第10話 北山村で筏流し

着の身着のまま来たし、支度金も少なく勿論金の持ち合わせは少なかったので、とりあえず北山村で自分に出来る、仕事の内容を聞き先ずは明日に備えた。

「ええいっ命あったら、どこでも生きられるまあ何とか成るやろかい!」

運どういうものどうなるかは、全く分からんもんやなぁ真面目にしていても、こんな目に会う何が悪かったのやろ、一向に合点がいかないのであった。しかしながら今更愚痴を言っても何ともならない、金も無いので働か無ければ飢え死にするのである。運とは一体何なのだろうか分からん、えたいの知れないものであるのは確かであった。

独り事を言ってみたが、胸が張り裂けそうだった。いったい何が悪かったのか、自分はどんな悪い事をしたのだろうかと思いが募る三輪を思い出すと悲しくていとうしくて、切なくて心はもう複雑であり胸は張り裂けそうであった。人は嫌な事苦しかった事など多かれ少なかれ過去を引きずる、悩みを忘れて断ち切る必要が有ります一時的に阿呆になり明日の為に煩悩を忘れ去るのです。人生忘れる事も必要で有ると思う。兎に角頑張ろう。

 けれどこの先飯の種は必要だった。文兵衛は気を遣う客仕事よりも自然相手の身体を使う仕事の方が、性格に合っていたのである。

「生きていくには、仕事頑張ってみよう!」

 仕事は川に木を降ろす時、馬で其処まで材木を運んだり、通り道の雑木を切ったり、商品の木材で筏を組んだりである。

馬には乗った事はなかったが、皆親切に手取り足を取り教えて呉れました、文兵衛も鍛えていましたのでコツさえ掴めば、何とか乗れるようになりました、それは馬とのコミュニケーションがとても大事だったのです。

肉体労働ではあるが、とにかく馬に乗れるようになったのが第一の収穫でした、この頃武士でも馬に乗れる者少なかった時代です。

「山の空気は良いし、何か気持ちいいな」

 夏は盛りの葉月(はずき八月)色んな蝉があちこちで鳴いている。

「嗚呼、そうだもう十四歳になるなぁ」

 文兵衛草上にごろ寝し、空を観ていた。

 (ブキ、ガサガサ)と音がする突如、大きな猪(いのしし)が突進してきた。(ドドドッ)

 文兵衛はとっさに、猿飛の術で近くの木の上に跳び上がる(ゴツン)木が大きく揺れるかろうじて助かった、下を見ると猪は倒れていて横向でぴくりとも動かない。

大きな音だ飯場近くであったので、何事起きたのかと皆が外へゾロゾロ出て来た。

「うわ-っ、おっこれはどでかい猪だな」

 口に手を翳すと、まだかすか息があった。

「ほうこれをお前ひとりで、やったのか?」

「ウウン猪が勝手に木にぶつかり、そのまんまかってにお陀仏さ!」

忍びの術使った事は、隠していました。

「これは有難てぇ、今夜は猪鍋だぞ」

 猪を飯場に持って行き、その夜は飯場で解体料理した、普通は二三日土に埋めて置くと、旨くなるが皆気が早く、早速猪鍋を囲んでどんちゃん騒ぎであった。

「うんこれはうまい、こんな旨い牡丹鍋初めてや文兵衛さんおおきによ」

皆酒飲んで機嫌が良い文兵衛は酒は飲めない、まだ若年者の文兵衛は一人思った。

 (俺は何をしに熊野屋に行ったのか、北山村で作業員に成る為か)

