二.俺は、誰だ(×3)

 俺は天野栄一あまのえいいち

 戦闘機のパイロットになりたかった、でも現実は自転車配達のアルバイト。いや、アルバイトだった20歳。

 配送中に転落し、たぶん死んだ。



 だけどもう一つの記憶があった。


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 俺はアルス・ヴェトー。

 この世界の神装馬乗りだ。


 神装馬?

 疑問に思って記憶を探る。


 それは、神術で動く絡繰りの馬。俺はその乗り手としての適性を持っていたおかげで、しがない見張りからロジェスカ王国の兵として取り立てられた。まあ、僻地の警備兵だけどな。

 だがその僻地は、地形の関係で空島が立ち寄り、市を開く場所だった。


 空島は、文字通り空に浮かぶ島。世界に十二あり、天空諸神の神殿が立ち並んでいる。世界を回り、その産物を集める空島は、宝島でもあり、それが地上に近づいて開く市は、近隣の民が集まる祭りの場でもあった。


 ある日、空島の一つマロック島がそこで市を開く事になり、俺は警備をしていた。

 初めてこの目で見る空島。荷物を上げ下ろしし、参拝者を空島まで上げる神装鳥も初めてだった。


 だがそこにもう一つ、招かれない客がやって来た。白と黒の煙をまとってうねる、見た事もないほど巨大な空の魚。

 しかもその腹の下から、おぞましい鎧の巨人が降りてきた。

 それが棍棒を振るって暴れ出した。神装具を身にまとう騎士様は真っ先に血反吐をはいて打ち倒された。

 皆が逃げ惑う中、一騎の神装鳥が立ち向かうのが見えた。空島の衛士の中でたった一人の女の子。

 だが、神装鳥はその名に反し、上下の動きは速いが横の移動は神装馬よりずっと遅い。それが巨人に立ち向かうなんて無謀だ。

 彼女は弓を放って巨人を牽制したが、巨人はすぐに立ち直り、後退する神装鳥に迫って棍棒を振り下ろした。

 俺は神装馬スタンで飛び出し、神装鳥を突き飛ばした。後は記憶がないが、自分が棍棒の直撃コース上にいたのは間違いない。

 だから多分、俺は死んだ。


*****************************


 なんだよ。どっちにしても死んでるじゃねえか!

 いやいや。今俺、生きているから。怪我はしたけど、死ぬほどひどくはなかったようだし。どういう事だ?


「またぼーっとしとる。頭打ったんじゃなか?」

 女の子が覗き込んできた。

「……どうだろ。打ってない自信はないな。頭は痛くないけど」

「ナドレ様が治療してくれたから」

 ナドレ様ってのは聞き覚えがないけど、医者だろうな。つかここがそのナドレ様の病院か。

「で、そのナドレ様ってのは?」

「神殿に出ておられとっと」

「へえ」


 そして気が付いた。もう一つの記憶の中で俺が助けようとしたのが、この女の子だ。って事は、

「ここはマロック島?」

「そうばい」

 あっさり肯定された。空島に上るのはとても難しいというのに。


 えーとこれは、マンガやアニメでおなじみの異世界転生って言う奴? 異世界に飛ばされたってのとは違うよな。二つの記憶があるなんて、説明がつかない。

 いや、そもそもその前に、もうちっと常識的な説明があるだろう。夢だとか、ドッキリだとか、ゲーム世界に閉じ込められただとか!


 うん、ないな。

 どちらの場合も、その状況までの記憶は繋がってる。とりあえず、その日食べたものも覚えてる。夢じゃない。

 ドッキリで、二つの記憶を植え付ける事なんてできないだろう。

 フルダイブ型ゲームなんて、まだどこでも発明されていないよ!

 みんな異世界転生と同レベルにあり得ない!



 ちょっと不安になった。まず俺は、この体も俺なのか。

「あの、鏡ある?」

 女の子は怪訝な顔になった。

「カガミって?」

 俺は記憶を探って、ミスに気付いた。今、日本語でカガミって言っちまった。

 ええと、この世界で俺が使っている言葉だと……。

「違った。ラミマだ」

「ああ、大きかのはあそこにあるばってん……あ、ちっさいのもあるばい」

 彼女は大して疑いもせずに、手鏡を持ってきてくれた。

 顔の前に差し出されたそれを見る。


 俺だった。


 いや、ちょっと違うな。薄茶色い麻の服、ロングTシャツみたいな、パジャマみたいなのを着せられているのはさておいて。顔に古い傷があったり、髪の色が赤っぽかったり、髪が長めで後ろでまとめてあったりする。別人じゃないけど、俺そのものでもない。元の俺が、異世界に飛ばされたってのとは違うらしい。


 じゃあ転生なのか? でも俺の意識は、ずっとつながってた気がする。そりゃ気を失っている間は分からないけど、その間に他の人として生まれ変わって、二十年近く生きてきた間、ずっと眠り続けてきた、なんていう程の間隔があいているとは思えない。


 そうなるとあれか。異世界に住むアルスが死にかけた時、その体に俺、天野栄一の魂が入ったって事か。どれもあり得ない推測ばかりの中で、これが一番筋が通る答えだ。


「あんな」

 女の子が顔を近づけてきた。

「うちはジルナリン・エーテス・アラナデル。ジーナって呼びんしゃい。助けてくれて、ありがとー」

「あ、いや」

 ちょっとドキドキして、顔を背けた。とりあえずここでは、もう一つの人生を継続していくのがよさそうだ。

「俺はアルス・ヴェトー。アルスでいい」

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