第12話 ホウジロ鮫退治

神社の斜向かいに馬が繋いであり、その馬の後に乗せてもらい半刻(十五分)走ると片男波に着く。

「おお、ここだ着いたぞ」

「あれ、ここは馬小屋では!」

「空き家の半分は馬小屋だ、馬は二頭いるが土壁で 仕切ってるから、別に臭く無く男一人なら充分住めるよ」

 茶色と白の馬が二頭、大きな目でこちらを見て嘶いた。

「はい充分でございます私には雨露しのげるだけでも、誠に有り難い事でございます!」

 表はあんがいこざっぱりしていて、思ったよりも綺麗で御座いました。

「代わり茶色の馬は駄馬であるが使っても良いぞ、町から遠い買い物など当然足は必要に成るのでなぁ」

実にへんぴな所なので、文兵衛も多少不安であった。

「少し聞くがところでお主は、馬には乗れるのか乗っても良いとは言ったが?」

「はい北山村で、材木運びに乗ってましたので乗馬には自信は有ります」

「そうかぁでは問題ないな! 儂は此よりやぼ用があるので後は任せたぞ」

「何から何までほんとに感謝いたします、この御恩決して忘れません」

 早速荷物を入れて、部屋を片付けた。(何とか、住めそうだな)安心して、そのままごろんと横になるとすぐに寝た。

 朝起きると早速に馬の世話をする、勿論馬の運動の為近辺を乗馬する、それで家賃は無料になった思ったより案外楽であった。

 部屋を片付け二三日すると、少し落ち着いく近くに住む若者六兵衛も、最近よく遊びに来るようになった同じような年頃らしい。

朝早くから身体鈍らぬように、外で太極神拳の形を練習する知らぬ者観れば体操でもしているように見えるだろう。

ゆっくりと舞いを舞っているような、手の動き脚の運びが変わっている何か曲芸でも観ているようだ、しかしこれが実戦になると途端に素早い動きに変化するのである。

「文兵衛さん! お客さんですようあのう湯浅から来たようです?」

「へえだれかなぁ其れでは取り合えず、部屋に上がってもらって?」

「文兵衛元気でいてますかのう、祖母の峰ですよ!」

「あっおばちゃん、狭いですがどうぞ上座へ上がって下さい」

 少し戸惑った様子だったが、気を取り直し上座に座った。

「で何か御用向きで、御座りましたか?」

 何か云おうとしたが、途中でやめた? この暮らし向きを見てやめたみたいだ。

「いえねえ、熊野屋に聞けばとうに辞めましただろ、そして風の噂をたどって顔見たさに、ついふらふらと来てしまったのさ」

六兵衛が気を利かして、早速にお茶を出してくれた。

「文兵衛さん、あっしはこれでおいとまいたしますぜ!」

 六兵衛は気を利かしたのか、知らぬ間に帰って行った。

「それはそうと文兵衛や、いま紀三井寺は桜の花盛りでとても綺麗らしいの!」

「へい! それは見事なものやそうですね、馬もあるし明日行ってみますかねぇ」

「ああ悪いね来て早々悪いね、なんだかねだったようで……」 

 ちょうど布団が二組あり、それを出して話そこそこに切り上げ、寝ることにした。

 明くる日に、早速に西国観音霊場第二番札所の紀三井寺に行くことにした。紀三井寺は名草山の上に御堂があるので、麓に馬つなぎそれからは、歩いて長い石段を登らねばならない。

