第10話

ナザリック地下大墳墓 第七層


 煉獄の炎に包まれたフィールドの奥。ゴシック様式の荘厳な館の一室で、一体のアーチデビルが各所からの報告をまとめていた。上質だがどこか道化めいたオレンジ色のスーツを着込み、メガネでその宝石の瞳を隠す悪魔、デミウルゴスである。


「第一層から第二層までで二五一名。第三層はシャルティアの献身もあり二八二名。第四層はガルガンチュアの爆死に巻き込むことで一二八名。第五層は初となる環境ダメージと階層の戦力の奇襲とコキュートス自らの囮によって二七〇名。第六層はたっち・みー様が敵主力三九名を引き抜き一騎打ちに持ち込み、アウラ達のゲリラ戦で一二六名。ここまでで一〇九六名ですか」


 デミウルゴスは、立ち上がると窓の外に視線を送る。


 侵入者がこのフロアに突入してから、それなりの時間が経過しているが未だにこの館に近づいてくる気配はない。

 

「どう思うかね? アルベド」

「(直接ではないにしろ、間接的に階層間ゲートの位置を割り出すスキル保有者がいる可能性が高いわね。でも、デミウルゴスも気が付いていた事ではないのかしら?)」

「なに。ウルベルト様もおっしゃっていたが、共通認識というのは大事なものだと私は考えているのだよ」


 デミウルゴスは、窓際に立ちながらメッセージでアルベドと会話する。


 デミウルゴスは各所から挙げられる報告から、侵入者の動きというものを分析していた。特に着目したのは、戦闘が発生した場所と時間。そして被害状況である。


 第五層における親友とも言えるコキュートスの身を呈した囮は一定以上の効果があったと評価している。対して第六層のアウラとマーレが守護するジャングル地帯だが、最終的には至高の御方の作戦で追撃があったとはいえ、層での死亡者数が一気に減ったのだ。なにより他の層より短時間で次の層へのゲートが発見されている。


――運良くゲートが見つかった


 楽観的な者や考えない者はそのように捉えるだろう。


 しかしデミウルゴスは偶然という思考停止的解釈を許容しない。もし偶然があるのならば、自分が把握できていない要素による必然が突然結果として現れたに過ぎないのだから。ゆえに第六層を被害を最小限に、早期突破したことを偶然と捉えず、何らかのスキルないし魔法が原因であると判断した。加えて、第七層に入ってからも無駄は多いながらも、ゲートに近づいている侵入者たちは、見た目や罠の数などに騙されていないことは明白であった。


「(では、防衛時における指揮官であるデミウルゴスは、どのように対処するのかしら)」

「私が三魔将を率いて、対象候補となる侵入者を殲滅しましょう。私はあなた達のように特化した戦闘能力をいただいておりません。しかし」

「(そうね。貴方の智謀を支える多彩なスキルや魔法は、私達の上を行くわね)」

「故に、隠れた能力者を暴き出すのは最適でしょう」


 そういうと、ゆっくりと窓際から離れ、廊下へと続く扉を開ける。そこには、すでに事情を察していたのだろう、三魔将が武装を整え、直立不動の姿で待機していた。


 デミウルゴスは満足そうに一つうなずくと、館の出入り口に向かって颯爽と歩き出す。そして三魔将も付き従う。

 

「(あら、貴方に倒れられては困ってしまうわ)」


 アルベドはまるでおどけたような感想を言う。もちろんデミウルゴスもアルベドの言葉を額面通りに受け取ることはない。


「ゲート前の紅蓮と私達で挟撃すれば、目標を暴き出し殺し尽くした上で二〇〇は削ることができます。残るは目と耳を失った烏合の衆、八層の荒野を迷いヴィクティムの罠にかかればそれこそ終わりでしょう」


 そう。


 デミウルゴスの中では、すでにこの戦いは終焉に向かって収束しているのだ。いわば、自分はその収束を決定づける一手を討つ。その後たとえ滅ぼされようとも、ナザリックは勝ち残る。たとえアルベドがどのように考えていても、次の層で侵入者は死ぬ運命にある。


「(あら、私達とて第八層の情報は、ほとんど開示されていないわ。それではあなたの嫌いな偶然を期待することになるのではなくって?)」


 そもそも第八層の守護者ヴィクティムは基本動き回らない。メッセージでやり取りしたことはあるが、所属NPCの少なさからNPC達にとっては八層は謎のフロアともいえたのだ。アルベドはわざとらしくその事実をデミウルゴスに告げる。


「愚問だよアルベド」


 デミウルゴスはそう言いながら館の扉を開け放つ。


 そこには灼熱の業火が、大地を焼き尽くす世界が広がっており、その熱はデミウルゴスの頬を撫でる。


創造主を信じなさい。至高の御方々は六層の援軍でその実力の片鱗をお見せ下さった。ならば、問題はないのだよ」


 そういうとデミウルゴスは、移動を開始する。


 アルベドは玉座の間で返されることがなくなったメッセージを思い出しながら、最後とばかりに言葉を紡ぐ。


「それが貴方の評価なのね」



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