Episode04 初対面Ⅳ

 これは確か「空中放電」という現象だった。空気の抵抗は極めて高いため、普通では電流が流れることがない。しかし、電流の電圧が一定に達するとこうなることもある。

 倉庫に置かれていたはずの大型蓄電池と発電機は白い小屋の裏に移されていた。それらが置かれる場所は空中放電のゴールだ。

 寒い季節を耐え忍んだ虫どもは群れをなして、不気味にちかちか輝く電弧へと近づいていく。結果は決まっていた、追い求めていた光に触れてすらいないうちに黒焦げの団塊と化し、一つ一つ落ちていって、光を作った者が決して気づくことのない微かな臭いを放した。

 空中放電は終了した。

 軍装に似た服装で身を包んだ少年は残酷な笑みで大型蓄電池と燃料がたっぷり入れられた発電機から離れていく。

 彼にとって人間の生身が高圧電流を生むことはまるで当たり前すぎて、空気を吸うように言うにも値しない。

「ひははは、こんなことも予測していたのさ。弾丸一枚を避けたくらいで終わると思うなよ。これからが本番さぁあ……俺に反抗できない状態にしてからじっくりと尋問するぞ。——ははっ、やっぱりこれがたっのしいぃぃ!」

 極めて低くした声で唸っていた少年は時間が流れるにつれ、心の奥から湧き上がる興奮を隠せなくなった。

「そろそろかなぁ」

 ポンッと、小さな爆発音。蓄電池の方が追加してきた高電圧を耐えきれなくなったようだ。

 それからしばらく続く静寂の終わりに、耳をつんざく轟音が周囲に響き渡る。

 巨大な衝撃でばらばらに打ち砕かれた蓄電池の破片が発電機と少年が事前に設置した爆薬にめり込む。

 その瞬間、爆薬も燃料も点火され、次々と爆発する。

 鼓膜を引き裂くが瞬く間に森林全体へ伝わり、自然というアリーナの住人に恐怖を伝播する。

 少なくとも三トンあろう小屋は軽々しく投げ飛ばされてひっくり返した。

 先ほど少年が高圧電流で破壊しておいた電気製品もこの爆発によって触発され、敷地一面を火の海にする。

 火明かりを背にゆったりと腰をかがめて投げ捨てていた狙撃銃を肩にかける。そして、ゆったりと向きを変え、火事現場になってしまった目前の景色を満足げに見渡す。

「ははっ! この外部からの爆発から運よく逃れても、電流によって起爆された冷蔵庫やガスポンプのガスを防ぐことはできやしねぇ……やりすぎたのかなぁ、俺。あの三人が死んじゃったら俺も復命できなくて困るな……きひひっ」

 確かに屋内の全員が死んでしまったら少年も報告するときに、上司が下す災難から逃れることができない。なぜなら、少年の任務は組織の裏切り者によって人為的に逃がした実験体の確保であり、その唯一の情報を掴んでいそうな三人を皆殺しにしてしまったら元も子もない。

 それでもこうやって、普通に考えれば小屋中の人間が生還不可能な状況を作らせたのにもまたわけがある。

「これであの化け物だけでもくたばってくれりゃ一番いい展開なんだよな。まあ、そうもなるか。何せ、あれのくだらないほど強い同情心はあの二人を見殺しにさせないからな……」

 ぎこちなく自分の四肢を折り曲げる人影から二点炎の光が漏れる。

「スレンダーマンだ? 吸血鬼だ? そんなもん見たこともないし、ここに本当にあるかどうかも関係ない。どうでもいい。ただ……」

 都市伝説の中心とされるこの森についての文章を、少年も興味本位に何篇かを読んだことはある。どれも空想っぽくて、談笑の資本ほどではない。

 振り向く際に瞳から反射する色彩が忌々しく変化する。

狼男この犬め。こうなったのはお前が悪いんだよ。俺を、俺たちを裏切ったから……」

 くだらない思惑を切り捨て、死力を尽くした人狼とただの人間二人をどのように拷問するかが頭をよぎる。

「さあてっと、早く沈んでくれないかなぁ。この火災もそろそろうざったいんだよ」

「ったく——」

 わざとらしく声を張り上げたように聞こえた。

「キサマだって超能力者だろうが、ちっとは都市伝説を信じなよォ。俺の友人がかわいそうだろうがッ」

 少年の身動きは一瞬だけ破損したビデオのように固まった。彼は不可思議な声を聞こえた。さっき、インカム越しで聞こえていた声が生で聞くのが彼にとって不可思議だった。

「お前、幽霊か?」

 音源に顔を向けてから、ビリっと少年の腕に静電気くらいの微小な電流が流れた。

 彼は恐れているのか? もしくは、単純に来客を始末するつもりか?