これが慣れない人には大変でがくがくと足にくる、堪えるが息も切れてくる、文兵衛にとっては北山村で足腰鍛えたおかげか楽なものであった。

 祖母を背中におぶって、千段以上ある石段を、登って行ったら途中踊場で、玉津島神社の高松河内の一行と出くわした。

「これは高松河内どの、あのう何かお困りでしようか?」

「いやぁ娘の、かよの下駄の鼻緒が切れまして、難儀をしてます!」

「それはお困りでしょう、それ見せてもらえますか私が直しますよ?」

下駄を受け取ると手拭いで手早く鼻緒を付け替え直す、文兵衛は何事も器用にこなすのである。

 かよは、耳たぶを染め下向いたままであった。そして文兵衛は何事もなかったように、祖母をおぶってまた登りはじめた。

 この日から、かよの恋患いがはじまった風邪ひきのような若い娘のかかる病で、恋の病につける薬も飲む薬もありません。

「お父さん、かよのこの病いったい何なんでしようかねぇ?」

「フム考えるがわしにも、さっぱりわからんのだ?」

そんな毎日が、長くつづきました。

 祖母も、何か言いたげでしたが用事があると言い、次の日には湯浅に早々と帰って行きました。

「ごめんください、文兵衛どのは居ますかの?」

「あっこれは高松河内殿、今時分何かご用でしょうか?」

「おう林長五郎どのから、事付かった事があってのう」

「えっあのう師匠からですか、いったい何で御座りましょう」

「お主の父親文旦は、二年前流行り病で三十八歳で死んだそうだ」

文兵衛、驚きの表情浮かべる。

「えっそれは知らなかった、本当ですかお父はまだ若いのに……」

さすが動揺したのか、文兵衛は肩をガツクリと落とす。

「それで長男の山本長兵衛(二十歳)が紀州屋を引き継いで、二代目山本文旦と名乗ってるそうだよ!」

「では別所には戻れませんね、それでは今日より私は、名目に五十嵐文兵衛と名乗りましようかね?」

 (ううん私は何処でも、厄介者なのかな?)

「ではとりあえず、これで伝言は伝えたぞ」

 と言って、その場を立ち去った。

 祖母が口ごもり言わんとしたことが、これでやっとガテンんがいった。

 腹が減ったので鍋を探して茶粥を窯どで炊き、ほした鯨肉を焼いて生姜醤油で食べる、梅干しも入れるなんと旨いのか思った。

 文兵衛は今まで働いて貯めた銭も切れ、当分の生活の目処は鯨の肉だけであったが、生活の為の仕事がない急を要する事態であるので何とかせねばと焦っていた。

 翌朝早くから起きて片男波の浜から和歌浦湊、荒浜と呼ばれる海辺まで歩く、でも気落ちしているのでとぼとぼと下を向きながら。

小舟が数隻留まっていて、何やら多くの人が忙しくしていた。

 この頃の魚市場は和歌山城の西側 荒浜 の西の店、中の店、湊浜にあった浜での売買は珍しく特別だった。

「あの 、あなた方は漁師さんですか商人ですか?」

「おっと、儂ですかのう若い衆」

「あのう魚売りの仕事を、したいのですが出来ますかねえ?」

「兄さん、それはとんぼで難しい事だのう」

「市場での売買は株仲間か、元締めの許可が必要なんだよ」

「あのその元締めの親方さんは、今何処に居ますか?」

「おぅあの今拍子木を、持ってる強面の人がそうだよ」

言われたところに、急いで歩いていく。

「あのうもし親方さん、私にも魚を売らせて貰えませんか?」

突然なので親方は、文兵衛に振り向き顔をじっと見る。

「儂は仲間内では若竹商店の猛蔵と名乗っている。見たところお主は女に好かれそうな顔しているのう、であんた今いくつかな?」

「はい十六歳です、占い師に女難の相有りと云われました」

「この商売は女に嫌われたら売れぬ、逆なら少し高くでも売れる」

「ではどうですか、商いの方は」

「よし気に入った! 儂とこの魚を売るが良い小売りだがのう」

「へ、ご好意有り難く思います」

「ところでおぬし名は、何と言ったかなぁ?」

「へい、私の名前は五十嵐(いがらし)文兵衛と言います」

「そうだな今日は気分が良い、店の屋号は紀文で良かろう!」

「えっ紀文ですか、いい名ですね」

「おい華子、魚の小売したい若者が此処にいる、面倒を見てやれや!」

「はいお父さま、分かりました」

 年の頃は十五歳の、勝ち気そうな気さくな娘が手を挙げる。

「華子さん今後ご指導のほど、ふつつか者で御座いますが以後宜しくお引き立ての程、御願いをします」

「はい私は女ながら、とても厳しいですよ根を上げないでね!」

それから色々教えて貰う、魚の名前や天秤棒の使い方など。そして毒のある魚とか例えば、フグの毒など素人には難しいですよね。

 始めは近場の和歌浦から、高松まで天秤棒を担いで売り歩く。

「魚今日取れたての魚です、美味しいですよ!」

 (さっぱり売れんなぁ、人集めの工夫が要るな声も枯れるし)

