読んだんだろうか。絶対読んでないよな……。

紅葉の方を見てみると、いかにも悪そうな顔をしていた。

こいつ、確信犯だな……。

後で別の紙にサインしてもらおう。

俺は依頼書をそっと背中側に隠すと、小さく丸めてゴミ箱に捨てた。



「依頼書に不備があったなんて知らなかったわ。唯斗くんのおかげで助かったわね」(ぐぬぬ……せっかく唯斗くんとの旅行代を経費で落とそうとしていたのに……。唯斗くんに見つかるとは詰めが甘かったのね……)

「あ、ああ、良かったな……」

口ではお礼を言いながらも、肘で小突いてくる紅葉の相手をしながら、俺は五里田先生の依頼内容を詳しく確認する。

それをまとめるとだいたいこんな感じだ。

『五里田先生は保健担当の細川先生が好きで、ずっと隠していたがもう堪えられなくなった。それで万事部に手伝ってもらって告白を成功させたい。』ということらしい。

教師同士の恋愛となると、噂好きな我が校の生徒たちは黙っていないだろうな。

そこは暗黙の了解ということになるだろう。

ただ、むしろそれを利用することだってできるはずだ。学校の噂を全て先生達に占領してもらえれば、空気は必ず2人は付き合っているというものになるはず。

細川先生が五里田先生を好きでなかったとて、空気を操れば好きにさせることも出来るというわけだ。

空気とは時に残酷で、人の気持ちすらも変えてしまえるのだから。

「では、まずは―――――――」

「まずは細川先生の方を調べるわよ」

俺の言葉を遮るように紅葉が言う。

あれ、意外と乗り気なのか?

「ほら唯斗くん、行くわよ」(唯斗くんと2人で恋愛相談を解決!流れで私達も距離を縮められる!一石二鳥ね!さすがは私!天才ね!どやっ)

そういう事かと心の中で呟いて、あざとかわいい彼女の後を追って部室を出た。

五里田先生は放置したままだけど、まあいいか。


職員室前にて。

「細川先生、居るわね」

「そうか。様子はどうだ?」

「普通に仕事をしているわね」

天井近くの壁に付けられたスライド式の細長い小窓から職員室を覗き込み、細川先生を観察する怪しい影がふたつ。正確に言うと、覗き込んでいるのは紅葉だけなのだが。

通り行く生徒たちがやばい人を見る目で去っていくが、そんなことは気にしない。

気に……しな……い……うぅ……。

いや、普通に恥ずかしい!

「なんで肩車で覗かなきゃいけないんだ?扉の窓から覗けばいいだろ?」

そう、俺は今、紅葉を肩車している。

普通に除けばいいものを、何故か突然小窓から覗いた方がいいと言い始めたのだ。

彼女の言うことだからなにか理由があるんだろうが……。

「扉の窓から覗いたりなんてしたら、バレバレでしょう?それに職員室に入りたい人の邪魔になるもの」(と言いつつ、唯斗くんに肩車してもらうのが夢だった!なんて言わないよ〜♪えへへ♪)

「そ、そうか……」

小窓から覗いてもバレる時はバレると思うけどな。

それに、職員室に入りたい人の邪魔にはなってなくても、前を通りたい人の邪魔にはなってるぞ。

恋は盲目。頭のいい彼女でもやっぱり気が回らなくなるんだろうか。

まあ、理由が可愛いから俺は全面的OKだけどな。

俺も盲目だ、どやっ。

「何か情報になりそうなものは見えないか?」

上を見上げることも出来ない俺は、壁に向かってそう言う。見上げたら確実にアウトなことになるからな。

なにせ、俺の首の裏に触れているのは紅葉の太もも。絶対領域とやらはすぐそこにあるのだから。

俺は紳士になりきってただただ壁を見つめていた。

俺はセバスチャン、俺はセバスチャン、俺はセバスチャン……ベッテルではないぞ?

「そうね……写真が置いてあるみたいけれど……ここからじゃ見えないわね」

「確認できればいいんだが……」

「なら、プランβね!」

紅葉が俺の頭を撫でながら言った。

好きな人に撫でられるのってすごい心地いいな……って、そうじゃなくて……プランβって何?



