第9話

 コキュートスは、上腕には炎属性のハルバートと風・雷属性の刀。下腕には神聖属性の小太刀と、闇・死霊属性のマインゴーシュを持ち、ゆっくりと構えを取る。周りではフロスト・フラウが十体にフロスト・ウルフが十八体展開を始める。


 こちらの展開が終わる頃、ブリザードの向こう側で建物を捕捉した侵入者達をコキュートスの感覚器官が捉える。


「私ノ初撃ニ合ワセヨ。後ハ各自ノ判断デ殲滅セヨ」


 コキュートスは短く指示を出す。


 よく見れば侵入者たちは、敵感知でこのあたりにエネミーがいることを認識しているようだが、ブリザードのため視界が確保できず、コキュートスの背後にある巨大な建物を目指して動いてきたようだ。


「構造物の近くにエネミーの反応だ。警戒しろ!」

「お? ガーディアンがいるってことは、次の階層への入り口であたりか?」


 斥候役らしきプレイヤーが警戒の声を上げるも、続く軽戦士らしき男が軽口を叩く。もちろん軽戦士が悪いわけではない。視界がきかない中、黙々と移動することは精神的にも疲れる。さらに常に周りにはエネミーの反応があり、スキを見せればブリザードに乗じて襲撃され続けているのだ。すでに疲れるを通して苦痛の領域に踏み込んでいる。だからこそ、気分を少しでも和らげるために、軽戦士は軽口を叩いたのだ。


 しかし、間が悪かった。


 軽戦士が喋り、斥候が意識を後方の仲間に向けた瞬間。


 斥候は不意打ちで四連撃を受けてしまった。


「なっ」


 もちろん、襲撃されるのは慣れている。斥候はまず相手を視認し、把握することに務めた。


・敵感知で先程まで結構な距離があったが、それを一瞬で詰めるスキルを持った存在

・鎧などは見当たらず見るからに昆虫系外骨格。蟲王と予想。

・四本の腕にはそれぞれ違う武器を持っている。たぶん先程の瞬間四連撃はコレ

・問題は自分の弱点属性である炎攻撃が含まれている

 

「こいつ複数属性の四連撃を使うぞ。しかも距離を詰めるスキル持ちだ」


 斥候は素早くショートソードを抜きながら叫ぶ。しかし、後方からの返事は了解の声ではなく、別の叫び声だった。


「ウルフ五。いや七」

「遠距離魔法。四」


 眼の前の蟲王の攻撃と同時に、フロストウルフと遠距離攻撃ができる敵が一斉攻撃をはじめたということがわかった。同時にパーティーのリーダーから指示が飛ぶ。


「軽戦士と斥候は二人でそのデカブツを抑えろ。おれはウルフを狙う。銃士は援護、魔術組は支援」

「こっちだ、デカブツ!」


 指示に合わせてパーティーが動き出す。軽戦士は避けタンクとしての挑発などヘイト管理系スキルを発動する。それに釣られるようにコキュートスも、軽戦士に向かって、上腕の武器を使い二連撃を打ち込む。


 もちろん軽戦士はそのスキルを十全に発動し、コキュートスの攻撃を素早く左側に回り込みながら躱す。そしてコキュートスのがら空きの左脇に向けて、無属性だが耐性突破と刺突ダメージ向上に特化したエストックを突き立てる。さらにその動きに合わせて斥候は右側に回り込み、右腰に向けてショートソードを突き立てる。いわば疑似二連撃。この二人がパーティーを組むようになって、定番となった初撃のパターンである。


 しかし攻撃が通ると考え、いつも通り次の攻撃につなげるためのスキルを準備していた二人は、ありえないものを目にすることになる。


 なんとコキュートスはエストックとショートソードの突きという、受けにくい事この上ない攻撃を、まるでなんでもないもののように、下腕の武器で受け止めたのだ。それこそ、武器の角度がわずかでもずれれば、武器は滑り、狙った位置ではないとはいえ刺突を受けてしまう攻撃を、寸分の狂いも無く防御してみせたのだ。


