第33話 達成と虚愛と



「えー、あの。……魔王軍の幹部のエルプラダ様が何の用ッスか?」

「いえ、大したことではないんですけれど……。不出来な部下の後始末に来たんですの」



 あっ、やっべー。

 エコーが言ってた『蝶ババア』って絶対にこの人じゃん。

 俺はもう一度、彼女の姿をよく見る。

 ――彼女の身体から、何か光り輝くオーラのようなものが立ち上っているのが見える。

 これは、彼女の纏う魔力だ。

 俺が今まで見てきた中で、もっとも美しい。

 一瞬で理解できる。

 俺じゃ、この人には勝てない。



「それで、もしよろしければ貴方のお名前も聞いてよろしいかしら?」



 にっこりと微笑むエルプラダ。

 しかし彼女の纏うオーラを見てしまうと、単なる声掛けであっても委縮してしまう。

 それでも俺は意を決し、口を開いた。



「愚地独歩です……」



 俺は躊躇うことなく偽名を使った。



「……わたくしの予想が正しければ、貴方は瀞江桃吾さんだと思うのですけれど」



 そしてバレてた。

 しかし、その程度で俺の心は折れはしない。



「こんにちは、エルプラダさん。俺は瀞江桃吾。勇者のお兄ちゃんで、普段はもっぱらプラプラ遊び歩いています」



 何喰わぬ顔をして、俺はさっきのやり取りをなかったことにした。



「ま、まあ……そうなの。貴方、なかなかメンタル強いのね……」

「ええ、よく言われるんスよ」



 そんなことを不敵に言ってみるが、俺の身体は恐怖に震えてしまっている。

 ……いや、マジで怖い!!

 何とかふざけて誤魔化そうとしていたんだ俺は!!

 でも、怖いんだマジで!!

 目の前の可愛らしい少女が、これまで見てきた何よりも恐ろしく見える!!

 ただ、それでも。



「で、エルプラダさん。後始末って具体的には何するんスか?」



 そう言って、俺は拳を握り固める。

 砕けた右拳が痛い。

 鼻出血が止まらず、口の中も いつの間にか切ったらしく血の味がする。

 全身から冷や汗が止まらない。

 疲労で膝が震えている。

 ただそれでも、――格好くらいは付けないとな。


 しかしそこで、俺の穿くスラックスの裾がチョイチョイと引かれた。

 


「イユさん?」

「……」



 俺が視線を落とすと、イユさんがイヤイヤとするように首を左右に振っていた。

 口をパクパクと動かしているが、もはや声も出なくなってしまったのか。


 それでも何を言いたいかは分かる。

 ――俺が負けるって言ってんだろ?