「そうなりたいところだな。そうすれば生身のままでも電柵を通過できる。だけど、俺にはまだまだやらなきゃいけねェことがあんだよォ」

「面白いねお前、お仲間は? まさか、見捨てたりしてないよな」

「フッ」と嗤笑した。

「キサマの自己アピールはもういいから。聞いてあきれるわ」

「なにを言ってるのさ。どうせあの化け物に庇ってもらって、それなのに一人で逃げてき——」

「——だから……」

 ニヤリと口の端を歪めて、異様な光を放つ目で軍装少年を詰めていく。

「……そんな考えしかねェキサマこそが仲間を売る最っっ高のお手本じゃねェか? ああ?」

 少年の手には再び電流が流れる。しかし、今回はちょっと遠慮なしだった。青白い電流は指の間に理由もなく現れ、手全体がまるで導体になったかのように電弧を作り、火花を散らす。

 ついに身体も悠慧に向けた。

「ほォ? やるつもりかァ? 対物ライフルくらいで」

「面白いこと、言うじゃないか」

「はん? 喧嘩を買うのはこっちなんだが」

「お前も言っただろ?やりなきゃいけねぇことがあるってさ……俺にでもやりなきゃいけねぇことがあるんだ——」

 こんな雰囲気でそんなことを言われると悠慧は大体少年が次に言うセリフ思いつく。脇役兼悪役のセリフはいつもそうだ。

 だからこそこう言った……

「——俺らに跪いて謝る……」

「——それはお前らを生け捕りにすることさ」

 素早く銃把を握り、少年は悠慧めがけて撃とうとする寸前に悠慧は前へ踏み込んだ。

「ハハッ! もっと紳士な人だと思っていたがよォ、俺の目が腐ったようだなッ!」

 声を限界まで高くしたせいで、喉から出てきた笑い声はかなり掠れていて、一層その狂気を際立たせる。

 悠慧は身体的能力に自信はあまりないが、動体視力は非常に優秀だ。それでも、対物ライフルが打ち出す弾丸はさすがに見えない。まして、こんな距離では時間差などの存在が許されていない。

 計れない時間の中に、電光を纏う鋼の弾は少年たちが挟む闇を貫き、まっすぐに悠慧の体躯を粉砕する——その前に、仄かな青い蛍光に受け止められ、真二つに割かれた。

「ぐぅ……っ!」

 束の間、今まで少年の余裕は嘘みたいに消えていった。だが、人間から外れた怪物を見るような目線は悠慧を接触してからまた冷静に戻った。

 直感だけを頼りに、悠慧は発砲時間、弾速、軌道、弾丸の性質をすべて、弾が銃身から飛び出る前に掌握し、刃に当てさせるように振り上げたのだ。

「弾丸に細工するとか、俺を重く見すぎじゃねか?」

 距離を急速に詰めてくる刀使いに対して、狙撃銃の少年はできるだけ身体を動かして避けるしかなかった。樹々に囲まれる空間に悠慧も幹に切り込まないように用心深く刀を振るう。

 さらに両手を固め、側頭部を抉り取ろうとする弾丸を数秒前のように受け流す。それによって起こされた恐ろしい衝撃波の音はワイヤレスイヤホンの遮音機能が防いでくれる。

 いくら刀の強度が高く、鋭いとしても正面から対物ライフルの威力と何度も抗うのは愚行である。

 近距離戦に持ち込まれた狙撃手に満足に刀を使えない剣士、ある意味ではバランスを取れている。

 だが、それも今に限ることだ。

 少しでも悠慧の身動きを抑えるように引き金を何度も絞る。

「ここまで俺と戦ってきて、まだ気づかないのもなんか申し開きが立たないな」

 撃ち切った弾倉を無造作に草むらに落として、また新しい弾倉を装着しようとしながら少年は言った。

「なんのことかなァ? アア! あれか。弾丸に電気を付加して、例え当たらなくとも掠れなショック死するってヤツかァ——」

 弾倉交換直前の瞬間、悠慧の直感は危険を一切感じなくなった。

 これが隙だと思い、後先考えずに少年の顔に向けて刀でぶっ刺そうとすると、相手は狙撃銃を盾にした。

 切っ先がちょうどスコープのチューブに突き当たり、そのまま力を入れると刃が火花を散らしながら銃身とスコープの間に滑り込んだ。

 もう一歩踏み込んで悠慧はすぐさま左手を突き出し、窮地に追い込まれた少年の首をしがみつこうした。

 ニッと少年の顔に険悪な笑みが浮かべた。同時に、悠慧に手のひらから足の踵までビリっと痛みが奔った。

 こいつ電気を!

「くッ!」

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クロス・ファントムワールド 壊晴、K @KIRIYAMAREIYA

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