第27話 とある執事の策謀④
リノの街までの帰路は順調とは行きませんでした。
アルベルトお坊ちゃんを宥めることと『バラル』の回収は大仕事です。
何せ、護衛兼作業用に同行させていた『フォージド・コロッサス2』が破壊されてしまいましたから。
そのことで坊っちゃんから追求を受けましたが、まさか伝説の黒い
疑いの眼差しは避けようもありませんが何とか誤魔化し、その後はメカニック班の手で『バラル』をトレーラーに乗せました。
作業自体はスムーズに済んだものの、アルベルトお坊ちゃんは「手が壊れたままなのは嫌だから直せ」と仰っしゃります。
仕方なく、破壊された『フォージド・コロッサス2』のマニピュレーターを回収させて代わりに取付けさせました。同系統の機体であるため、このような共食い整備もできるわけです。
もっとも、これから戦うわけでもないのに修理する意味などありません。然るべき工場に戻ってから行うべきだと思いました。それを指摘しても聞き入れてはもらえません。
やはり問題なのは、アルベルトお坊ちゃんの精神状態です。
またも敗北(ご本人は負けを認めておりませんが、機体の状態を見れば分かります)した事実は容易に覆せません。
主人が落ち着くまでモルビディオ廃坑に留まり、1日が経った後で出発することにしました。
それにしても恐ろしいのはヨルズ・レイ・ノーランドという青年です。
技量が高いことは承知しておりましたが想像以上でした。
下手に坊ちゃんを刺激するといけないので口には出しませんでしたが……底知れない強さです。
あの若さでどうやってここまでの業を身に付けたのか。よほど優れた師がいるのでしょう。
防御力を犠牲にしてまで手数を望んだというのに、もっとも速度が乗って動いているマニピュレーターを的確に破壊してきました。
何という動体視力と反射神経、そして操縦技術なのでしょう。
通常の『フォージド・コロッサス3』であれば籠手状の装甲部品があるのですが、カスタム機の『バラル』は余計な重量とならぬように排除してあります。
そのことが裏目に出てこのような結果となりました。
まさかピンポイントで、あれだけのハンドスピードから繰り出される攻撃にカウンターを当ててくるとは……おっと、このことは今は置いておきましょう。
車列の中央を走る専用のリムジンの中で、アルベルトお坊ちゃんは不満げに外を眺めています。
運悪く『バラル』の通信機器が故障し、回収に時間がかかってしまったので尋常ならざるほど機嫌が悪いのでしょう。
先に帰ってしまったヨルズ一行は、ひとつかふたつ先の宿場町にいる筈です。
そこで気掛かりなことが浮かびました。
黒い
あの悪魔が彼らと一緒に行動している可能性がありました。
パイロットは若い女と思われますが正体は不明です。どうして今更になって――疑問は尽きません。
ですが共和国軍へは通報し、『コード912』を発令するように要請を出しておきました。
融通が利く立場ですからそれなりに真剣に受け止めて貰えたとは思いますが、未だに動いた様子は無いのです。
老人の妄言として扱われたのかもしれません。
こんな年齢になっても次から次へと心配事が降ってくるのは因果です。
まぁ、全ては主人のため。そう思えば多少の苦労は問題ではないでしょう。
しかし、悪い事は続けて起こるようです。
一瞬、空気が毒物に変質したのではないかと思うほど息苦しくなりました。
不吉な予兆に鳥肌が立って車外へ目を向けた途端……
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッ!』
クルマの走行音すら掻き消し、甲高い雄叫びが大地を揺るがしました。
アルベルトお坊ちゃんも目を丸くしておられます。
「なんだ、この『声』は!」
リムジンだけではありません。
『バラル』を乗せたトレーラーも、従者やメカニックを乗せたバンも、車列ごと停止します。
飛び出したお坊ちゃんを追って私めもクルマを降りました。
整備されていないヒビ割れた道路と、どこまでも続く乾いた平原。
赤茶けた大地と青い空に白い雲。
それらの静寂を打ち砕いた叫びには聞き覚えがあります。
もう50年も前のことだというのにハッキリと記憶に残っていました。
「この『声』は……『ナイン・トゥエルヴ』」
「どういうことだ、爺や! 何か知っているのか!」
迂闊な私のつぶやきを、アルベルトお坊ちゃんは聞き逃しませんでした。
次の瞬間、地平の彼方から青白い光が天へ向かって伸びて行きます。呆然とそれを眺めていた我々は、空気が破裂する音で耳を塞ぎました。まるで直ぐ近くに雷が落ちたかのようです。
「何なんだ、あの光は!」
忌まわしそうに見上げる坊ちゃんに覆いかぶさり、直視させないように努めました。
あれも見覚えがございます。
戦争から
「直に見ると目を焼かれます! 顔を背けて下さい!」
「あれは何だと聞いている!」
「
「何故だ! こんな何も無い場所で戦争でも始まったというのか!」
「相手は『光を閉ざすもの』です。帝国の黒い悪魔が蘇りました!」
光が収まるまでアルベルト坊ちゃんを抱え、光芒が空へ呑まれたのを確認してから身体を離します。
周囲を確認すると従者のうち何人かが蹲っていました。おそらく、あれを直視してしまったのでしょう。
(空に向かって撃つなんて有り得ません。ということは……)
考えられるのは最悪のケースです。
あの攻撃は『捻じ曲げられた』もの。
帝都包囲戦の悪夢がハッキリと蘇ります。
共和国軍の部隊が『ナイン・トゥエルヴ』と交戦しているのでしょう。それ以外に考えられません。
(しかし、悪手ではありませんか? あの機体に
単騎で行動している
いや、もしかしたら組織立った敵なのやも……
これ以上の手出しは私めには出来ません。
軍が何とかしてくれるでしょう。怨敵であるナイン・トゥエルヴが相手なのですから尚更です。
ですが……またも困り事が起こってしまいました。
私めの横をすり抜けて駆け出したアルベルト坊ちゃんは『バラル』まで一直線に走ると、メンテナンス用に取り付けてあった梯子を使ってコックピットに乗り込んでしまったではありませんか。
あれほど整備の時以外は外しておけと命じていたのに、メカニックは何ということを!
「お戻り下さい! 危険です!」
悲痛な叫びも届きません。
白い機械巨人は立ち上がり、スリットの奥に隠れた屈折水晶を青く光らせます。
『確かめてくるだけだ。ここで待っていろ』
もう止めようがありませんでした。『バラル』は固定しておいたレイピアとシールドをトレーラーの荷台からもぎ取ると、巨体を唸らせて光が放たれた方角へ走り去って行きました。
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