竜の住まいが懐かしいって思っちゃうあたり、わたしもこの生活に慣れたってことだよね

 リーゼロッテ・ベルヘウムの汚名もきちんと返上できて。

 わたしとはいえば再び谷間の黄金竜の元へと帰ってきていた。

 出迎えてくれたティティはおいおいとむせび泣き、森の精霊たちもわたしのことを暖かく歓迎してくれた。


「もう、もうっ。ほんっとうにわたしは自分が不甲斐なくてぇぇ! わたしだってリジー様のことが大好きなのに。わたし人間の世界ではなんのお役にも立てないんですぅぅ。そこの自称王子のほうが役に立つって酷い話ですぅぅ」


 と、彼女は正真正銘王子様のレイルを指さしてわたしの胸に飛びこんだ。


「いや、俺は最初から最後まで王子様だぞ。しかも美味しいところは全部レイアとミゼルに持っていかれたし」

「ちっともそう見えないですぅぅぅ」


 おーいおいと泣きながらしっかりと言うことだけは言うティティ。


「でもわたくしたち人間の世界の機微にはうといから、まっさきにレイルを頼ったのよ」

「さすがはゼートランド王国の王子だね。人間社会への根回しの素早さは驚嘆に値する。素晴らしいよ」

「そりゃあ、俺だってリジーのことが心配だったから」

「みんな、わたしのためにありがとう。本当に、嬉しい」


「いいのよ。本当はあの時魔法を使えばよかったのだけれど。ごめんなさいね。結果あなたを置き去りにしてしまったわ」

「ううん。あのときは非常事態だったから」


 レイアはわたしを抱きしめた。

 優しさが流れ込んでくるようでわたしは目を閉じた。こうして心配してくれる人がいるっていいなあ。


「お母様ずるーいっ! わたしもリジーとぎゅぅぅってするぅ」

「僕も僕も」

 双子がわたしとレイアの抱擁を取り囲んで、それからぎゅっと抱き着いてきた。


「あ。ずるいぞフェイル。俺もリジーをぎゅうぅってしたいんだからな!」


「じゃあみんなでしようよ」


 なぜだかフェイルが提案。レイルも大人げないよ。

 って、そうこうしているうちにわたしはレイアとファーナとフェイルとレイルから抱きしめられる。


「あー、わたしもぎゅぅってしますぅぅ~」

 と、ティティも参戦。


「ちょ、く、苦しいって」


 わたしはおしくらまんじゅうの中心にいる感じになって若干呼吸が……。

 ゼーハーしてしまう。


「わわっ。み、みなさん。リジー様が苦しがってますって」

 天井からドルムントの声が聞こえてきた。

 ナ、ナイス。ドルムント。


 彼の声にレイアたちが我に返ってわたしを解放。

 ドルムントがわたしのために新鮮な空気を送ってくれる。さすが風の精霊。

 ありがとう、ってああそうだった。彼にもお礼を言わなくちゃね。わたしは上を向く。


「そういえば、王宮ではありがとう。あなたがフローレンスの風の精霊を追い詰めてくれたんでしょう?」

「い、いえわたしは特に何も」

 ドルムントは頭に手をやり謙遜。


「あら、いいじゃない。ドルムントはこう見えても高位の精霊なのよ」

「泣き虫だけどすごいのー」

「見えないけどねー」


 レイアの口添えに双子が水を差し、ついでにティティも「気弱なくせに位だけは高いんですですぅ」と言った。


「さあリジー。今晩くらいはここでゆっくりしてもいいけど。明日にはゼートランドの王宮に行こうな」

 わたしは人の肩に手を置いたレイルのそれをしっかりと払いのけた。

「何言っているのよ。わたし、一言もあなたと結婚するなんて言っていないわよ」

「ですですぅ」

 わたしの反論にティティがすぐに追随する。


「いや、あのとき否定しなかっただろ。あれはわたしもって意味じゃないのか?」

「あのときはびっくりしたの! 大体ねえ、いきなり結婚とか飛躍しすぎよ! わたしたちまだ単なるオトモダチじゃない」

「いや、あの花火の夜にいい雰囲気になっただろ」

「なってない! 断じてなってない」


 あ、あのときはちょっとまあ。雰囲気にほだされたというか。

 えっと、その。そういうときってあるじゃない。


 その場の勢いというか。

 わたしの顔に急に熱が集まってくる。うわ。ちょっと焦る。どうして顔が熱くなるの。


「ほら、顔が赤くなってる」

 レイルが面白そうに指摘をしてくる。


「ちょっと! からかわないで」

「いや、からかってない。大まじめだ。ちゃんとリジーの両親にも挨拶に行こう。それで盛大な結婚式を挙げよう」

「あのね……」


 色々と面倒なことになるに決まっている。わたしは、もう権力とかどうでもいいのに。


「根回しと交渉なら俺の得意とするところだから心配するな」

「だからね……」

「なんてったって、双子から守護されている竜の乙女だしな。大丈夫。リジーは可愛いし、いい子だから俺の両親も気に入る」

「いや、だからね」

「不名誉な噂は今日のあれで払しょくされただろう」

「ちょっと、待ってって」


「結婚式は来年の春ごろか。それまでは俺のうちでゆっくりしていればいいよ」

「ええええ~、駄目だよぉ。リジーはずぅっとうちにいるの!」

「そうよ。わたしリジーと一緒にまたお菓子作りたいもん」


 双子がレイルの服を引っ張り始める。

 彼の計画に大いに申し立てしたいらしい。よし、頑張れ。

 でもわたし的には来年の春にはここからも出て行って、いよいよ自立する予定だけどね。


「よし。だったら、たまにうちに遊びにおいで。庭広いし、多少暴れても大丈夫だ」

「本当?」

 二人の顔がぱあっと輝きだす。


「ねえ、お母様、ゼートランドに遊びに行ってもいい?」

 ファーナがレイアに尋ねる。

「そうねえ。あまり迷惑をかけないのよ? 最初はわたくしもご挨拶に行こうかしら」

「そうだね。私たちの大事なリジーを預けるのだから挨拶は必要だね」

 レイアの言葉にミゼルもがぜん乗り気な様子で。


「私たちがついているから大船に乗ったつもりでお嫁に行くといいよ、リジー」

「よかったわね。仲直り出来て」

「うわ。ちょっとレイアったら」

 わたしは慌てた。


「なんだ、リジーも俺とちゃんと話し合いたかったんだな」

「そ、それは。だって……あのときはついカッとなっちゃったわけだし。……その、ありがとう。助けに来てくれて」


 今しかないと思ってわたしは素直に感謝を告げた。

 彼はわたしの手を取り、そっと口元へ。

 うわ。そういう気障なことをさらっとしないでほしい。


「これからも末永くよろしく。リーゼロッテ」

「だ・か・ら! それとこれとは話がちがーうっ!」


 わたしの大きな声が谷間の黄金竜の住まいに響いた。




 その後。

 わたしへの好意を隠さなくなったレイルは各所に根回しをし。また、本格的な冬を山奥で過ごすのはリジーも大変だろうという説得に負け、わたしは一時的にゼートランド王宮に滞在をすることになった。

 ほんっとう、あくまで一時的だから。って念押しをいろんな人にするたびに、素直になれなんて言われたけれど。わたし、いつでも素直だからね。



 ちなみにフローレンス・アイリーンとヴァイオレンツの婚約が一度白紙に戻ったという噂がゼートランドの王宮にも聞こえてきたのもまた別の話。

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