「あの、細川先生」

「んー?何かしら?授業で分からないところでもあった?」

先生は俺が話しかけると同時に、机の上の写真立てを伏せて倒した。

見られたくないものなんだろうか……。

「あ、いや、そうではなくて……」

「もじもじしちゃって……保健の実技はお断りよ?ふふっ」

「あ、あはは……」

ダメだ!耐えられない!

なんだよ、『保健の実技はお断りよ?』って!

別に望んでる訳でもないのに、清楚系な細川先生が言うと逆にエr……はっ!?紅葉に睨まれている!?

いかんいかん……ちゃんと目的を果たさないとだな。

プランβ、その内容はとてもシンプルだった。

「先生って五里田先生のこと、どう思っていますか?」

こう聞くだけの簡単なお仕事だ。

そう、簡単なお仕事……なんだけどなぁ……。

「どうって……普通よ……?」

そう答えた先生の表情は、いかにも『嫌そう』なものだった。

これ、絶対五里田先生嫌われてるよな。

普通よって言いながら、声のトーンが2、3くらい下がってるし。俯いちゃったし。

「そ、そうですか……。あ、これどうぞ……」

俺はポケットに入っていたキットカツト(チョコレート味)を先生に手渡した。

「あら、バレンタインにはまだ早いんじゃない?ふふっ」

先生は既にいつも通りに戻っていて、その事実が俺をさらに悩ませた。

五里田先生……こんなに嫌われるなんて、何やらかしたんだよ……。

「失礼しました」

職員室を出た俺は、ただただ紅葉に向かって首を横に振ることしか出来なかった。


部室に戻ると、五里田先生がひとりでオセロをしていた。勝手に棚から引っ張り出したことは別にいいのだが、ひとりでやって楽しいのだろうか。

「先生、とりあえず今日だけで大体の状況は分かりました」

「な、何がわかったんだ!」

先生の濃い顔がグイッと近づいてくる。

「それが……」

言い難いことだが、はっきり言った方が先生のためでもある。俺はそう信じて口を開いた。

「先生、かなり嫌われてます」

「…………え?」

まあ、そういう反応になるよな。仕方ないことだ。

「はっきりと言われた訳ではありません。ただ、五里田先生の話をした瞬間に明らかに声が暗くなりました」

「な、なんだと……俺はそんなに……」

五里田先生の精神的HPはもうゼロに等しい。

今日はもう帰ってもらった方が良さそうだ。

そう思って先生を帰らせようとしたのに……。

「つまり、先生の恋は勝率0%です。唯斗くんと同じで」(ふふふ、嘘だよ〜♪私は唯斗くんだけのものだもん!)

いや、嬉しい!嬉しいけど今じゃないんだ!