「オット若い衆隣りはよいかな? 儂の名前は北川三次と申すしがない筏乗りだ」

 年の頃は三十五歳ぐらいでがっしりした体つきの、筏流しのベテラン職人であった。

「へい、お好きにどうぞ空いていますよ」

「昼間の身のこなしは見事だ、明日からおぬしに筏流しを仕込んでやろう!」

誰も見てないと思ってたが、矢張り見ていたのだ 別に悪いことして無いけれど 。

「ハイそれは有り難い事で、ござります今後とも宜しくご指導のほど御願いします」

 そして今までの事を、詳しく話した。

「かわいそうに大方の事は聞いている、帰るのには路金がいるだろう、ならば儂がひとつ助けてやろうではないか!」

「へぇそれでは御言葉に甘えます、よろしくお願いします」

「ハッはっハクション!」

「うん? お主花粉症か北山村には特産品のジヤバラという花粉症に良く効く柑橘類あるぞ、うまいしなぁ」

この所 杉花粉がよく飛んでいた。しかし北山村では花粉症の人は少ない。花粉症の人は試しに使ってみて下さい少し脱線しました。

地獄に仏だなと思った奇特な人も要るものだな、翌日から三次の厳しい特訓があった。

 浅瀬で筏(いかだ)流しの竹棹の使い方や身体、足の運びなどを教わる、文兵衛は身軽なのですぐにコツを覚えた。

初めは師匠のやることを、見て真似をする事から始める、何回も反復して身体に覚え込ませ、それが自然に出て身につくまでやる。

真似というと聞こえ良くないが、勉強とか研究すると同じであり勉強云うなら聞こえも良いかも知れない。すべて赤子の頃よりみて習う真似から始まっていると言えるが、昨今教えたものをボロクソに言う者達もいるが。

この頃は剣術の稽古はお留守になってましたが、剣術に必要な足腰腕は筏流しで鍛えられていましたので、やさ男ですが見た目以上に内なる強さがありました。

 筏流しは普通筏を連結して、前と後ろに人が乗り、たくみに竿を操って運行する。

「オイ少し上手くなったが、まだまだ手を抜くな気を抜くでないぞ!」

「あのう、逸れは何故でしょうか?」

「瀞八丁は景観良い見惚れると、手元狂い岩にぶち当たるのだ今まで何人もいる」

「へい、まだまだ竿差しに精一杯です!」

「少し慣れると事故が特に多くなる、あなどるな海や川で渦に巻かれる事がある泳げる者は抗うのであの世行きだ、そんな時は渦に巻かれるに任せ力を温存し底に着いて上昇の時有りその力を振り絞って渦より逃れるのだ」

このちょっとしたアドバイスが自分が事故にあった時生死に影響します。だらだらと面白くない話しですが覚えておいて下さいね。

文兵衛には有り難かった、丁稚の頃と違って給与も有り、帰る資金の目途もついてきた。しかし世の中にはいろいろと、その道の達人が要るものだなあと感心しました。

文兵衛は景色に魅入らず、川の流れの音を聞き清かな空気を胸いっぱいに吸い込み筏を操る、逸だけで清々しく気持ち良かった。

 三次と組み仕事して、なまっていた身体も鍛え直された。それに古式泳法も教えて貰って、難しいとされる流れる川でも、服を着たまま泳げるようになったのは、海の男に今後何かと役に立ちそうに思われるのであった。

古式泳法の練習の為、北山川を泳いでいると川の底に光っている物があります、何だろうと拾ってみると、えんどう豆粒の大きさもある砂金である、その近辺を掘ったらどんどん出てきた、とりあえず瓢箪の水筒を縦に割ってその中に収納した。

そして夏が過ぎ、紅葉鮮やかなりし頃。

「おお文兵衛よ、そろそろだな!」

 ふと相棒の三次が、文兵衛に思い付いたように言う。

「はい、そろそろ湯浅に帰ろうかと」

「ならば、明日は最後の筏流しだなぁ」

「はい身辺片付けて、皆にお礼言います」

 想えば短かった、北山村であった。初めなんと不運なことかと嘆いていたが、ここの温かい人々に触れ合いすさんだ心も、次第に癒えていつもの明るかった、自分を取り戻せました。

夢中で仕事を覚え身体を動かしているうちに、恋の病も知らぬ間にどこかに飛んでいきました。とてもよい経験になったと思う。

「みなさん長い間お世話になりました、ありがとうございました」

 作業員の皆さんざんは、心よく応対してくれた感激しました。

 翌日熊野川を筏流しで新宮に下る、もちろんだが熊野屋に寄るつもりは全くない。着くとそのまま新宮の河口で船に乗った。

 慌てて乗った船は、太地止まりの荷物船で江戸へ戻ると云う。仕方なく太地で降り、上方行きの廻船を待つことにした。






















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