第34話 目覚めと新たな出会い






 目が覚めると、俺は病院のベッドの上にいるらしかった。

 ベッドは窓際に置かれていて、温かい日差しが差し込み、軽く開けられた窓の隙間を通ってきた そよ風がカーテンを揺らしている。

 腹の辺りが重くて視線を向けてみると、椅子に座った翠が前のめりになって俺の腹の上に頭を乗せて、寝息を立てていた。

 俺は上体を起こそうと、腹筋に力を入れて身体を持ち上げつつ、右手をついて身体を支えて――。



「いってえ!!」



 右脇腹に走った痛みに苦悶の声を上げた。

 ……あー、クソ。

 エコーの野郎が俺の脇腹をへし折ってくれたんだったな。

 死ねアイツ。

 ケツからハリガネムシが出てくるところを見て『おいおい斬新なアナニーだなぁギャハハ!!』とか言ってやりたい。



「……お兄ちゃん?」



 俺の声を聞いて、翠が目を覚ました様子だった。

 ぼんやりした様子の彼女と目が合う。



「おお、おはよう。奇遇だね、こんなところで会うなんて」


 

 そんな冗談めいたことをいう俺に対し、しばし翠は呆然としていたが。



「お兄ちゃぁあああああああああん!!!!」



 そう叫んで俺の胸元に飛び込んで、頭を押し付けてきた。



「おいおい、落ち着けって。我、怪我人ぞ?」

「何ふざけたこと言ってるんですか!? お兄ちゃん3日も目を覚まさなかったんですよ!?」

「マジ!? 3日も寝たきり!? うっそ絶対に筋肉落ちてんじゃん!! 勘弁しろよマジで~~~!!」

「この状況で何をふざけたこと言ってるんですか!! 心配したんですよ!!」




 そう言って俺を見上げる翠の目からは、大粒の涙がと零れていた。

 ああ、そういえば、この子は俺の隣で寝ていた。

 寝にくそうな姿勢でさあ。

 ……そうなるまで、この子はどれだけ俺の傍にいてくれたんだろう。

 


「ごめん。……ごめん、翠。マジでごめん。心配かけたよな、頼りない兄ちゃんでごめんな」

「……今度からは、何かあればまず私に相談するんですよ?」

「ああ、約束する。ごめんな、隠し事してて」

「異世界に行ってもどこに行っても、私のお兄ちゃんはお兄ちゃんしかいないんですからね。分かってるんですか?」

「ああ、そうだな。痛感したよ。……これからはもっと本格的に何もせずにひたすら翠のスネを齧っていくからね」

「なんで そうやってすぐにパラメータ極振りするんですか!! もっとグレーゾーンを有効活用していきましょうよ!!」

「なーんだ、とうとうニートとして生きる許可を貰ったかと思ったのに。ハハハッ!」 


 

 そう言って、俺は笑った。

 翠は少しだけ不満そうにムスッとした様子だったが、やがて小さく微笑んで、また俺の胸元に頭を預けてきた。

 俺も翠の髪に頭を埋めて、彼の匂いを感じる。

 ああ、本当に可愛い弟だ。

 柔らかくて、太陽のような心地いい匂いがする。

 本当に、本当に可愛いよ翠。

 こんなに可愛い……翠……。



「弟でさえ……実の弟でさえなかったら……ハァハァ」

「え? 何ですか?」

「おおっと、何でもないよ」



 あぶねー、この雰囲気で今の発言を聞かれてると危なかったな。


 

「……ところで、イユさんは今どうなってる?」


 

 俺の言葉に、翠の眉根がピクッと動いた。

 すると彼は一度 俺から離れて病室のドアの鍵を閉めてから、部屋の窓も締めて俺のすぐ近くに座りなおした。



「やっぱりその質問ですか。……今回の一件、全部あの人のためだったんですよね?」

「いや全部ではないよ。俺もあの人の風呂の残り湯もらってたからギブアンドテイクの関係だよ」

「ちょっと待ってくださいよ!! 明らかにテイクがおかしいでしょ!! 報酬が風呂の残り湯ってどうなってるんですか!?」

「いや、ほら。コメントの出るタイプの動画サイトでアニメ見てたら、女の子の入浴シーンで『ごくごくごくごく』みたいなコメント入るじゃん? ああいう感じで美人の風呂の残り湯を飲んでみたいなって思って」

「全力投球クレイジーやめてくださいよ!! ツッコミのハードルが上がるでしょ!!」

「へえ、まるで人生みたいだね」

「哲学的な雰囲気のボケもダメ!! ……ハァ、ちょっと真面目な話をしますよ」



 そう言って、翠は一つ咳払いしてから続けた。



「イユさんは、お兄ちゃんの言った通り『お兄ちゃんを庇って呪いを受けた』ことになりました。青一さんが証言してくれたので、かなり信頼度も高かったみたいです。……ただ、やっぱり何か変な感じがします。イユさんは重傷だったからと言う理由で病院の別棟に入れられたことになってるんですが、私も面会できてません。表向きはまだ容体が安定しないから、ということにはなってますけど」