紅葉の2つ目の声の内容は、ときめいてしまいそうになるけれど、今ので完全に五里田先生にトドメを刺したな。

ほら、先生もう机に突っ伏しちゃったよ。

「せ、先生……もう帰った方が……ん?紅葉?」

慰めようとしている俺を止めて、紅葉が先生に近付く。そして、その大きな背中に手を置いて、変わらない表情で言った。

「でも、ここで諦めるのは違うわよね」

「……え?」

五里田先生は涙で濡れた顔を上げて、紅葉を見る。

「本気で好きなら、可能性がゼロでも砕ける覚悟でぶつかる。そういうものでしょう?ね、唯斗くん」

「お、俺!?」

突然話を振られて変な声が出てしまった。

紅葉の言葉、なんだか俺にもグサグサ刺さってくる気がするんだが……。

「ここで諦めたら、本気じゃなかったってことになりますよ?それでいいんですか?」

紅葉のまっすぐな思いが先生にも伝わっていくのが分かった。

先生は大きく首を横に振ると、バッと立ち上がって拳を握りしめる。

「諦められるわけないだろぉぉぉぉ!嫌われてても、俺は細川先生が好きだぁぁぁぁ!」

豪快に叫んだ声が、部室の壁に響く。

その直後。

ガタンッ

何かが扉に当たる音が聞こえた。

俺は急いで扉を開く。

「……先生」

そこに立っていたのは、細川先生だった。

彼女は何故か泣いていた。

「細川先生……あの……」

豪快な告白を本人に聞かれたことが恥ずかしかったのか、五里田先生はしどろもどろになりながらも言葉を必死に紡ごうとしている。

だが、その頬から涙が滴り落ちたと同時に、細川先生は走り出してしまった。

「せ、先生!?」

俺は必死に呼び止めたが、細川先生は振り返ることもせずに一直線に走っていく。

「五里田先生、何やってるんですか!早く追いかけて!」

紅葉が叱るように言うと、五里田先生は「は、はい!行ってきます!」と言って後を追いかけて行った。



先生を追いかけているうちに学校の外に出てしまった。もうそろそろ止められないとまずい……。

「待ってくれ、細川先生!」

「なんで追いかけてくるんですか!来ないでください!」

「どうしてそんなに俺のことを嫌うんだ?俺が何かしたなら謝る!」

「どうして……?そんなの……言えるはずがありません!」

商店街を走り抜け、幼稚園の前を通り、公園を抜けた。

細川先生の走るスピードは明らかに落ちていた。

それに足取りもふらふらとしている。

これだけの距離を走ったんだから当然だ。

「も、もう……来ないで……」

後ろを振り返りながらそう言う彼女。

俺は彼女の立っている場所を理解すると、最後の力を振り絞って走った。

「先生、危ない!」

「え……?」

必死に伸ばした腕が彼女に触れた瞬間、その細い体を引き寄せて抱きしめた。

その直後、猛スピードで赤い車が、彼女の立っていた場所を走り抜けた。

「あ……え……わ、私……」

何が起きたのか理解出来ていない彼女は、若干のパニック状態で俺を見つめた。

「良かった、無事で」

呟くように言ったその言葉を聞いた彼女の体から力が抜け、俺に体を預けるように倒れてきた。

「力……入らないよ……」

そう言って俺の胸に顔を押し付けた。


落ち着いたところで公園に戻ってベンチに座る。

「細川先生、どうして逃げたんですか……?」

今なら答えてくれると思ったから聞いた。

彼女は少し悩んだようだったが、か細い声で話し始めた。


『私には兄がいました。

強くて、優しくて、誰からも好かれて……。

私にとって自慢の兄でした。

でも、私が12歳の時に亡くなりました。

原因は私です。

私がさっきみたいに、不注意で車道に飛び出したから……私を守ろうとした兄が撥ねられて亡くなりました。

私は自分が許せませんでした。

せめてもの罪滅ぼしとして、同じような気持ちになる子が生まれないようにと、私は教師になりました。

保険なら交通事故のことも教えられたから、ちょうど良かったんです。

でも……私はそこで驚きました。


私の教育担当になった五里田先生が、兄と瓜二つだったんですから。


五里田先生の教え方はとてもわかり易かったです。とてもいい先生だと思いました。

でも、心のどこかで兄に責められているような気がして……。兄に似ていた五里田先生を、重ねて見てしまったんです。』


そこまで話終えると、細川先生は深呼吸をした。

そして、綺麗な瞳で俺の目を見た。

「五里田先生、さっきの告白はまだ有効ですか?」

控えめで申し訳なさそうな声で、でもハッキリとした意志を持っているその表情で彼女は言った。

「もちろん、永遠に有効です!」

細川先生は「よかった……」と言って小さく笑うと、体ごと俺に向けた。

「五里田先生。こんな不完全な私でよければ……末永くよろしくお願いします!」




翌日の保健体育の授業にて。

「――――というわけで、五里田先生とお付き合いすることになりました!」

そう言う先生が抱きしめるように持つあの時の写真立てには、はみ出しながらも2枚の写真が貼ってあった。

ひとつは五里田先生と細川先生のツーショット。

そしてもうひとつは五里田先生によく似た若い男の人と若き日の細川先生の写真だった。

「……いや、どういう展開だよ」

思わずつっこんでしまった。

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恋愛成就で噂の神様に全力バックアップしてもらっても尚難しい恋 プル・メープル @PURUMEPURU

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