断罪イベントは優雅にど派手に3

「リジーは悪役なんとか、ではないわ。あなたのことはちゃんと知っているわ」


 レイアが初めてフローレンスに話しかけた。


 それから虚空に向かって頷いた。

 わたしは、なんとなくそこにドルムントがいるように感じた。

 風が生まれる。


 フローレンスの頭上に風が吹く。小さなつむじ風が彼女の頭上に渦巻いて、それは半透明の人型になる。性別不肖の、中世的な面立ちの精霊が姿を見せた。フローレンスの契約精霊だ。


 レイアとミゼルが再び竜の言葉を紡ぎ出す。

 今度は先ほどよりも小さな水の薄膜が作られた。

 そこに、フローレンスの風の精霊が取り込まれる。


 抵抗もむなしく水の中に取り込まれ、やがて映像が現れる。きっと、あの風の精霊の記憶なのだろう。


―まったくリーゼロッテのくせにちっとも役に立たないんだから―

―どうしてシナリオ通りに動いてくれないの? このままじゃわたし、ヴァイオレンツ様とお近づきになれないじゃない―

―ああもう。毎回リーゼロッテのせいにするのも大変だわ。小細工って色々と面倒なのよね―


 いくつもの記憶が水に描かれていく。

 フローレンスが部屋の中で愚痴を言うところ。

 一人学園の庭で細工をしているところ。

 他の人間に、リーゼロッテに意地悪をされたと言いふらしているところ。

 自作自演の怪我。そのほか色々。


「やめて!」


 フローレンスが叫んだ。

 そこにさっきまでの自信はない。完全に取り乱している。


「あら、どうしてそんなにも焦っているの? さきほどみたいに、否定をすればいいじゃない」


 レイアの声音がぐんと優しくなる。

 幼子に言い聞かせているような口調にフローレンスが「あなた人の精霊に何をするのよ!」と叫んだ。


「真実を見せただけ。あなたの風は全てを知っているわ」

 よく愛想をつかされなかったわね、とレイアがにっこりと微笑んだ。

「さあ、よおくわかったかしら。リジーはなにも悪くはないわ。すべてはそこにいるフローレンスの自作自演だったんだもの。リジーはわたくしが引き取るわね」


「これが、真実……? まさか……」


 ヴァイオレンツは大いに混乱をしていた。

 それは周囲の人間たちも同じで、ざわめきが大きくなる。

 突然に現れた黄金竜が、彼らの魔法の力で清純潔癖な少女の過去を暴いたのだ。


 にわかには信じられないのも無理はない。ぶりっ子フローレンスの外面は完璧だったから。


「許さないっ! あんな、ただの悪役令嬢が黄金竜に庇われるなんて! あなただって。ゼートランドの王子様のあなたもそこの悪女に騙されているのよ!」


 フローレンスは矛先をレイルに変えた。

 彼女はもはやなりふり構わずにレイルに掴みかかる。

 レイルの従者がそれを阻止しようとするが、当の本人が従者に「構わない」と告げた。


「俺は騙されていないよ。リジーは優しくて、面倒見が良くて、たまに年上みたいに思うこともある、素敵な人だ」


 うわ。なんだか聞いているこっちのほうが恥ずかしくなる。

 でもさらっと失礼なことも言ってくれたよね。


 悪かったわね、年よりじみた台詞吐いてて。


「俺が今日ここに来たのもリジーのため。彼女にちゃんと謝りたくて」

「はあ?」


 フローレンスが訳が分からないとばかりに声を出す。

 レイルがわたしと向かい合う。


「言い訳になるけど、きみの素性を調べてきたのは、俺の従者のルーベルトで。けど、俺も好奇心に負けて聞いてしまった。ごめん。勝手に調べて」

「いえ、アウレイル様は悪くありません。私が従者として勝手にしたことです」


 レイルの謝罪に、近くに佇んでいた若い青年が口を挟む。

 茶色の髪に、年はたぶんレイルと同じか一つ二つ上くらい。彼がルーベルトなんだろうなとわたしは思った。


「とにかく、だ。俺はリジーとちゃんと向き合いたいし、ここに来たのは宣言をするためだ。リジーがシュタインハルツで居場所がないのなら、俺がつくってやる。俺の嫁に来い、リジー」

「ちょっ……、ええぇぇぇぇっ!」


 今度はわたしが盛大に声を出す番。

 い、いや。何言っちゃってんの、この人。


「お、王子様が何を言っているのよ?」

「何って、結婚の申し込み」


 言った本人がめっちゃけろりとしていて、わたしは無性に腹が立った。


「とりあえず牽制も込めて今この場で。いいところは全部竜の夫妻に持って行かれたけど」

「あなた、勝手にお嫁さん決められる立場じゃないのよ?」

「だから両親には言ってきた。ちょっと、嫁取りにシュタインハルツまで行ってくるって」

「は、はあ……」


 なにそれ。ちょっと隣まで醤油借りてきます的な軽いノリは。


「ちょっと待ちなさいよ! リーゼロッテがゼートランドの王子様のお妃? そんなのおかしいじゃない」


 まだいたのか。

 フローレンスが大声を出した。


「彼女はもうアウレイル様の婚約者だ。貴殿もヴァイオレンツ王太子の婚約者なら、場に相応しい態度を示したらどうだ?」


 ルーベルトの厳しい口調にフローレンスは「そんなの認めないっ! この世界の主役はわたしなのよっ! わたしの引き立て役風情が幸せになるなんて、絶対に認めない」と逆に彼に詰め寄った。