 しかも、コキュートスの動きはそこで止まらない。


 先程左右の上段から振り下ろした上腕の武器を、その異形の腕力でたやすく引き戻し、左右にいる相手に対して下段からの斬撃につなげたのだ。


 侵入者の二人は、次の攻撃に行くための準備をしていたため、不意打ちとなった攻撃を避けること無く受けてしまい、大きく弾き飛ばされる。


 たしかに蟲王の視界は通常より広く左右であっても、正確には背後であっても知覚できる。そしてその腕の可動域は人間のそれ以上の広さを持つ。そんな存在が十全に四本の武器を振り回すのだ。


「おいおい。こいつどんだけ高度なAI積んでやがるんだ」


 軽戦士が素早く体制を立て直しながら愚痴る。


 なにより、先程の攻撃のあと、まるで狙いすましたようにコキュートスは吹き飛んだ斥候の脇に移動し、立ち上がる前に背中からハルバートと刀で切りつけ、その質量でまるでバウンドするように浮いた体に、下腕の小太刀とマインゴーシュが最短距離で突き刺さる。


「アンカーハウル」


 軽戦士がヘイト上げのスキルを立ち上げると、再度正面から攻撃を繰り出す。


 普通であれば、これでコキュートスのヘイトは軽戦士に向く。

 

 いや、コキュートスもしっかり軽戦士に意識を向けていた。だが、次の行動はプレイヤー達には予想できないものであった。


「えっ」


 コキュートスは軽戦士に対し、先程まで攻撃を加えていた斥候をまるでボールのように蹴り上げ、ぶつけてきたのだ。もちろんフレンドリーファイアが無いユグドラシルである。蹴りダメージを食らった斥候はいざしらず、飛んできた斥候の体にぶつかっても軽戦士にダメージがはいることはない。


 しかし軽戦士は何を思ったのか、不意に飛んできた味方を受け止めるような動きをしてしまった。


 これはフルダイブ型のゲームではよく見られる行動である。たとえゲームとわかっていてもとっさの動きはリアルのものに近いものとなってしまう。たとえば、友人が飛んでくれば、受け止めようとするか、躱そうとするかの二択である。


 そして軽戦士は斥候を受け止めた。


 ダメージも入らなければ、体勢を崩すこともない。しかし、つい受け止めるために、手にした武器は落とし、なによる受け止めた相手は中途半端な姿勢となっていた。


 それが悪かった。


 縮地で距離を詰めたコキュートスは、十分に狙いすまし軽戦士の首にハルバートと刀を叩き込む。急所攻撃を受けた軽戦士は大きくのけぞり、後ろにたたらを踏みそうになるが突然腰から下の動きがとまる。


――影縫い/修羅


 コキュートスは狙いすましたように、影縫いのスキルで軽戦士の足を拘束。姿勢が崩れ、斥候を支えきれず落としてしまった軽戦士のがら空きの左脇の下に小太刀を、右脇腹にマインゴーシュを修羅で攻撃力をUPさせて突き立てたのだった。


 この時初めて軽戦士は自分がどれほどの敵に相対したのか理解した。


 普通レベル一〇〇にもなれば、通常攻撃を十回以上を受けても死にはしない。


 しかしプレイヤー VS プレイヤーの場合はその限りではない。


 急所攻撃。鎧の隙間、種族の弱点、武器の種類。様々に設定された条件をかいくぐり打ち込む至高の一撃。その場合、数発受けただけでHP全損するダメージとなることもある。


 気が付けば軽戦士のHPバーはレッドゾーンに突入していた。通常のNPCと侮って数発受けてもたかが知れているとみなし、HP管理をおろそかにしていた。


 結果がこれである。


 そして、軽戦士の視界に最後に映ったものは、コキュートスが刀を大きく振りかぶる姿であった。







 

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