 それで考えて、人集めに横笛を吹く事にした。

(♪ピイヒャララ、ピイヒャララ♪)

 すると人々が何かと、ぞろぞろ集まって来出した。

「そこの歩いてる、ベツピンさんどうです」

「あらそうね、だったら少し見せて貰おうかしら」

 すぐに桶は空になった。勿論包丁でさばいて料理し易くした。

 すぐに人気者になっていた。少しばかりの銭と、仕事が出来ると明るい性格と元気が出て来た。

 (もっと儲けるには? そうだ武家に売れば、高く買って呉れる)

 考えて馬の背中後ろに桶を四つ縄で、固定したら上手くいった。

「よっしゃ、明日からこれで遠出だ!」

 (待てよ武家に売るには許可要るな、神主高松河内に相談しよう)

早速玉津島神社に行き神主の高松河内に相談したら、それはもう心良く引き受けてくれた。

 で一日待つと、返事をもらえた。

「どうでした? 高松河内どの」

「藤林正武どのに聞くと、家老の三浦為隆どのにお頼み申して、入城許可貰ったとの事である」

「藤林どのは、林長五郎先生ですよね?」

「そうだ、良く御礼を言いなさいよ、これはお城に入る許可証だ」

と言って真新しい小さな木札を、文兵衛に手渡しました。

「はい、お手数おかけしました」

 紀州藩の重臣屋敷地は、お城の三の丸にあった。城の南東の広瀬御門より出入りする為、許可が必要だったのである。

 秋も深まり玉津島神社周りの木々も、色付いて鮮やかだった。

 辰の上刻(午前八時)、馬から降りると天秤棒と桶を担ぎ歩く。

「ええっ取れたての魚は要らんかねぇ、鯛に太刀魚も新しいよ」

城下の加納平次右衛門屋敷に着いた。もう一度大声張り上げた。

 すると屋敷内から女御衆が出て来て手招きをする。そのまま台所に入り、注文を取って魚を捌く。

「あら若い魚屋さん、まあ新顔やねえ?」

「へい、藤林正武殿の紹介です」

 一歳ぐらいの男の子を抱いている子供はじっと文兵衛を見て、ニコニコ笑ってる。

「おう、可愛いお子様ですね」

「ホホホッ、私の子では有りませんのよ」

「そうですか? とてもあなたになついてますね」

「このお子は、藩主徳川光貞公の四男坊で、徳川源六君であらせられますのよ」

「へぇそうですか、これで下ごしらえ出来ましたでは又宜しく」

源六君は後の八代将軍徳川吉宗公だが、今は夢にも思わぬ事で藩主とて難しき身の上であった。

 加納家は紀州藩主初代徳川頼宣公よりの直参で、頼宣公より五郎左衛門は三歳年上であったが、貞享元年に亡くなっていたのた。

 跡継ぎの加納平次右衛門と、その子加納久通が、源六君の養育に関わっていたと思われる。先程の源六君の乳母は久道が妻である。

 武家屋敷より残りの魚を売り切り、和歌山城広瀬御門より出る。

 和歌山城南から新掘にかけて吹上げ砂丘の峰が続いていて、砂丘の斜面には根上がり松がたくさん見うけられた。

 広瀬御門近くの広瀬は、根上がり松の根下にて、侍女に貰った真桑瓜をかぶりついて食べたメロンに似ているが少し違う。

 この根上がり松は、砂丘の砂地が強風に飛ばされて松根元が、露わになったもので昭和三十四年(一九五九年)までは、八本あったが現在は和歌山大学付属中学グランドに、現在一本を残すのみとなった。

