第35話 アルベルトの矜持④

 機械巨人ギアハルクの戦いは美しい。体捌きも足の運びも手数も、全て考えながら互いの剣を交えるのだ。

 機士きしたちにしか見えない世界がそこには広がっている。

 それから比べてしまうと、現代で主流となっている長距離砲の戦闘には欠片ほどの魂も感じられなかった。


 だから僕は自らが機械巨人ギアハルクを使って己の魂を形として表し、許嫁のイザベラを振り向かせなければならない。

 全ては間違いでなかった筈だ。


 しかし、これまで得てきた結果は嘘だらけだと知る。

 僕は安っぽい宿場町の広場で愛機の『バラル』を見上げて呆然としていた。

 住んでいた人も客もみんな逃げ出してしまったらしく、耳が痛くなるほど静かである。


「我が愛機よ。お前は本物だ。嘘の存在ではない」


 自分の分身とも呼べる機械巨人ギアハルクに語りかけたものの、返事など当然無い。

 白く染め上げた装甲はエングレービングごと歪んで見るも無様である。

 右肩には大穴が空いていて、こちらを呑み込もうとしているようにも思えた。

 あれは『ナイン・トゥエルヴ』のランスが突き刺さった跡である。


(僕は未熟だ。なんと未熟なのだ)


 殲滅光砲アニヒレイターの軌道を見て飛び出した先には、赤い十字輝を冠した漆黒の機械巨人ギアハルクがいた。

 全ては爺やから聞いた通りの姿だった。

 そいつが『ナイン・トゥエルヴ』だと確信して挑んだものの、文字通り一蹴されてしまったのである。


 ヨルズ・レイ・ノーランドとは勝負になった。力の応酬があり、意志をぶつけあうことができたのである。

 しかし、ラインヒルデと名乗ったやたらと露出の高い女には擦り傷ひとつ負わせることができないまま倒されてしまった。


 力量が違うというレベルではなく、赤子と大人よりも差がある。

 これほどまでに遠い存在と相見えたことなどない。

 思い出すだけでも口の奥が苦くなる。


 屈辱的なことに殺されもせずに捕まり、引き摺り下ろされた僕はいつぞやの露出女がパイロットだったと知った。

 だが……問題はその先である。

 フェリスとかいう暴力の化身みたいな金髪チビ女に怒鳴りつけられ、あらん限りの侮辱を受けたのだ。


 僕の勝利は八百長で、決闘の場にまでコッソリと味方を連れてきた卑怯者だと。

 戯言だと聞き流していたがあまりの剣幕に一抹の不安を覚え、僅かに動揺を見せてしまったところ露出女の方から進言があった。


 すなわち、爺やの口から本当のことを聞けばいいのである。

 縛られた状態ではあるが『バラル』のコックピットハッチの上に座らされて爺やと露出女のやり取りに聞き耳を立てていた。

 結果的に、こいつらが出任せを言っていたわけではないと知った。


 あのときの脱力感はどう表現すればいいのだろう?

 根刮ぎ気力を失い、解放された今もどうすればいいのか分からなくなる。

 ヨルズ・レイ・ノーランドを倒すという目標は霧散し、それどころか機械巨人ギアハルクに乗る意味すら見えなくなってしまった。


「もう帰ってもいいんだぞ、アルベルト」


 肩越しに振り返ると、銀髪の女が腕を組んで突っ立っていた。

 足の付け根も肩も曝け出した、貞淑には程遠い格好である。

 そのくせプロポーションと顔の造形は見事で彫像のようだった。


 僕の許嫁のイザベラに比べれば大したことないものの、褒めてもいいレベルである。

 だが、これといった感慨も無さそうな態度が気に入らない。

 そもそも恥じらいというものが無いのだろうか、この女には。


「ふん」


 鼻を鳴らして、また前を向く。

 言い返すような気力も湧いてこなかった。

 そんな背中に向けて言葉が続く。


「ヨルズは純粋にお前の技量を褒めていたそうだ。ゴテゴテした機体の方ではないぞ。パイロットを指して『戦いたくない相手だ』と」

「慰めているつもりか?」

「親切心だ。この街は共和国軍に再襲撃される可能性が高い。住民もすぐには戻ってこないだろう。適当に満足して早く去るんだ。何度も言わせるな」

「それはお前がここにいるからだろう、黒い悪魔め」

「面と向かって悪魔と謗るか。躾のなっていない子供だな」

「黙れ。戦争から50年経ってもその若さだ。お前がヒトでないことは確かだろう」

「意外に聡いな。最初に正解に辿り着いたか」


 こんな言葉遊びには何の意味も無い。

 そう断じてやりたいところだが面倒だった。

 感心した様子の痴女にはもう構わないでおく。


 盗人の真似事などするつもりは無いが水が飲みたかった。

 喉がカラカラである。こういうとき、爺やがいれば直ぐに飲み物を用意してくれるのだが……

 歩き出すと風が吹いた。

 向かい風である。

 埃が目に入って、僕は涙を流してしまった。


「挽回する方法など幾らでもある。人生に挫折などあって当然。立ち上がるか否かは自分次第だ」

「どうして僕に構うんだ?」

「筋の良い機士きしだからな。ここで折れるのは少し惜しいと思っただけだ」

「折っておかなければお前の首を切り落とす刃になるかもしれないぞ」

「私と『ナイン・トゥエルヴ』を倒せる機士きしがいるなら見てみたいものだな」

「くだらん奢りだ」

「違うさ。視えている世界そのものが違う。私は負けようがない」

「……ふん」


 なんと傲慢なのだろう!

