第2話

第二話


 アルベドは身じろぎする事無く、叫ぶ事無く、時が経つのを静かに待っていた。


 玉座の間。


 ナザリック地下大墳墓の最奥、ワールドアイテムでもある玉座の右脇。


 この場こそがアルベドにとってあるべき場であり、アルベドの知る世界であった。なぜなら、ここ以外の場所に出た記憶は一度だけ。この場以外の場所があると知識はある。しかし実感するには事例が少なすぎた。


 そんなアルベドは守護者統括という立場を至高の御方、創造主より与えられている。しかし待遇という面では、同格の他守護者達とは比べ物にならないほど酷いものであった。他の守護者はそれぞれ館であったり、世界樹や迷宮に併設されたプライベートフロアであったりと、生活に即した様々な部屋を与えられていた。またアルベドの姉妹とも言える者たちも、プライベートフロアが与えられていた。もっとも、末の妹は未だ創造主であるタブラ・スマラグディナの調整中のため顕現に至っていないので例外といえるかもしれない。


 その意味では、ほとんどNPC達はプライベートスペースを与えられている中、それを持たぬアルベドは自身をどう認識しているか。


 結論は、気にもしていない。


 なぜならば、アルベドが生み出され最初に設定された命令は、


――玉座の右脇に立つ事


――万が一、敵が玉座の間に侵入した場合、排除行動を取る事


 この二つであり、今も設定されている行動指針AIはこれだけ。そもそもアルベドにとって世界とは、ナザリック地下大墳墓の奥深く、玉座の間が全てなのだ。


 そんなアルベドの創造主であるタブラ・スマラグディナは、ギルメンからも設定魔として知られていた。そんな彼がアルベドに私生活を意味するようなモノを与えなかったのは、アルベドに対しては別の考えを持っていたからにほかならない。


ナザリックの防衛という観点では、罠部屋込みで生み出したアルベドの姉にあたるニグレドと、今頭を悩ましている第八層に配置予定の末の妹が当たるものと考えていた。


 そしてその認識は間違ったものではない。


 ギルドダンジョンの最奥。玉座の魔に突入されている時点でギルド防衛は失敗なのだから。なんとかギルド武器を防衛できれば、再起をはかることもできるだろう。その場合、最後の時間稼ぎを行うのが防御に特化したアルベドの役目である。もちろんそんなことを設定に書くものではない。タブラ・スマラグディナにとって遅滞防衛を主眼としたスキル構成とAIが完成したアルベドは、すでにナザリックにおける役目としては完成しているのだ。


 ではタブラ・スマラグディナにとってのアルベドの価値とは?


――設定をアレコレ考えるための最高の題材でありキャンパス


「ふむ」


 今日も今日とて、タブラ・スマラグディナは設定の出来を見ながら小首をかしげ、アルベドの設定を書いては消してを繰り返していた。 


 タブラ・スマラグディナは後衛職であり錬金術を軸とする生産職でもある。生産には大量の素材が必要とする。もちろんギルメンは素材集めを手伝ってくれるが、やはりその多くは自分で集めることになる。その単調な作業を長続きさせる秘訣として、タブラ・スマラグディナが決めたのは「無理のない数を定期的に」である。そして手が空くと、今日のようにアルベドの設定を見直しては書き直すことを繰り返していた。

  

 彼にとって、アルベドは魅力的な題材だ。騒々しくも楽しい仲間と作り上げたナザリック地下大墳墓。その守護者統括という位置付けの美女。ペロロンチーノのように自分の担当したNPCを嫁と公言するような感覚ではないが、少なくとも作品として愛着を持っている。だからこそ、設定として登録可能な文字を一文字たりとも無駄にせぬように、書きなぐり、見直してはさらに書き直すことを繰り返していた。


「さて錬金術用語からアルベドと名付け、外見も関連付けた。姉妹との関連性で名前を作ったが、設定にもなにか盛り込むべきか? いや名は体を表すという。故事に倣うならば、意味付けを持たせるべきだろう」


 タブラ・スマラグディナは、手を顎の下におき考えこむ。


 もしこの場に第三者がいれば、巨大な蛸を頭から被り、水死体のような目と体、そして締め上げるような革鎧、そんなブレインイーターの姿は、まるで捕食するための前動作にしか見えないだろう。


 そんな状態でも、アルベドの見る目は変らない。


「しかし、どこまで表すべきか」


 タブラ・スマラグディナは設定ツールを起動しキーボードを呼び出す。


 アルベドは、動けぬまま、声を出せぬまま、ただ目の前にある姿を受け入れる。

 

「そう考えると、昨日追加したニグレドとの関係性は邪魔だな。アルベドという名はヘルメス主義における意識変容の段階を表す。しかし大いなる御業の観点からは物質面での意味、月、銀、復活か」


 タブラ・スマラグディナはそう言いながら、アルベドの設定からニグレドの記述を消し去る。


 その瞬間、アルベドにとってニグレドは他人となる。アルベドという個において、ナザリックでも比較的親しい存在が削り取られる。


 苦痛は伴わない。


 アルベドは、ただあるがままに受け入れる。


 それが、アルベドにとっての日常だからだ。


 いままでの自分を支えた記憶が削りとられる。例えば消えたそこに大切なものがあったかもしれない。好ましいものがあったかもしれない。おぞましいものがあったかもしれない。しかし、アルベドは等しく忘れていく。


 ゆえにアルベドという存在は、記憶というものに価値を見出していない。個を示すプライベートにかかわるのものに価値を見出していない。


 アルベドの設定に書かれた最初の一文


――彼女はナザリック地下大墳墓守護者統括という最高位たる地位につく悪魔であり、艶やかで長い漆黒の髪と黄金の瞳を持つ傾国の美女である


 幾度も削り取られる記憶の中、唯一最初に書かれた時から変わらぬ一文


 ナザリック地下大墳墓における守護者統括という職務。


 それが全てにおいて優先する事項。


 設定に幼き時の楽しい思い出が書かれたことがあった。家族と過ごした幸せなエピソードが書かれた時があった。その一つ一つは綺麗な記憶だったかもしれない。


 今後、仲間との関係性について書かれるかもしれない。出生について書かれるかもしれない。


 だが、アルベドにとっては等しく価値のない事。なぜなら、一瞬で書き換えられる記憶や過去など等しく無価値なのだから。


 だから、今日もアルベドはタブラ・スマラグディナの設定改変を受け入れる。いつか、最後となる日を、存在する意味が書き込まれる日を待ちながら。



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