第20話 アルベルトの矜持③

『ルールはどうする?』


 自然体で立ち尽くすヨルズ・レイ・ノーランドの機体から通信が入る。こちらも武器は構えていない。距離は200メートルほどだろう。

 涼しい声音に頬の筋肉がヒクついた。


 屈折水晶のディスプレイに映し出された緑色の機械巨人は装甲に無数の穴が開いており、既に手負いだったのである。

 僕の『バラル』は完調だ。電素系統も油圧系統も全てクリア、思う通りに動く。

 だからこの状況をどう捉えるか、己の器量次第だろう。


「決闘を申し込んだのはこちらだ。好きに選べ。ハンデが欲しいなら素直に言うがいい」


 ボールは相手に持たせてやる。それを捩じ伏せてこその機士きしだ。

 すると10秒ほど間をおいて返答があった。

 やはり涼しい声だった。


『じゃ、アリーナと同じでいこう。火器なし。頭部が破壊されるか、武器が使えなくなったら戦闘不能とみなす。降参した場合はそれ以上の攻撃を加えない。あとは……観客の要望に応えること。ハンデは不要だ』

「ふんっ、ボロボロの槍とST8がトレーラーの荷台にあったが使わないのか?」

『無い方が強いと判断しただけだ。別に、フェアにやろうってつもりじゃない』


 気障きざな男だ。

 いや、掴み所が無いと表現した方が的確だろう。

 勝利への執念に欠けているわけではないのだが、そこへ至ろうとする意思が薄弱に思える。

 あるいは他者にそういった気概を感じさせないように振舞っているとでもいうのか。


 例えるなら――この男はだ。

 弱々しい流れだとタカを括っていると、一気に奔流に吞み込まれてしまう。


『そうそう、あと1つ。賞金も何も無いんだから約束してくれ。俺が勝ったら、金輪際アリーナの外で絡んでくるなよ? こういうイレギュラーは好きじゃない』

「いいだろう。僕は貴様に勝ったという事実以外は必要ない」

『無欲でいいねぇ……じゃあ、始めるぞ?』

「来い」


 腰の編組合金製ナイフを抜き放ち、『ナイン・タイタン』は膝を縮めた。

 その動作に僕の警戒心は最大まで引き上げられる。

 武器自体は大したことはない。カメラか関節部に当たらない限りは『バラル』の堅牢な装甲を脅かすものではなかった。

 問題なのは使い手の方である。


(前回は開始直後の奇襲にやられた)


 アリーナの試合では、初手で投擲されたナイフが『バラル』の頭部をかすめ、屈折水晶のカメラにヒビが入って視界を妨げられたのである。

 同じ手は喰らわないように左手の操縦桿を引き、シールドを持ち上げた。

 流石に警戒されているところには踏み込んでこない。


(ならば、こちらから仕掛けよう)


 後の先をとっていては話にならないのだ。

 こちらがイニシアチブをとる。

 シリンダーに充填されたオイルジェルに電素が走り、重心が前に乗る。駆け出す動作と共にシールドの裏からレイピアを抜いた。


 何百、何千回と練習した抜刀の動作である。

 ひとつの直線上に2つの機影が重なり、間も無くして衝突した。

 激しく前後に揺れるコックピットはダンピングされ振動はすぐに収束する。

 先ずは盾と盾をぶつけての迫合いになった。

 こういう場面では「押し切る」か「引く」を選んで相手の体勢を崩す。

 爺やからはそう教わった。


(当然、押し切る!)


 相手は旧帝国軍のオンボロだ。対してこちらは西側が新造した機体である。

 その差は装甲だけでなくパワーにも顕著に現れる。

 より効率的なシリンダーと電素制御を採用している『バラル』が押し負けることはない。


「はあああぁぁっッ!」


 裂帛の気合いで踏み込み、さらにアームの重さを前方へかける。

 ヨルズ・レイ・ノーランドはこれを読んでいるだろう。

 いずれかのタイミングで「引く」筈だ。


(そこへ刺突を重ねる!)


 原始的な方法は承知の上。

 『バラル』の重心は股関節の下あたりに残し、シールドだけ押し出して体重をかけているように見せかける。

 そこを見切って敵が「引く」行為に出れば、予め備えていた僕は体勢を崩さずに次の攻撃に移れる。


 腰に回転を乗せながら左手を後ろへ、右手を前に出せばいい。

 腕部を軽量化している僕の機械巨人は驚異的なハンドスピードを誇る。

 相手が捌き切れないほどの手数を叩き出し、防御の隙間を見つけて仕留めるのだ。


 しかし、目論見は呆気ないほど簡単に崩される。

 敵の『ナイン・タイタン』は盾を持ったまま「回転して」独楽こまのように体当たりをしてくると、僕の左手側へと抜けていった。


(引かず、かといって押さず、回っただと!)


 柔軟な応手に、否が応でも経験の差を思い知らされる。

 僕は7戦6勝1敗。ヨルズ・レイ・ノーランドは22戦20勝1敗1分だ。

 驚異的なペースでアリーナでの試合をこなしていっただけのことはある。

 それもこんなボロボロのレンタル品で!


 横に回られて振り向くよりも先に防御を固める。とにかく頭部だ。

 左手のシールドを持ち上げてから向きを変えた。

 以前の僕であればすぐに横を向いて、そこへカウンター攻撃を合わせられていただろう。

 手の内は学習済みだ。こうしておけばヨルズ・レイ・ノーランドは仕掛けてこない。


(今度は予想通り!)


 動きを止めた『ナイン・タイタン』はちょうどレイピアの攻撃範囲内だ。

 相手の精神から削る。

 そう決めた僕は凄まじい手数を繰り出して、憎き相手を後退させていった。

 自分でも極限まで集中しているのが分かる。


(お前を倒す! 倒して、イザベラを振り向かせる!)


 愛しい婚約者のことを思い浮かべれば力が湧いてくる。

 勝利を徐々に引き寄せ、しかし油断はしないように立ち回った。

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