第15話 かよに合気術を教える

紀文は元々明るい性格だったけれど、最近はつとめて明るくしている、逸れは目には見えない運を意識しだしたからである。

不運な人の元には貧乏神しか寄り付かないからだ、人の集まるところに金も(福の神)も寄って来ると信じているからである。それは迷信かも知れないけれど福の神は陰気な人は苦手で有り、取りつきにくくどうも近寄り難いのかも知れませんねぇ。

 弥生(やよい)三月二十六日玉津島神社の巫女かよを誘い、桜を見に紀三井寺に行く花の紀三井寺はもう満開で花絨毯みたいだった。

山頂のお堂に登る石畳の中ほどで、かよの下駄の鼻緒が切れたので、仕方なく背中におぶって登る。

寺のからの景色は見事で美しく一面ピンクの絨毯みたいだ。

「よう兄さん見せつけてくれるやないか、儂もひとつ混ぜてくれるか?」

「うーん邪魔するな、早々にあっちへ行きなよ!」

「何だとこのやろう、なめくさって痛い目に会わしたろか!」

 与太者が絡んできた、仕方なくかよを降ろすとその場で、相手を先ずは中国拳法(太極拳)の熊手でアゴに一発軽く打つ。

「アッタア!」

後は合気でひねり上げ投げ飛ばす、それが効いたのか相手は、悲鳴あげ慌てて逃げて行った。

「ふん、口ほどにも無い奴だな!」

 再びおぶって階段降りる、重く感じない久しぶりに、楽しく満ち足りた一日だった。

(文左衛門は思う、かよはよく暴漢に襲われるなあ今までは自分が居るときだから、何とかなったけれど不安だな……)

「かよさん今日から毎朝、合気技の護身術を教える!」

「女の私に武術を! あたしのきゃしゃな身体でも大丈夫かしら?」

「合気技は力で無く気だから、女の子でも出来ると思うよ!」

「ふうんだったら、少し私もやってみようかしら」

逸れから文左衛門は、毎朝柔らの特訓をかよを相手にする、合気術は文左衛門も正式に習ったことはない、だから初めは関口流の基本から教える。

「そろそろ合気技もやってみようか、合気は義経流でもあるんだ」

「エッあの有名な源義経ですか、それなら是非にも習いたいですわ!」

「今は大東流合気術と言いますがね、剣術を除く柔らが主体です」

今までの経験で出た技を工夫して、教えるが合気とは本当は技ではなく、気であるけどそれを言っても今は無理だと思う、接して身体で覚えるしかないのです。

文左衛門は必死で、手取り足とり教え女といっても甘やかさず、きびしく接したがかよは好いた男に構って貰えるのが、嬉しいのか笑顔で楽しく練習に励んでいる。

「合気というのは、相手の力を抜き抵抗を無にしてやる技だ、合気の呼吸というのは自分で体得しない限り、口で言っても本当は伝授出来るものでは無いのだ」

「はい分かりました何とか感覚で、私なりにそのコツを掴みたいと思います、ものになるまで宜しくお願いしますわねぇ!」

かよは神社の巫女で神楽舞をたしなんでいるので、合気の動きと通じるものがあるのか、覚えも早く直にさまになってきた。

「あの文左衛門さん、合気とは何ですの?」

「一言で言えば気合いかな、敵に対する時精神力によって敵を圧倒し、無意識のうち屈服せしめる力です人には第六感が有り、逸れを気合いにより自らの力を引き出すのです」

「その能力は男や女に、関係有りますの?」

「逸れは無いと思います、第六感は全ての人にありましたが退化しているかも知れない」

十年修業しても会得出来るとは限らないのである、というより特殊な能力を持つ者の近くに居るとその能力は移る事があるみたいですね、取得者に手ほどき受けてる途中逸れは突然に身につく事がある。しかし超能力無いものが精神力と言って人を惑わすのは、間違いですね合気知らぬ者が大男に立ち向かうようなものですドン・キホーテですよねぇ。

とても不思議な事ですが文左衛門が舌を巻くほど見る間に上達していきました、が中国拳法の太極拳で習った急所の、経絡秘孔は伏せて全く教えませんでした。

何度もいうが合気とはいわば呼吸法で相手の力を奪って無力化する方法です。それに控えて太極神拳は己が内なるエネルギーを一挙に爆発させる方法であるともいえます。

戦争中で無い平和な世の中では如何なる悪でも、人が死ねば裁かれる側となりえますので、あくまで身を守る護身術を教えました。

強い故に一子相伝の拳法、太極拳に一抹の不安を感じました。相伝者も事故で亡くなれば伝えるすべがなく優れた技も消える。

この時紀文に太極拳の相伝者たる自覚が無かったのと、余りに危険な武術だと判断し封印した為に日本や中国に於ける、太極神拳は惜しいことに相伝されなかったのである。

(あの太極拳相伝者、チャイナ娘は今どうしてるかと、ふと思った)