「ふぅん、きな臭いね」



 イユさんは無事だろうか。

 ……何事もないといいが。



「なのでイユさんのことは良く分かってません。それとナンカ大臣が、お兄ちゃんが目を覚ましたら面会に来ると言っていました。私達が来る前のことを訊きたいとか何とか」

「そうか。まあ、そうだろうね」



 何を訊かれるかな。

 まあイユさんのことだろうが。

 やっべーな、俺は嘘つくのあんま上手くないんだよな。

 適当なこと言うのはすぐ思いつくんだけど。


 そんな話をしていると。



 コンコンコン。

 と、部屋のドアが3回ノックされた



「おっと、誰か来ましたね。開けてきますね」

「ああ、ありがとう。……いや、ちょっと待ってね」



 わざわざ部屋の鍵を閉めてたら、良からぬ密談をしていたとでも思われそうだ。

 ちょっと細工しよう。

 ………………。

 よし。



「良いよ、翠ちゃん」

「そ、そうですか。じゃあ開けますね」



 俺が言うと、翠がドアを開けた。

 すると、そこに立っていたのは。



「あっ、ナンカ大臣」

「ああ、目が覚めたのか桃吾君。安心したよ。王城からこのベイリーズには一昨日には来ていたからね。君が目覚めるのを待っていたんだ」

「すみません、ニートは良く寝るんですよ。どうも。入って下さい」



 タイミングが良いな、来室者はナンカ大臣だった。

 いや、ナンカ大臣1人ではない。

 もう一人、ナンカ大臣の後をついてきた女性がいる。



「こんにちは。そして初めましてね。私は『ヒューマン英雄王国ギルド統括局』長官のホワイト・シャネリアスよ。よろしくね」



 彼女はそう言って微笑んだ。

 白に近い金髪――ホワイトブロンドの髪をショートボブにして左サイドに流して、両耳にはダイヤモンドのピアス、服装はスマートな三つ揃えの黒スーツを着用し、刺繍の入った白いネクタイを締めている。

 目元には皺が入っており、年齢は50歳前後だろうか。

 しかし背筋はまっすぐ伸び、すらりとした長身のスタイルからは若々しさが溢れている。



「ああ、こちらこそ初めまして。握手したいところですが、右手が壊れてるもので。本当についさっき目を覚ましたばかりで、まだあちこち痛むんです」

「いえいえ、構いませんよ」

「ところで……桃吾君。ドアの鍵が閉まってけど、何かしていたんですかな?」



 ナンカ大臣が髭を弄りながらそう尋ねてきた。

 うーん、やっぱり俺も疑われてますな。


 だが、言い訳は用意してある。

 

 俺は無言で、ベッドサイドのテーブルを指さした。



「……その、何ですかなコレは?」

「見たら分かるでしょ大臣。尿瓶(使用済み)です」



 そこには、まだホカホカと温かい俺の出したての尿が入った尿瓶が置いてあった。



「も~~~。目を覚まして翠ちゃんと語らって、ついでに3日振りにスッキリしたところで来るんですから、大臣もタイミング良い人ですね」

「いや良いのかねコレは!? どっちかと言うと最悪だと思うが!?」

「あー、その。桃吾さん。桃吾さんって脚はケガしてませんよね?」



 と、言ってきたのはシャネリアスだった。



「ええ、怪我は主に上半身です」

「だったら尿瓶を使わずに、普通にトイレを使えば良かったのでは?」



 なるほど。

 言われてみれば真っ当な意見だ。

 俺はそう言われて少し考えて。



「そこに尿瓶があったからさ」

「何ですかその最悪な登山家みたいな発言!?」



 翠ちゃんのツッコミが入ってしまった。



「ま、まあそんなことは構わんのだ。……桃吾君、こちらのシャネリアス長官が君に話があるそうなのだが、どうだろう? 目覚めたばかりだし、後日また伺おうかね?」

「……いえ、構わないっスよ」



 俺も知りたいことがあるからな。

 イユさんがどうなっているのか……恐らくこの女性は知っている。

 この人はきっと、そういう役職の人間だ。



「それは良かった。一席 設けていますので、ぜひこちらに」



 シャネリアスに促され、俺はベッドから立ち上がった。

 3日ぶりに立ち上がった身体は少し重いが、これくらいなら歩くくらいは問題なさそうだ。


 さーて、イユさんのことを知るためには、恐らく交渉が必要だろうな。

 気合い入れろよ、俺!

 だがその前に。



「あっ、看護師さーん! 尿瓶使ったんで処理してもらっていいですか!? あとシャネリアス長官、俺ぇ用を足したら手を洗わないと気が済まないんで、手ぇ洗ってきて良いっスか?」

「……好きにしてください」



 やっぱ締まらないな、俺。




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すみません!! 27話の公開ができていませんでした!!

大変失礼しました!!

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