 取り乱したフローレンスにルーベルトはどう接していいのか、一瞬迷う。

 その隙を見逃さずにフローレンスがわたしの腕を掴んでレイルから引き離す。

 強い力にわたしは思わず「痛い。痛いから」と漏らした。


「さあヴァイオレンツ様! すべてはこの女の茶番です。今すぐに白亜の塔へ送ってください。わたし、でないとゆっくり夜も眠れないわ!」

「待て。リジーは連れて行かせはしない。彼女は俺の妻になる女性というだけではない」


 連れて行かせまいと、レイルがわたしを取り戻そうとする。


 ああもう、人の体をみんな勝手に!

 フローレンスはわたしの腕を離してくれないし、レイルはわたしを抱え込もうとするし。

 三人団子になって何が何やら。

 ていうか、わたしが一番痛いからね?


「ほら! 双子たち、あのセリフを言ってやるんだ」

 え、まだなにかあるの?


「はいはーい!」

「レイルったら遅いんだから」


 待ってましたとばかりにちびっ子黄金竜がミゼルの背中からぴょこっと顔をのぞかせた。

 二人はわたしたちの近くまで飛んできて、それからちょこんと座った。


「わたし、リジーのことが大好きなの。だからね、決めたの。わたし、リジーを守護する! リジーはわたしの、竜の乙女なの」

「ファーナ、そこは僕たちの、って決めただろ」

「あ、そうだった」

「リジーは僕たちの双子が守護する、竜の乙女なんだ」


 突然闖入したちびっこ竜の言葉に、今度こそフローレンスが黙り込み、ついでにヴァイオレンツ達も口を半開きにして固まった。


 驚き拍子にフローレンスがわたしをつかむ手から力が抜ける。

 

 それはわたしも同じで。


「あ、あなた達、竜の乙女って言葉の意味わかっている?」


 一拍したのち、ようやくそれだけ言った。

 双子はけろりとしたもので。


「うん。レイルが教えてくれた。竜に愛される存在だって」


「竜のお友達だって。レイルは竜の知己いうのになりたくて山の中を彷徨っていたんだけど、お父様もお母様も僕たちの世話が忙しくって断ったんだよね」

 ファーナが頷くと、フェイルも続けた。ついでにレイルの過去まで暴露する。

「それは語りすぎだ!」


 あ、そうだったの。

 なるほど、そういう理由で谷間の黄金竜夫妻の住まいに出入りしていたわけね。


 いつの間にかフローレンスからわたしのことを取り戻したレイルは、ちゃっかりわたしを背後から抱きしめようとするからわたしはぺちりと彼の手をはたく。


「……俺だって冒険心旺盛な若者なんだよ」

「……別になにも言っていないけど」

「いや、なんか伝わってきた」


 竜に愛され、守護されるのが女性なら竜の乙女、男性なら竜の知己とこの世界では呼ばれる。竜の知己になるって、確かに見習い魔法使いの男の子が夢見そうなことだわ。

 竜の乙女になった少女のお話や、大昔竜の力を得て国を守った英雄王のお話で子供たちは育つから。


「み、認めないわ。どうしてわたしじゃなくてあなたが黄金竜からお友達宣言されているのよ!」

「いや、でも。わたしも初耳だから」


 フローレンスの異議申し立てにわたしは大真面目に答えた。

 なんだか最後の最後で設定を山ほど盛られた感がある。


「ちょっと! どうして突っ立っているの! 早くリーゼロッテを捕まえなさいっ。わたしは王太子の婚約者よ。その婚約者がここまでコケにされて、どうして誰も何もしないのよ!」


 フローレンスの声が庭園に響く。

 よろっと力の抜けたフローレンスは、それでもなんとか踏ん張ってヴァイオレンツの元へ歩み寄る。彼に抱き着き、「ヴァイオレンツ様ぁ。お願いです。あの女を捕まえてください。こんなの、こんなのって許せないです。わたしのほうがこの世界のヒロインなのに」と泣きついた。


「あれが好きとか、シュタインハルツの王太子の女性の趣味は大丈夫か?」


 そんなことをレイルがわたしの耳元でこっそり囁くから、わたしは「さ、さあ……?」とレイルに答えた。近い距離だからってぶっちゃけすぎだよ。


 抱き着かれたヴァイオレンツは、少しして。


「……フローラ。きみは一体……誰だ?」


 と、そう呟いた声が聞こえてきた。


 それから彼はフローレンスから一歩離れた。

 茶番は終わった。ヴァイオレンツは、最後の最後で、フローレンスから目をそらした。


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