ちなみに高さはというと、約三メートル五十センチあります。

 風が松根の間に舞い、涼しかった馬での移動なので何処でも苦労なく行けた。

 (明日東の店市場休みだが、紀の川でうなぎでも捕って売ろうかな)

 早速日の暮れぬ間に、川に仕掛けた竹編み筒から鰻を捕った。

 片男波に帰ると、窯どに備長炭入れ火を入れる。うなぎを背より開き、醤油たれにつけて焼く香ばしい匂いが周囲に立ち込める。

 侍は腹切って開くを、特に嫌います。

 (明日は自前の鰻だ儲けるぞ)

 今日かなり働いたので疲れたのか、気持ちよくぐっすりと寝た。

 明け七つ、(午前四時頃)起きて再度鰻を焼き、桶に詰めて馬に載せた。一刻(二時間)はかかった。

玉津島神社に寄ると、娘のかよが居てお裾分けすると喜んだ。

 文兵衛が来ると、かよの病も嘘のように治るのだった。

 両親もわかったのか、頻繁に来ても何も文句は言わなかった。

「まあこの鰻ふっくらしてとても、美味しいぞうだわねぇ」

 二つ年下で十四歳である、かよの明るい笑顔見て文兵衛はそれだけで満足した。

 その足でまずは、加納家屋敷に行く広瀬御門横の空き地に馬を繋ぎ小分けの桶を、天秤棒で担いでの商いである。

「紀文背開き鰻要らんかえ、美味しい焼きたての鰻だよ!」

 加納屋敷の前には、多くの人が集まっている何でだろうか。

 周りの奥方連中が文兵衛の来るのを待っていたのか、集まって来るのが早かった。

 それで玄関の横で、即店開いた。

「紀文さん、よその魚屋さん皆お休みでね、本当に助かりますわ」

「へえ、それが急に決まりましてねぇ、私は小売業なのでさっぱりその辺の事情は分かりませんよ?」

「ちまたの噂だと、ずうっと休みに成ると言ってましたわ? 本当に困ったわね……」

皆聞きいる、この頃魚は貴重な蛋白元で御座いました。

「どうしてと、市場の魚屋に聞きましたら加太の浦に鮫が出て、漁師らが舟出せないらしいのよ!」

 皆困り顔だ、野菜ばかりだと夫のきげんが悪くなるからだ。

「それは、知りませんでしたね」

 鰻は飛ぶように売れ、加納家の分を残し早々と店じまいした。

 加納家の門をくぐり、屋敷に入るとしぶい侍が立っていた。

「藤林正武先生では、ないのですか? 私は文兵衛ですよ」

 久しく合うが面影ある、三十歳ぐらいになったかなと思われる。

「文兵衛か大きくなったのう、商い終わったらそこの、離れの部屋に来てくれまいか?」

「はい! 分かりました師匠」

 手早く鰻を納めて部屋に急いだ。

 部屋の前に来た、そして腰を落とした。

「失礼、文兵衛早速参りました」

「おお待っていた、文兵衛か入るが良い」

「で何か? 御用でしょうか?」

 近くに寄る、何か訳ありと感じたそんな雰囲気がした。

「今の儂は光貞公側室、お由利の方に仕え源六君を守ってる」

「そうですか、それは大変な仕事ですね」

「源六君は光貞公、六十過ぎての子供故ことのほか心配らしい」

「源六君は確か四男坊で、上には確か綱教様、頼職様がおられたかと思いますが?」

「しかし源六君が一番のお気に入りだろうと思う、光貞公より根来衆も蔭より警護を命じられているのでな、上の兄弟二人はどうもそりが会わぬと申されていてのう」

この源六君とは、後の新之助(徳川吉宗)のことである。

文兵衛の、近くに寄りて言う。

「本題に入る、加太の漁師から藩に鮫退治の要請あって、それを其方に頼みたいと思うが勿論太地での活躍ぶりを知っての事、頼まれてくれるかのう?」

 文兵衛の目をじっと見て、返事を待っている一呼吸入れてから。

「へい私で良ければ、ひとつやってみましょうか!」

 胸をいき酔いよく、ポンと叩く。

「それとお主の祖母に、預かって来た刀だ。そうだ銘は波切丸だと言っていたな」

 手渡され刀は、今は無き武兵衛の形見と、なった脇差しだった。

「師匠有り難く思います、こんな私の為に動いてくださって」

「たまたま覗いて見たんだよ、其れより鮫の事確かに頼んだよ!」

「へい、では明日早速に私が見に行来ます」

 文兵衛は商売道具類片付け、片男波に急いで馬に乗り帰った。

 (これで当分仕事は、休みになるな)