 これだけの自信を持てる根拠は何だというのだ!


(違うな、僕にも自信はあった。それを砕かれて膝をついている)


 悔しい。

 ただただ悔しい。

 これまで15年も生きて……こんなに悔しいことなんてなかった。


(挽回する方法など幾らでもある、か)


 方法がたくさんあったところで僕は何を取り戻せばいいのだろう?

 プライドか。勝利か。自尊心か。


 あるいはそれら全部か。

 分からない。分からないが、このままおめおめと帰りたくなかった。

 目を擦って露出女の方へ振り返ると反射的に言葉が出る。


「ヨルズ・レイ・ノーランドが共和国軍にさらわれたのだろう?」

「フェリスから聞いたのか」

わめく理由を尋ねたら、そう答えた。お前たちは、このまま見捨てるわけではないだろう」

「無論だ。ヨルズは、フェリスにとって大切な人だからな。それは私にとっても大切な人だということだ」

「お前にとってあの暴力娘は……フェリスとかいう者は何なのだ?」


 黒い悪魔が執着するものに、ふと興味が湧く。

 これほどの強さを持った者が守ろうとしているものは何なのだろう?

 果たして、その強さに見合う価値はあるのか?


「指の隙間から零れ落ちた幻だ。それをまた垣間見ることができて、私は幸せだった。彼女に加担する理由はそれだけだよ」


 澄んだ目で、淀みなくラインヒルデ=シャヘルは答える。

 不思議と僕の心のもやが晴れていく。

 この女は取り戻すために、今まさに戦っていると知ったからだ。


「よく意味が分からない回答だな」

「あぁ、そうだ。私だけが知る私の答えだよ」

「ちゃんと答えろ」

「勝手に想像してくれ。ヒトという生き物は自分で納得するために生きている。ヒトではない私もそこだけは同じさ。その納得の理由をお前は知らなくてもいい」

「ならば僕の納得に手を貸せ。それこそお前の想像でも構わない」


 これまでとは違ってキョトンとした顔で僕を見ている。

 忌々しい赤い瞳に初めて愛嬌を感じた。


「どうしてヨルズ・レイ・ノーランドは八百長に応じなかったのだと思う?」

「私の答えでいいのか?」

「お前の答えでいい」


 どうして、そんなことを訊いてしまったのだろう。

 こいつが知っているわけもないだろうに。

 ただ、僕が納得する答えをこいつは出せるような気がした。

 露出女は無駄に長い銀髪を掻き上げて、『バラル』を見上げる。


「思うに、死力を尽くすこと無く負けるのがしゃくだったのだろう」

「たったそれだけか?」

「お前が逆の立場だったとして、自分の全力を出すことなく相手に負ければ悔しいだろう?」


 痛いほど理解できる。

 ほんの数時間前、僕はラインヒルデ=シャヘルに一蹴された。

 全力を尽くしたとは言い難い。思い出すだけで「もっと打つ手はあった筈だ」と歯軋りしそうになる。

 だからこそ自嘲してしまった。


「くだらん意地だ」

「その意地があるからこそ、機械巨人ギアハルクに乗って戦える。私も、ヨルズも、おそらくお前も」


 心にかかったもやはすっかり晴れていた。

 あの男は単なる意地のために僕と戦ったのか。

 取るに足らない石に躓いたと思い込んだせいで、僕と同じ意地を持っていたなどと想像ができなかったのである。


「話し過ぎたな。気を付けて帰れ。もし、次に私やフェリスを襲ってきたら命は無いものと思え」


 踵を返したラインヒルデは『ナイン・トゥエルヴ』が鎮座している方へと歩いていく。

 これからヨルズ・レイ・ノーランドを助けにいくのだろう。


「待て」


 去ろうとするそいつの前に回り込み、僕は両手を広げる。

 相手の方が圧倒的に背が高いし、腕力もありそうだ。

 突き飛ばされるくらいのことは覚悟している。


「まだ何かあるのか?」

「僕がヨルズ・レイ・ノーランドの救出を手伝ってやる」


 こいつは旧帝国軍の手合いだ。共和国の貴族である僕が手を貸すなど可笑しい話である。

 それでも構わなかった。

 萎えていた気力を奮い立たせて至った結論がある。

 僕は2度もヤツに負けていた。

 このまま終わりたくない。絶対に。


(これは僕の意地。あいつは石ころなんかじゃない、大きな壁だった)


 勝ち逃げされるのはしゃくである。

 悔しくて眠れないのはもうたくさんだ。

 呆気にとられているラインヒルデにもう1度、同じことを告げてやる。


「この僕が手を貸してやると言っているのだ。ヨルズ・レイ・ノーランドの救出に」

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