「分かってますよ、そんなの。……でも、仕方ないっしょ」



 そう言ってイユさんに微笑むと、彼女は眉根に皺を寄せて、唇を噛んでいた。

 そんな表情すんなよ。

 俺だってガラじゃねえのは分かってるよ。


 そう思って溜息を一つ吐くと、俺はエルプラダに向きなおした。



「ひょっとして……ここに集まった俺らを餌にして、これから来る勇者達を全員 始末すると?」



 ここには、翠が向かってきている。

 そして恐らく、『聖剣』の勇者である青一も向かってきているだろう。


 2人とも、勇者ではあるがまだ幼く経験も浅い。

 魔王軍の幹部を倒せるほどの実力があるとは、思えない。

 俺は素人だが、目の前の魔族にはそれだけのプレッシャーがあった。

 青田刈りに来たなら、良いタイミングだろう。



「あら? そんなことしませんわよ。後始末は本当にただの後始末ですわ。部下を回収したら帰ります」



 しかし、彼女はそんなことをあっさりと言ってのけた。



「……へっ? そうなんスか?」

「ええ、そうですわ。今回の一件、エコーは上手くわたくしを出し抜いたつもりだったんでしょうけど、実は彼がどこまで出来るか測っていたんですの」

「うっそ!? マジっすか!?」

「マジですわ」

「じゃあ俺あなたの靴とかペロペロしなくて良いんですか!?」

「いやそんな要求しませんわよ……」

「本当に!? 本当に俺に足の裏をペロペロさせなくて良いんですか!?」

「何で食い下がって来るんですの!? だからしませんわよ!?」



 これは中々の変わり者ですわね、と呟いてから、エルプラダは意識を失くしたままのエコーの方に視線を向けた。



「ハァ、折角いいところまで来たのに。詰めが甘いですわね、エコー」

「……その声は、ババアか」



 エルプラダの声が聞こえたのか、エコーが目を覚ましたらしい。

 ……生きていたか。

 頑丈だな。

 まあ……その方が罪悪感を抱かずに済むと言えば済むが。



「途中までは上手くいっていましたのに。熱くなりやすい性格は本当に何とかなさいな。……あと、ババアと呼ぶのはやめなさい。わたくしがババアなら、貴方は卵ですのよ! たーまーご!!」


 

 ババアと言われて怒ったのか、彼女は少し苛立ったようにそう言った。

 ……見た目は可愛らしい少女なのだが、そんな年齢なのか?

 いわゆるロリババアというのか。

 いやロリというほどロリでもないが。



「ハイじゃあ撤収しますわよ! 皆さん、手伝って!」



 そう言ってエルプラダが4本ある腕の内、上側の両手でパンパンと手を打ち鳴らすと、彼女の背後に大きく重厚な“門”が出現した。



「なんだ……? 門が空中にいきなり現れた……?」



 門の中は影のように暗くなっているため、その中の様子をうかがい知ることはできない。

 そしてそのドアが開くと。



「きゅいー!」



 可愛らしい声を上げて、大きな芋虫たちが出てきた。

 芋虫、というと不気味な印象があるが。



「この芋虫……か、かわいい」



 何だろう、ちょっとデフォルメされてるというか、芋虫そのものというよりも芋虫の抱き枕みたいに見える。

 それでも苦手な人は苦手なのだろうが、俺としては結構かわいい。



「きゅいー!」

「きゅきゅーい!」



 と鳴き声を掛け合いながら、芋虫たちは のそのそと歩き回り、倒れたカブトムシやカナブンの魔族を背に乗せて運び、カナブンの魔族が落としたハンドベルも回収していく。

 しかし、エコーの元に向かった芋虫だけは、困ったように頭をもたげていた。



「きゅきゅっ!」

「あら、面白い魔法ですのね? そちらのお嬢さんの固有魔法かしら?」



 エルプラダはそう言うと、右下腕をまっすぐ伸ばし、パチンと指を鳴らした。

 すると――プツっと音がして、埋まっていたエコーの下半身がズルッと這い出てきた。彼の足首には細い糸が巻き付いているが、その糸は途中で切られている。



「切った? イユさんの糸を? ……どうやって?」



 得体が知れないな。

 流石は魔族の幹部だけはある。



「ば、ババア。俺はまだ――」

「だーかーら、ババアじゃありません! もう!」


 

 芋虫が背にして運んでいたエコーに対し、エルプラダは額を小突いた。


「かッ!?」


 指先で小突いただけに見えたのに、『ゴンッ!』という鈍い音がし、エコーは白目を向いて再度 意識を失くしてしまった。



「やれやれ、あの子は性根から鍛えなおさないと」


 エルプラダはそう言って頬を膨らませていた。

 どうやら、彼女は本当にここで戦う気はないらしい。

 芋虫たちは魔族たちを背に乗せて、最初に出てきた門の中に戻っていった。



「さて、本来はこれだけだったんですけど」



 しかしそこで、エルプラダはイユさんの顔を見てから、そちらに一歩踏み出した。



「なッ!? 何をする――」

「あら貴方。よく見ると中々に綺麗な顔をしていますのね。でも……わたくしの前に立てるほどの実力はなくってよ?」



 イユさんを守るべくエルプラダの前に立ちはだかった俺に対し、彼女は右上腕で俺の胸元を――トンと押しただけだった。

 が、しかし。


 ――ミシィ! と胸骨が軋む音がした。



「がはッ!?」



 肺の中の空気が押し出され、俺は仰向けに倒れこんだ。

 何をされた!? 分からない!! 力が入らない!!

