十九.神の名は

「なんや、気が乗らんと」

 翼のついたキュリアを前に、ジーナがぼやいた。

「まだうちの子を信用してくれへんの?」

 ミーナが抱きついて迫ると、バツの悪そうな顔になった。。

「いや、ミーナの腕は信じとっと。信じられへんのはエイチの理屈や!」

 こっちを睨んできた。

「何度聞いてん、なして真っ平らな板より、これがようけ飛ぶんか分からんと!」


 マロック島は、次の次にいちを開くパンチャ国のテクワットに近付いている。

 ここは島の舳先に当たる所。やや雲は多いが晴れ。風は穏やかな滑空日和だ。

 ミーナが乗っての滑空実験は成功し、官房長様は他の神装鳥にも取り付ける事を指示してきた。そろそろキュリアの正規の乗り手であるジーナに飛んでもらわないと、以後の訓練も進まないんだけど。


 この翼の断面は、涙滴を横倒しにして引き延ばして片側を平らにしたような、そんな形をしている。飛行機に興味がある人なら多分よく知っている形なんだけど、説明するのは難しい。

 たぶん初めて見た人が思うだろうとは反対に、膨らんだ方のカーブの辺りで揚力が発生するんだけど、どうしてって言われると俺もちゃんとした説明は難しいし、ましてジーナにその話をしても納得してもらえるとは思えない。


 俺は、今朝考えた説得法を試すことにした。

「俺は信じなくてもいい。だが俺達タマルカの民の風神様が授けてくださった滑空の翼、軽んじると天罰が下るぞ」

「う」

 ジーナが俯いて上目で俺を睨む。

「神様にはお詫びする。なんてお名前やった?」

「ベルヌーイ様だ」

 適当な名前をつけると次に聞かれたときに忘れていそうだから、浮力の原理を発見した科学者の名前を使わせてもらった。後悔はしていない。

「分かった」

 彼女は両手をお腹の前で重ねて、頭を垂れ、お詫びの言葉を呟く。

 信心深い彼女には効くと思ったが、ちょっと効きすぎたかもしれない。すまん。そこはちょっと後悔した。

「しゃーない、乗るわ」

 やっとジーナが文字通り乗り気になってくれた、その時だ。


 角笛が山の頂から鳴り響いた。それが途切れ、短い音が三度。

「なんだっけ」

「覚えが悪かね! 進路に異変!」

 怒りながら振り向くジーナ。

 海の向こうに広がる陸地。海岸に広がる赤いレンガの街並みから、煙が上がっていた。火事か?

「空賊や!」

 ジーナは細めた目の上に手をかざしていた。彼女は三人の中では、ダントツに視力が良い。

「奴らの飛行船が二隻おると!」

「て事は、人型も二機いるな!」

 合体機の二機目はまだできていない。それでも俺達は、出る気になっていた。

 こういう時には、お伺いを立てずに出動する事が許されている

「ミーナ、官房長と隊長に伝えてくれ。ゲスオーガは、テクワット救援に向かう!」

「承知や!」



 俺たちは合体を済ませて島を出た。しかしその速度はイライラするほど遅い。滑空の早さを体験したらなおさらだ。それどころかゲスオーガの状態だと、主翼が下を向いているから、かえって空気抵抗が増している。しかし海の上では、スタンも走れない。

「ジーナ、これできるか?」

 俺は想像を形にして見てもらった。

「うーん、やってみる!」

「じゃ、いくぜ!」

 俺は愛機スタンに意識を集中した。キュリアと結合したままで、折り曲げていた胴を伸ばし、足を後ろに伸ばす。

 ジーナも、キュリアの胴を後ろに伸ばし、腕でスタンの足を抱える。これで二人の乗る鞍が前に出て、機体の中央に翼が広がる、滑空機の姿になった。

「よっし! 頭下げて、浮力を少し減らせ!」

「分かっとっとよ!」

 ほどなく、ゲスオーガは高度を下げつつ速度を上げ始めた。


(風神ベルヌーイよ、私をお許しください。そしてどうか、我らに速さを授けてください!)


 ジーナの祈りが伝わってくる。とりあえず罪悪心はしまっておいて、俺もベルヌーイに祈った。自分ででっち上げたような神だが、そんな神にでも祈りたくなる、そんな時もある。

 その祈りが聞いたかは分からないが、ゲスオーガは上昇と下降を繰り返して速度を上げていく。顔に当たる風が強くなり、耳元で唸り声を上げる。もう声での会話は難しいので、繋がった意識で語り掛ける。

(どうだ、ベルヌーイ様の翼は?)

(うん。いい!)

 ジーナの思考が弾んだ。

 やったぜ。


 なんて言ってる場合じゃない。

 風に乗り、ゲスオーガはぐんぐん街に近づいていた。

 空賊の飛行船は市街地の向こうに下がり、港の倉庫近くで人型二機が暴れていた。どちらも盾とメイスを持っている。

 二機が降りたのはそれより少し離れた広場らしく、ここまでの道のりを示すように市街が破壊され、幾つかの建物から火が出ていた。

 逃げ惑う人、血を流して倒れている人も見えてきた。あるいは、崩れた建物の下から流れ出る血も。


 ジーナの真っ赤な怒りが俺に流れ込んできた。俺も全く異論なしだ。

 今度こそ、二人で声を揃えて叫ぶ。

「「こんくそがあっ!」」

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異世界双子合体ゲスオーガ(タイトル詐欺) 和邇田ミロー @wanitami

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