 文平は紀北の漁師から、情報を聞きまわるすると鮫は加太から離れ今は、下津の大崎に要るらしい。

和歌浦の浜で、聞き廻っている時玉津島のかよが、どこで鮫退治を聞いたのかむちゃせぬようにと、指切りをせがまれた。

危険な仕事だと、文兵衛の身体をかなり気にしているようだった。

馬で片男波から下津は大崎の湊に着いた冊に馬を繋ぎ、砂浜を歩く足の裏が太陽照りつけられた砂で、とてつもなく熱い足が焼けるようだ。

 波が打ち寄せる一画に、人々が集まり騒がしいおかみ連中がおいおいと涙ぐんでいた。

「あの皆さん方、いったいどう為されたのですか?」

「はい私の亭主が、朝から漁に出て帰らずで乗っていた舟だけは、此処に戻りました」

「でもまだ、ハツキリと分かりませんよね」

「はいでも舟内は血が一面に、真っ赤です」

 言うとその場にて、また泣き崩れました。

「多分ヨシキリ鮫でなく、ホオジロ鮫でしょうかね?」

 加太の漁師おもむろに言う。

「加太では舟諸共粉々多かったのですが、今回舟は残ってますね」

「お父は、一人で漁出たんよ!」

 十二歳と覚しき男の子が言う。

「私が人食い鮫の、ホホジロ鮫(ホオジロ鮫)を退治します!」

私は前はホホジロ鮫としてるが、最近では学術名としてホオジロザメみたいです、まあ言いやすいのが一番ですかねぇ。

「おかみさん鮫退治に、この舟使ってもいいですかねぇ?」

「あの其れでは兄さん、お父の仇討ってくれますの?」

「はい何とか仕様かと、思ってはいます」

「是非俺も、連れってくれるか!」

 男の子が文兵衛にしがみついた。

「ホオジロ鮫は二匹が対になって、行動しますのでとても危険ですよ」

 隣にいた男の子の、親類らしき男が言う。

「よし、逸れなら儂が行こうか」

「兄さん大丈夫ですか? 鮫は十五尺(五メェトル)あるらしいよ」

「オウ早速支度して舟出そう」

 舟の血を洗い流し、左右横側に直径一尺(約三十センチ)の丸太材木を、三間の長さ(約五メェトル十センチ)を入れた瓢箪二本、丸太の切れ端二つ投げ網二枚を積み込んだ。

「さあ、気合い入れて行こか!」

 舟に乗り込み、砂浜から海へ押し込む。舟は砂浜から沖へ滑り出した、青空でそよぐ浜風が気持ち良かった。勿論浜の漁師の古老に声掛けて天気の事をそれとのう聞く、海では天気が荒れると命に関わるからだ。

 海の狼と恐れられているホオジロ鮫は、この頃夏の終わりから秋にかけて、紀伊水道を回遊してその速度は時速四十キロメェトル。

 三角形の歯は内に向けて生えていて、噛まれると逃げられないノコギリのような歯であるし、噛む力は三百キロで一度に百八十キログラム近く食べる。

 また血の匂いに敏感であり暗闇でも目がきく、何にでも噛み付く習性が有りものすごく獰猛である。

 天敵はシャチで、ホオジロ鮫より泳ぐ速度は早く、群れて行動するので鮫も殺られる事が多くシャチの姿を見ると逃げるようだ。

 シャチの方は頭良いのか、めったに人は襲わないが、鮫や鯨はたまにシヤチの集団に襲われる事もあるらしいのです。

 下津の沖で文兵衛は、瓢箪に入れた鶏の血を、平舟の左右に撒く更に鶏二羽も、波間に浮かべた。鮫は血に敏感で数百メートル離れた所の、血の匂いを嗅ぎ分けられる逸れを利用する。