 ――力に差があり過ぎる。

 エルプラダにとっては、人体など障子紙のようなものなのだろう。


 倒れこんだ俺を意に介することもなく、彼女はイユさんの元に歩み寄り、彼女の傍にしゃがみ込んだ。



「随分と酷い怪我ね」

「……あ、が」

「あらあら、満足に声も出せないのね」



 そう言って彼女はイユさんの首に右上腕を伸ばしたが――。



「貴方……。意外と頑丈なんですのね?」



 振り返って、俺の方に視線を向けた。

 視線を向けられた俺はと言うと、俺はエルプラダの羽根を左手で掴んでいた。



「止めてくださらない? 羽根が傷んでしまうわ。あまり我が儘を言うなら、その手首を切り落としても――」

「彼女に……イユさんに手を出すな!!」



 左手に力を込めて、俺はそう叫んだ。

 逆に言うと、それくらいのことしかできなかったんだ、俺には。

 イユさんを守るために俺に出来ることは、それくらいだった。

 しかし、エルプラダはそんな俺の眼を見て。




 満足そうに笑った。




「……貴方は、わたくしの想い人に似ていますわね」

「え……? どういう意味ッスか? 俺の顔が良いってこと? いや実は俺もそうじゃないかと――」

「違いますわ。あと貴方もボロボロの割に舌が回るのはなんですの……? それと、わたくしは別に このお嬢さんを傷つけるつもりはありませんわ」



 そう言うと、エルプラダは自らの羽根をゆっくりと動かした。

 それだけで俺の左手は彼女の手から離れていく。もう殆ど握力が残っていないのだ。

 しかし彼女の目的は俺の手を引きはがすことではなく――。



「種族魔法・万感ばんかん朝陽あさひ


 

 エルプラダの羽根から散った鱗粉が、キラキラと輝きながら、イユさんの元に降りかかっていく。

 すると、イユさんの瞳に段々と生気が戻り、ひび割れていた彼女の肌も治っていく。



「……こ、れは? ウチの傷が、治っていく?」

「い、イユさん!!」



 完治したわけではないが、意識がはっきりして会話ができるくらいには治ったらしい。

 その姿を見て、感極まった俺は声を上げて彼女の元にフラフラとした足取りで駆け寄ると、イユさんの頭を抱き起した。



「……ゴメン。世話懸けたな、桃吾」

「いえ……良いんすよ、これくらい」


 

 俺は笑みとともにそう返した。

 しかし、解せないのはエルプラダの行動だ。



「あの……助けてもろて、ありがとうございます。でも、何でウチを……?」

「簡単なことですわ。わたくしは全ての蟲の女王。貴方は半分だけ蟲だから、半分だけ助けた。それだけの話ですわ」


 

 そう言って彼女は立ち上がり、イユさんに背を向けて門の中に向かおうとしたが。



「ああ、そういえば。……もう聞きました? 貴方のおばあ様を治すことは――」

「できない、言うんでしょ? ええ、知ってましたよ。



 エルプラダの言葉に、イユさんが続けた。

 しかし、その言葉に驚いたのは俺だ。



「イユさん!? ま、前から知ってたんですか!?」

「ウチだって馬鹿やないんやで? そら調べるくらいするわ。そんで神官学校の頃に文献をあさくりまくって知ったんや。……身体が石化して死ぬんはウチらみたいな呪いを受けた一族にときおり発症するモンらしいねん。そして、完全に石化した時点で――死ぬ。死んでんねんから、治しようはないやろ。ハハッ」

「なに笑ってるんですか!? じゃあエコーに騙されてるのは分かってたんでしょ!! だったら、何で――」

「――それでも、それでも……信じたいものは、信じたいやん?」



 イユさんは顔をクシャクシャにして、泣きそうな、でも少し笑っているような、説明しにくい表情かおをしていた。

 それを見て、俺は何も言えなくなった。

 ああ、そうだよな。

 生きるために縋るものが、それしかなかったんだから。

 エコーは『自分が彼女に生きる意味を与えた』とか何とか言っていたが、それは決して間違いではなかったのだ。

 イユさんの生きる理由は、ただ“祖母を助ける”と言うことしかなかったのだから。


 そんな彼女が虚栄にしがみつくことを、俺には否定できなかった。


 と、そこでエルプラダが口を開いた。



「お嬢さん。半分だけ蟲の貴方に、年長者のわたくしから些細なアドバイスを上げるわ」

「……何です?」

「恋人でも良い。家族でも良い。友人でも良い。知人でも良い。尊敬する他人でも良い。憧れの誰かでも良い。傍に寄り添ってくれる動物でも良いし、思い出の土地でも良いし、大好きな虚構の世界でも良い。――何でもいいから、何かを愛しなさい。愛する者のいない人生を生きるには、わたくし達の人生はあまりに長すぎますわ」



 そう言って、エルプラダはウインクした。

 何と言うか、……茶目っ気のある人だな。

 俺はけど。



「そんな話をしていると、ちょうど良い時間になりましたわね」



 時間? 何のことだ?


