そうだ温泉へ行こう
ファーナの髪の毛を梳いてあげた日以降、ファーナの様子に少しだけ変化が見られた。
どうやら少しだけおしゃれに目覚めたらしい。
「今日はね、お母様に鱗のお手入れを教えてもらったの」
わたしの膝の上にちょこんと乗って、膝をぷらぷら揺らしながら一日の報告をしてくるファーナ。
わたしは彼女の髪の毛をゆっくり丁寧に梳いてあげている。
「鱗のお手入れってどうやるの?」
「うーん。ぴかぴかに磨くの」
魔法も使うんだよ、ってファーナが腕を広げて教えてくれる。
「リジーは鱗のお手入れの代わりに、お風呂に入るんだよね?」
「そうね。人間は湯あみをするわね」
中でもわたしは特にお風呂が大好き。それを知ったティティはあれやこれとずいぶんと丁寧に支度を整えてくれるから感謝しきりなのよね。
「お風呂、楽しい?」
「ええ」
「わたしも一緒に入る?」
「お風呂は一人で入るものよ」
「そうなの……」
ファーナの声が弱くなる。
わたしが朝起きて夜寝る前にどんなことをしているのかしっかりと把握をしているファーナたちは、当然のことながら全部のことに対して興味を示している。
一度はお風呂の時間に突撃されたくらいだし。
人間の生活に興味津々なファーナとしてはどうやら一緒にお風呂というものを体験してみたいらしい。
けれど、わたし的にはお風呂くらいはゆっくりと入りたい。
用意されている湯舟はわたしが足を延ばしてもまだ余裕があるくらいにゆったりしたつくりなんだけどね。温泉くらいに大きな湯舟ならまあいいかな、とも思うけれど。
「あ。でもお母様がね、鱗のお手入れには温泉も効果あるのよって言っていたの」
「温泉?」
「うん。しっとりするんだって」
「へえ。温泉もあるんだ。この世界」
わたしは感心してつぶやいた。
「あ。フェイルだ」
ファーナの声にわたしが顔を上げると、部屋の扉が少しだけ開いていて、フェイルが顔をのぞかせていた。
「こっちいらっしゃい」
わたしが声を掛けると、フェイルがおずおずと足を踏み入れる。
この間は突撃してきたのに、あのあとレイアにこっぴどく怒られたらしい。
曰く、寝支度をした女の子の部屋に入ってはいけませんって。
わたしがわりと遠慮なしに子供たちに口やかましく説教するせいか、レイアもだいぶ肩の力が抜けてきたらしい。最近はお母さんらしく注意する姿が板についてきた。
「いいの?」
「ちゃんと部屋の主に断りを入れて、許可を取ったらいいのよ」
フェイルがわたしの前までやってくる。
フェイルがじぃっと髪を梳いてもらってるファーナを見つめる。
「フェイルもする?」
「んー。お父様が人間の男の子はこういうことはあまりしてもらわないんだぞって」
「人にもよるし、あなたくらいの年齢の子供ならまだ甘えてもいい年頃よ」
はい、交代とわたしはファーナに終わりを告げた。
ファーナは大人しく場所を代わる。
「フェイルだって鱗のお手入れ、レイアにしてもらうんでしょう?」
「うん!」
フェイルが嬉しそうに頷いた。
「えへへ。リジーはお母様みたい」
「それって褒め言葉なのかしら」
一応わたし、まだ十七歳なんだけど。
最近所帯じみてきたな、とは思うよ。いや、マジに。
「褒めてるー」
「てるー」
双子が合唱する。
「じゃあ僕と一緒にお風呂入る?」
「あんたたちってばどうして揃いもそろって……」
さすがは双子。思考回路がそっくりで恐ろしい。
とにかく、お風呂は駄目よ、とわたしは念を押しておいた。
◇◆◇
「リジー、今日は温泉に行きましょう!」
朝起きたわたしがいつものようにティティ給仕のもと朝食を取っていると、ウキウキ顔のレイアが食堂へと入ってきた。
わたしは口の中に入れていたパンを牛乳と一緒に流し込む。
「温泉?」
レイアがわたしの目の前に腰かける。
「リジー、お母様が温泉に行こうって!」
「行こうって!」
続けてフェイルとファーナが駆け込んできた。
二人はわたしの両隣に陣取ってわたしの腕をぐいぐいと引っ張る。
お願い。朝食くらいはゆっくり食べさせて。
「ってあんたたちの入れ知恵ね」
「ええ~違うよう」
「違うもん」
双子は息の揃った返しをする。
「子供たちも最近いい子になってきたし、たまには他の黄金竜とも交流したほうがいいかなって思って。わたくしも温泉で鱗のお手入れしたいし」
レイアがにっこり微笑む。
「あ、これ美味しそう」
フェイルがひょいとレーズン入りのパンを掴む。
「あ。こら。リジーの食べ物を奪わないの」
め、っとレイアが睨むとフェイルは素直にパンをかごの中に戻した。
「はあい」
「まずはリジーに許可を取らなくては駄目よ」
お、ちゃんとお母さんしてる。
「リジー僕もひとつ食べてもいい?」
フェイルが素直に従う。
「いいけど、ファーナと半分こよ」
双子がパンを食べている隙にわたしは中断していた朝食を再開する。
あらかた胃の中に収めるとレイアが「竜のね、領域に有名な温泉があるのよ。卵を産む前はよく通っていたの。美容にいいのよ。人間の女の子もこういうの好きでしょう」と説明を始めた。
どうやら竜たちも温泉が好きらしい。しかも効能が美容とは。竜とて女子の思考は人間と変わらないらしい。
意外でびっくりした。
「そんなものがあるのね」
「ええ。火山口のちかくでね、千度くらいの泥がぶっくぶっく泡立っててね」
「それ、人間が入ると死ぬやつだよね」
竜なら千度も適温ですか。マジか。すごいな、黄金竜。
「あら、わたくしたちだってさすがに千度の泥浴びたら大変よ。やけどしちゃうわ」
やけどで済むあたり人間よりも強いですよ。
「まあ冗談はさておき、わたくしたちが行く温泉は、たしかに泥泉だけれど火山口近くではないわよ。温度はちゃんと適温。鱗がしっとり潤うの」
どうかしら、と彼女は続けた。
たしかに前世が日本人なわたしはお風呂は大好きですとも。温泉って聞くと心が浮き立つのは果たしてどちらの血によるものか。今は一応シュタインハルツ人なんですけどね。
「興味あるけれど、そこって人間が立ち入っても大丈夫なの?」
わたしは一応聞いておく。
竜の領域に人間がいても大丈夫なの、って。
「あら、一人くらい大丈夫よ」
レイアはわたしの懸念もなんのその。
やたらと麗しい笑顔を返してくる。
「絶対に楽しいわよ。子供たちもリジーが一緒の方が言うこと聞くと思うし」
というわけで特に反対する理由も無いので(決して温泉に釣られたわけでもないよ)わたしはレイアの申し出に乗ることにした。
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