 桜を観てその花も散る、卯月(うづき)四月を過ぎると。

 それからすぐに、和歌祭りがある。せがまれて行くことにした。

 皐月(さつき)五月の第二、日曜日(ドドドンドン)と太鼓が鳴り響く和歌祭りである。神君家康公を祀る、和歌浦東照宮で年一回祭りは開かれます。

 玉津島神社の巫女かよと、文左は和歌祭りを見に来ました。

 (神輿)は三台、神殿「本殿」から百八段の石段を降りると、片男波御旅所まで、神輿と徒千人ほどが外人含めて五キロを練り歩く。

現在では時代祭り的な感あるが、この頃は何ら見慣れた服装であるのですが、真新しい皆いっちょらの服装で着飾っていました。

先頭は根来衆が勤める根来同心組である文左衛門も祭りに開かれる一連のもようしである片男波相撲大会を楽しんでいた。

その場にいた人々はらしからぬ文左衛門の細身の体つきを見て、これはすぐに負けるだろうと大方の人々が思っていた。

文左衛門もはじめ適当にしていたが、関口流や合気技が次々と決まりだす、もう無我夢中になりすんなり相撲大会で優勝しました。

「あのう済みません賞品は、何か出るのかな?」

「へい折り詰めの真鯛と、あんころ饅頭が一折出ますよ」

「良かった! 饅頭はかよさんの大好物でしたよねぇ……」

「はい、私の好物ですとても大好きよ!」

 藩主御座所から、その様子をつぶさに観ていた侍がいた。

「おおっあれは、文左衛門ではないか!」

藤林正武が、文左衛門を指差して言った。

「そなたの弟子、紀ノ国屋文左衛門か?」

 お由利の方が見たところ、この前よりかなり若く思えた、藤林は手を振り大声で紀文に合図した。

「これは藤林正武師匠、ご無沙汰しております」

前に来て頭を下げる、紀ノ国屋文左衛門。

「おおっ隣りにおわすは、お由利の方で其方にお声掛けてくださった」

 見ると少し大柄だがその引き締まった身体、仕草は上品だが尋常で無いものを感じとった。

「文左衛門源六だ、久しいのぉ」

 横にいた二歳過ぎの、源六若君が言った前会った時より言葉がしっかりして来た。

「これはご丁寧な挨拶、有り難き事に御座ります」

 深く頭を下げ一礼し、その場をかよと共にさっさと立ち去った。

 戻り御輿が担がれ祭りは、絶好調で花火も打ち上げられた。

二人は仲良く話をしながら、和歌浦にある各自の家へ歩いていたら、酒に酔った若者二人がからんで来たひとりは匕首(あいくち)ををちらつかせている、いつもの様に文左衛門が相手になろうとかよの前に出た。

すると後ろにいたかよに、文左衛門は袖を引っ張られ止められる。

「今日は私に任せてくれる、では緋牡丹のかよ只今参上、皆様方お相手をつかまつる!」

逸れを聞いた男達が、いきり立ってかよに向かって来た。先ず匕首(あいくち)持つ男が右から来る、左からは丸棒持った男が来た。

かよは両手を前に開いて、ぐっと腰を落とし、合気八想の構えで相手に対し身構える。

「ううん生意気な女め、もう手加減はしないぞ取りあえずいてまえ!」

「ええっい、やあぁ!」

かよの高い声がこだまする。 二人して左右から、襲いかかっていったが、あっという間に前後に投げ飛ばされた。

「ううっいててぇ、強い男勝りのなんという女だ!」

見事に合気の四方投げが決まった、けれもそれは相手の暴力に対しての護身術です、如何に正義と言えども、身に来る火の粉は払わねばならないのです。

「ねえまだやるの、お兄さん達?」

腰を打ったのか、二人は半泣き顔だ。

「いえ! お見逸れ致しましたもう結構す」

酒に酔った若者達は、いっぺんに酔いが覚めたのか、足を引きずってその場から逃げて行きました。

「ははん、女だと思って舐めんなよっ、おととい来やがれ!」

「かよさん大丈夫か? 何ともないか怪我ないか?」

「ふう快感だわ、何て言うかとても気持ち良かったわ!」

「うんそれは良かった安心した、見てるほうがハラハラどきどきました!」

其れにしてもかよは強かった、今更ながら合気は凄いと再確認をした文左衛門でした。

 帰り際かよを引き寄せて、ほほにせっぷんしたら、耳元からほほを赤く染め上げ、その場から逃げるように、ささと帰って行った。





























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