 そう思っている俺の視界の端に誰かが現れた。

 勢いの尽き過ぎた体を止めるために両足で踏ん張り、ザザザッ! と砂煙を上げながら駆け寄ってきたのは。



「やぁっと!! 着きましたよ、お兄ちゃん!!」

「翠ちゃん!!」



 俺の愛する弟の翠だ。

 ここまで走り続けてきたらしく、額からは玉のような汗が流れている。

 と、そこで更に。



「うおおおおおおおおおおおおおああああああッ!!」



 雄叫びを上げて空から降ってきたものが居た。

 ――ダンッ!! と大きな音を立て、地面をひび割れさせながら着地したのは。



「僕は『聖剣』の勇者・江土井青一ッ!! 魔王軍の幹部ッ!! エルプラダ・パライバトルマリンだなッ!! 何をしに現れた!?」



 青一だった。

 剣を上段に構えて、これまで見たことのないほどに鋭い眼光をしているが、しかし額には冷や汗が流れているのが見える。

 それはそうだ。

 敵は魔王軍の幹部、こんなところで出くわすとは思っていなかったのだろう。



『青一、気を付けて。エルプラダは魔王軍の中でも古参の魔族。実力は相当なもの』

「ああ、分かってるさ 『聖剣』ッ!! ……あれ? 桃吾、さん? その人は……?」



 剣を構えていた青一が、らしい。

 それはそうだろう。

 しかし、今の彼女は多腕の姿。

 人間よりも魔族に近い姿に見える。


 青一だけでなく、翠もイユさんに視線を向けていた。

 青一と翠の視線を受けて、イユさんは意を決したようにして。



「じ、実は……ウチは……」

「――ゴメン!! イユさんッ!! こんな姿になってッ!!」



 しかし彼女の言葉を遮るようにして、俺はそう叫んだ。




 そしてそのまま彼女の頭を俺の胸元に抱き寄せ、俺は俯くふりをして彼女の耳元に口を寄せる。



「と、桃吾! 何を――」

「少しだけ、黙っててください」



 彼女にだけ聞こえるようにして、そっと囁いた。

 イユさんは少し戸惑っていたが、しかしきちんと説明している暇はない。



「エルプラダは俺に呪いをかけて化け物にしようとしたんだッ!! だけどイユさんが庇ってくれたッ!! でもそのせいで……彼女はこんな姿にッ!!」



 出任せだ。

 勢いで喋って誤魔化そうとしている。

 そのために俺はわざわざ声を張り上げてそう叫んだ。

 俺の言葉にイユさんが驚き、目を見開いているが、俺の身体で隠されているため彼女の表情が他の二人に見えることはない。


 しかし問題は、エルプラダだ。

 目の前に彼女がいる以上、俺が何をどう言っても全ては彼女次第だ。


 俺がエルプラダに視線を向けると、彼女は目を細めて俺を値踏みするかのような眼をしていた。

 ……どう出る? 

 エルプラダ=パライバトルマリンは、どう出るつもりだ!?



 ほんの一瞬、俺とエルプラダの視線が交差した。

 そして、彼女は――。



「ええ、そうね。全く……邪魔なことをしてくれましたわね、小娘」


 

 ――乗ってきたッ!!



