七.最後の晩餐(当面)

 俺とジーナ、そして合流したミーナは、ナドレ様の施薬院に戻った。

 止めるのを聞かずに飛び出したんで、彼女は怒っていた。いたけど、ちゃんと診察してくれて、三人が話しやすいようにと席を外してくれた。

「ごめん。いや、ありがとう」

 俺は頭を下げた。

「正直、今何とかしろと言われてもどうにもならないのは確かだ」

「知っとーよ。財布、軽かったけんね」

 うるせえよ。ほっといてくれよ。

「でも、借金を二人に負わせる、それも六年も。絶対できねえよ。何でそこまでするんだよ?」

「うちの命の恩人やから」

 ジーナが言い、

「ジーナの命の恩人やから」

 ミーナが言った。

 二人とも、真剣だった。

「いやいやいや! とっさに飛び込んだだけだった。絶対死ぬと分かってたら飛び込んでなかったかもしれないし……」

「それでも」

 ジーナが遮った。

「命を賭けてうちを助けてくれた人、初めてやったから」

「うちもや」

 二人の真剣な眼差しに、俺は何も言えなくなる。

 どういう事情があって今の二人になったのかは分からないが、平和な育ち方をした訳じゃない事は確かだ。


 そこからの話は、堂々巡りだった。

 俺としては何とか働いて借金を自力で返したいのだが、俺の(っていうかアルスの)神装馬は壊れているらしい。その修理代も必要だ。

 ジーナは自分が全部持つと言って聞かないし、ミーナは半分持つと言って聞かない。

 どうしたものかと困惑したところに、ナドレ様が入ってきた。

「ここでお前達だけで話しても詮方ない。アルス、そなたの身元を預かるはレチェン殿なのでな」

 また新しい名前が出てきたぞ。

「レチェン様?」

「この島の官房長様」

 ミーナがささやいた。

「諸神殿以外の雑事を仕切っておられるお方や」

 へえ。

「職工、商事、衛士、芸事の組合を管轄されておられる」

 それほとんど政府のトップじゃないすか!

「明日行けば、お会い下さるとの事だ。というよりも、これは来いという事だ。行かなければ禍となろう」


 その日はそれでお開きに。

 そして晩飯にも大きめの肉が入ったスープ。ありがてえ。そして異世界の食生活も案外悪くない。そう思って食べ始めた時、ナドレ様が入ってきて声を掛けた。

「これでしばらく肉は食べられぬによって、ようく味わえ」

「そうなんですか?」

「そうだ。これはお主の身代わりとなった生贄の肉だからな」


 木の匙を持つ俺の手が止まった。

「塩漬けとしたが、この暑さだ。残る全てを今宵、施薬院の食事として振る舞っている。彼らはその肉のみならず、皮、腱、骨、羽毛、その全てが無駄にされず生かされる。我らの感謝が彼らを天上の野にいざなうであろう」


 そうか。

 これが、俺の命の代わりとなった動物たちの命。そしてジーナとミーナの人生六年分の重さか。

 俺は匙を口に運び、肉をよく噛んだ。


「おいしい」


 俺は生まれて初めて、感謝で涙を流しながら食事をした。

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