第3話

 ナザリック地下大墳墓 第六層 巨大樹


 一部のギルメンは世界樹などと呼ぶこともある迷宮を内包する巨大な樹。


 今日その一室に、アインズ・ウール・ゴウンに所属する三人の女性プレイヤーが集まっていた。


「やっぱ人間型に変えてよかった~。服とかオシャレなの着れるし」


 NPCのペストーニャ・S・ワンコを前に、創造主である餡ころもっちもちが自画自賛する。


「あんちゃん。前までまんま犬だったよね」

「たしかあんちゃんが昔飼ってた犬に似せてだっけ? かわいかったと思うけどなんで変えたの?」


 餡ころもっちもちの言葉に続くように、ピンクの肉棒のようなねん粘体のアバターを持つぶくぶく茶釜と、半魔巨人のやまいこが続ける。


「九層所属NPCの役割決めようぜってホワイトブリムさんがみんなをあつめて、ぺスがメイド長になった。やまちゃんは欠席だったけど」

「まんま犬キャラをメイド長に押す男性陣の思考回路がおかしい件について」

「まあ、いつものノリで決まったとおもうよ? やまちゃん」


 九層所属のNPCは存外多い。


 たっち・みーのセバス・チャンや、戦闘メイドと分類されるやまいこのユリ・アルファなど。中には豪華な九層の外観に合わせるため、低レベルのNPCメイドも多数存在する。その中で当時二足歩行とはいえ完全な犬の姿であったぺスがメイド長と決定された。


 誰もが、途中でネタに走っているオーラを感じていたが、ストッパーのモモンガがその時参加しておらず、みんなが決めたなら従うと普段生真面目なたっち・みーが静観にまわってしまったため、結果的にぺスがメイド長となった。ちなみに同じくレベル一のイワトビペンギン姿のエクレア・エクレール・エイクレアーが執事助手であるあたり業が深い。


「で、どうせ決まったならメイド服を着せたいな~って思って、みんなに手伝ってもらって人型にしてもらいました。ただベースがホムンクルスだから、中身は触手やら怪しいとこるあるけど見た目は人体」

「じゃあ、その気合が入りすぎてどう見てもプロの仕事ですごめんなさいって感じのメイド服も?」

「うん! ホワイトブリムさんの新作~」

「へ~」

「いいな~」

 

 うれしそうにペストーニャ・S・ワンコを見せる餡ころもっちもちを見て、ぶくぶく茶釜はアウラ・ベラ・フィオーラを。やまいこはユリ・アルファをそれぞれ呼び出す。


「じゃあ、三人でメイド服~とか、服交換とかもできるんだ」

「小柄なアウラの服も、データ補正で長身なユリに着せることができるから、この辺デジタルって楽だよね」

「まあ、リアルじゃあちょいとこんな感じにはできないけどね」

「この辺はゲームの楽しみだよね」


 そんな風に三人は、いろんな服を取り出しコーディネートするようにNPCの着せ替えをしつつ、楽しそうに話をつづけ夜が更けていくのだった。


******


「じゃあ、そろそろあがるね」

「あっ 私も」


 リアルの時間で〇時。十二分に遅い時間だが一人、また一人とログアウトの準備をはじめる。


「あれNPCってこのままでいいんだっけ?」

「拠点設定してあれば、自動的にそこを中心にランダムで動くから。ギルド内ならしばらくすれば、どこからでも自分の持ち場にかえるよ~」

「へ~。でもなんでかぜっち知ってるの?」


 ふとした疑問を餡ころもっちもちが口にする。それに何でもないことのように、ぶくぶく茶釜は答える。


「この間第二層に放置した時、気が付いたらここに戻ってたから。で、AIに詳しそうなへろへろさんに聞いたら、そう初期設定がされてるんだって」

「とてとて歩きながら九層に帰るのかな?」

「ぺスもユリも九層だから、並んで歩いて帰る……案外かわいいかも」 


 NPCの拠点設定。加えてランダム行動の許可をあたえることで、NPCは拠点を中心にランダムに動き回る。これは防衛NPCが巡回するようなプログラムの初期設定である。そしてこの機能は何らかの理由で拠点から大きく離れた場所にNPCを放置されると、もとの拠点に戻るため移動を開始する。そんなロジックとなっているのだ。