「な、何故そのようなことを!? わざわざそんなことをしなくても、魔王軍幹部のお前なら――」

「ええ、そうですわね 『聖剣』の。わたくしなら、貴方もそちらの新人の勇者さんも、わたくしの力ならば容易く森の虫の餌にしてやれますわ。……いえ、我々魔王軍が総力を尽くせば、人類連合の王の半分と、勇者の4分の3は狩れる」

「……ッ!!」

「でも、そんなことをすると魔王軍とてただでは済まない。わたくしも死ぬかもしれません。……ですので、ちょっと引っ掻き回してあげようと思いましたの。――勇者の実兄が化け物になった。一大スキャンダルですわよねぇ? 勇者の存在を疎ましく思う軍人辺りには、良い火種になる。……と思ったんですが、とんだ邪魔が入ってしまいましたわね」




 エルプラダはそう言って肩をすくめると、羽根を僅かに動かしただけで、空に浮かんだ。

 どう考えても少女一人を浮かすことのできるほどの揚力が得られるとは思えないが……まあそんなん異世界ファンタジーで気にしたら負けだ。



「まあでも、これはこれで面白そうな結果になったんだから良しとしますわ」

「待て!! 逃げるのか!?」

「……逃げる? あらあら、下らないことを言いますわね」



 青一の言葉に、エルプラダは口の端を持ち上げるようにして笑うと。



「ここにいる貴方達に、わたくしの相手が務まると?」



 ――ズゥっと、彼女がそう言っただけで、まるで周囲の重力が増したかのように空気が重くなる。



「……このッ!!」

『青一、ダメ。今の私達じゃ……勝てない』



 『聖剣』の言葉に青一は歯噛みするが、しかしそれが正しいだろう。

 エルプラダは……恐らく俺達とは格が違う。

 そう感じるだけのものが、ある。



「そうよ、それに貴方にやる気はあっても……そちらの新人さんには荷が重いんじゃない?」



 と言われて視線を向ければ、翠はカタカタと体を震わせていた。

 額を流れる汗は、身体の熱さによるものだけではないだろう。



「別にビビってません!! こ、これは……全身でバイブスを上げているだけです!! 調子はどうだい!? FOOOOO!!」

「……ごめんなさい。ちょっと何を言っているか分からないわ」



 でしょうね。

 翠ちゃんも『いっけね。滑った』みたいな顔をしていた。

 しかし、エルプラダはそれ以上の興味はないようだった。



「さて、それでは、わたくしはお暇するわ。ここにいる意味はないし、ね。……ところで、『聖剣』の。有九郎あるくろうは元気かしら?」



 ふわりと飛んで、門の前に浮かぶエルプラダはそう言って青一に視線を向けた。

 青一は少し逡巡していたが、ややあって答えた。



「……印尾しるしおさんなら、半年前に会ったきりだが元気にされていた。それがどうした?」

「そう、じゃあ次に会ったときにでも伝えておいて。、って」



 それだけ言い残すと、エルプラダは門の中に這入っていった。

 彼女は最後に少しだけ、気がしたが、気のせいかもしれなかった。

 彼女が門の中に完全に入り切ってしまうと、その門は一人でに締まり――やがて何もなかったかのように門自体が消えた。



「……帰った、のか?」



 そう呟くと、青一は大きく息を吐いてへたり込んだ。



「あ、アレが……魔王軍幹部か。初めて会ったよ。翠さんは何ともない?」

「え、ええ。――ハッ! それよりもお兄ちゃん!! イユさん!! 大丈夫ですか!?」



 慌てた様子で翠が俺達の元に駆け寄り、それを見た青一もこちらにハッとした様子で駆けてきた。



「ああ、俺は大丈夫だ。怪我はしたけど、大したことはないよ。イユさんは、身体に何か変わったことはありませんか?」

「え、えっと。……そもそも怪我が多くて」



 イユさんは、俺の言葉に戸惑いながら応える。

 これでいいのかと、悩んでいるようだ。



「まあ、あとのことは追い追い考えましょう。今はイユさんも俺も休まないと」

「そう……ですね」



 口調も悩んでいたようだったが、イユさんはとりあえず標準語に治したようだった。

 まあ青一や翠の前だからな。


 まあでも……良かった。

 とりあえずは、これで……何とか……一件落着か。


 そう思っていると、俺の頭が持ち上がらなくなり、抱き抱えているイユさんの肩に頭が寄りかかる。



「と、桃吾……様? あの、顔が近いんですけど……」


 ああ、ごめん。

 分かってる。

 分かってるけど。

 安心したら……すげえ眠ィ……。



 瞼が重くなり、俺の視界がドンドン暗くなっていく。



「お兄ちゃん!?」

「桃吾様!?」

「桃吾さん――」



 耳元で何か叫んでいるような気がしたが、俺の意識は暗闇の中に引かれていって――やがて何も感じなくなり、俺自身の意識も消えていった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る