「鮫が近くにいれば、来るだろうさ半刻(一時間)ほど待つか」

「来ますかねぇホオジロは?」

 相棒も櫓を止める、舟はしばし波任せとなる半刻(一時間)ほどたつと、舟の揺れで心地よい、ウトウトと眠気が出てくる。

文兵衛はモリの持ち手にヤスリで傷つけそれに麻糸をびっしり巻きつけて滑り止めとしている。勿論モリの先も二三本を砥石で鋭く入念に研いで手入れをしていました。

「ちっと文兵衛さん、糸に付けた鶏がなくなっていますよ!」

「えっ二羽ともか? では来たのかな?」

 (ドドン!)左右の丸太が響く。

「文兵衛さん! ききっ来ましたよ!」

「オイ腰を屈めて海に落ちるなよ」

「へい、分かりやした」

 文兵衛は銛を右手に身構えると周辺に目を凝らす、二匹の黒い背びれがこちらに向かって来る。

「わぁこれはでかい、ホオジロ鮫だ!」

 鮫は大きな口を開けて飛び上がる、文兵衛は煽られよろけるが足を踏ん張ってこらえた。二匹とも六メェトルほどあり体重は一匹で五百三十三貫(二トン)あるだろう。

(普通大きいのは体長四・五メェトルぐらい、重量は二千三百キログラムで、長寿であり七十年ほど生きる。(最近まで嫌われていたホオジロ鮫であるが、今ではガンの特効薬の研究で注目されています)

「おっと二匹いっぺんに、襲われるとこっちがやられるぞっ!」

 相棒は舟底で震えて何も出来ない、残りの鶏を海へ投げ入れる。

 それを追って一匹が舟から離れたがもう一匹がいる、ここぞと飛び上がってその背びれへ、思い切り銛を付き入れる、真っ赤な血が海面に飛び散る。

「うおっやったぞっ! 先ずは一匹を仕留めたぞっ」

 銛先は刺さると取り付け棒から抜ける、後部横に縄通穴有り縄には、丸太の切れ端を固定した。

 (ううんあと残りは、一匹だなぁ)

 鮫は狂ったように舟に体当たりして来る、文兵衛は筏流しで鍛えて足腰は強い、ここぞとばかり背びれの前の、急所に銛を差す。

 (ドスン)鈍い音、周りに赤い血が飛ぶ。

「ワオッ文兵衛さん、やりましたね!」

「まだだ! 先ずは鮫が弱るのを待とうぜ、まだまだ危険だ……」

 暴れながらも浮き上がって来た時、網を左右の鮫に絡ませた。

 網の中で暴れる二匹の鮫に、留めの銛を思い切り射し込む。身体をブルルッと震わせ痙攣すると静になった。

「まあこれで、鮫も一巻の終わりだなぁ!」

「びびりましたよ文兵衛さん、ううんオレ少し漏らしたかな」

「網を舟に固定して、帰ろうか」

 舟は下津は大崎の浜に帰る。海上は夕陽で、赤く染まっていた。

 大崎の浜で漁民総出で待っていた。顔見て安心し笑顔になった。

「文兵衛さん、ほんまにおおきによう」

感激した皆は、涙目で礼を言った。

「危なかったけど何とかなったよう! ご心配おかけしました」

 三つぐらいの子が握り飯を持って来た、塩が効きとてもうまかった。

砂浜を歩くと、見慣れぬが船打ち揚がっている西洋の難破船だ。恐らくはどこの政府でも無い海賊船である。

なんぱして海南下津に流れ着いたのであろう、外から観るとその船黒っぽくて目立たない逸れで全く気が付かなかったのです。

(来た時鮫に夢中で、気付かんかったな?)

 繋いでいた馬に乗り、下津から片男波に帰ると、疲れからか文兵衛は部屋に帰るとぐったりと泥のように寝ました。

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