 今の場合ではぺスとユリが二人、ゆっくりとおしゃべりしながら九層に帰るシーンが、女性陣の頭の中で再生された。


「おっと。じゃあこんな時間だし落ちるね~」

「わたしも。おつかれさま」

「おつかれさま」


 そして三人がログアウトしてしばらくすると、残された三つの影が動き出す。


「う~ん。せっかくだからユリもぺスもゆっくりしていく?」

「アーちゃんお願いできる?」

「私もお願いします……わん」


 アウラ・ベラ・フィオーラがひらひらのメイド服の裾を翻しながら声をかけ、ユリ・アルファとペストーニャ・S・ワンコが答える。


 アウラは併設されたキッチンから、適当な銘柄の紅茶のセットとクッキーを盛った皿を取り出す。この辺のモノは、本来料理スキルで一から作ることもできるが、アウラには料理スキルを持つ余裕はなかった。そのため、定期的に九層の食堂から補充される完成したものを保存棚に保管し、取り出しているのだった。


 それでも、ナザリックで準備される料理はどれもおいしい。


 料理長達の腕もあるが、食堂には数多の高級料理器具が配置され図書館には著作権の切れたレシピ本などもあり、それが相まって質の高い料理となっている。


「ぺスも人型になったんだね~」

「はい。やはりこの体の構造は便利ですね。至高の御方々に感謝しなくては……わん」

「でも、その語尾はつづけるのね」


 アウラは紅茶を配り、クッキーを盛った皿を真ん中に置き適当なクッションに座る。ぺスやユリも、アウラが座るのをまってから、ゆっくりと紅茶のカップを手に取る。


「体が変わるというのは、存外不思議な感覚ではありましたが、餡ころもっちもち様が喜んでいただけたのであれば、それに勝る幸せはありません。それに衣装を交換したり着せ替えするあなた達を見ていて、少しうらやましかったのもありますね……わん」


 ぺスはもともと普通の犬が二足歩行するような姿をしていた。もちろん創造主である餡ころもっちもちの設定したことなのだから不満は無かった。


 しかし創造主たちの女子会の時、こんな風にアウラやユリもいっしょにあつまると、二人を着せ替えたり、ポーズを取らせてかわいがったりという姿を見ていて、少しうらやましいとも感じていたのだった。


「それをいったら、前の姿の貴方は、至高の御方々によく抱き上げられて頭を撫でられてたではないですか。そんなことを許されているのは、実質あなたとエクレアだけよ」

「ユリの言う通り! 私もぶくぶく茶釜様に抱き上げられて、頭を撫でられたい!」

「まあまあ」


 ユリとアウラが言う通り、完全な犬の姿だったぺスは、創造主である餡ころもっちもちはもとより、女性陣二人だけでなく、他のプレイヤーからも良く頭を撫でられたり、抱き上げられたりしていた。もちろんプレイヤーは抱き上げたからといって、モフモフの触覚を楽しめるわけではないのだが、やはり見た目の印象が強く、すこし幸せな気分となる。そのため、ギルメンの中でぺスは人気だった。


 もっとも今回の人化は、その場のノリでみんなが賛成していたが、一部モフり愛好家は残念に思っていたのは知られざる事実だ。


「でも、アーちゃんが着てるぺスのメイド服……すごいわよね」

「さすがは至高の方の一点ものね」

「首回りの金の刺繍とか見たことないデザインですから、完全新作なのでしょうね」

「でもこれで掃除とか大変そうだね」

「まあ、そのためのエプロンなのですが、それにつかわれるレースもまるで芸術品のようなデザインなので、なかなかに大変です」


 今はアウラが来ているぺスのメイド服を見ながら口々に感想を言うなどとりとめのない話が続く。


 気が付けば紅茶もすすみ、クッキーもなくなっていた。


「じゃあ、そろそろ持ち場にもどるわね」

「そうね」

「ああ、じゃあ服返さないと」


 そういうとアウラはおもむろに脱ぎだす。全員が服をシャッフルしている状態なのだから、当たり前の事。なによりぺスとユリも同じように服を脱ぎ、誰にも見せることもないあられもない姿をさらしている。

 

「はいぺス。どうせ戻ったら洗濯するだろうけど」

「まあ、予備の服はありませんし、別に私たちの間で服の交換が嫌ということはありませんよ」

「なんだかんだと、私とアーちゃんは何十回もやってるしね」


 それぞれが自分の服を着ながらそんなことを話す。


ーーこれが彼女達の日常であった


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