第十七話 立食パーティ

 上位の戦姫ドレッサーやその技師ソーイング、そして著名な人々ばかりが集められた記念式典。リオンとイノーラはその只中に放り込まれていた。


 立食パーティだなんてものには縁のない生活を送ってきた。


 子供のころは地方都市で暮らしていたし、こちらに来てからも義父母が呼ばれるはあったけれど、彼らはそういうものに興味はなかったので、連れていかれたためしはない。


 だから、普段とは正反対にピシッと決まった格好をさせられているのもあって、リオンの挙動は目に見えておかしくなっていた。


「き、緊張するね」


 そわそわと周囲をうかがいながらリオンは言う。


 右を見ても左を見ても、有名な戦姫ドレッサーたちのペアや、そのパトロンたちばかりだ。場違いなこと甚だしい。


「落ち着いて」


 傍らからの冷静な声にリオンは振り向く。そこには、手に持った皿に、フォークを突き立てようとは失敗しているイノーラ姿があった。


「イノーラ、フォーク逆だよ」


 びくっと肩を震わせて、イノーラはフォークを正しい位置に持ち直す。顔には出ていなかったが、その手はかすかにふるえているようにも見えた。


「もしかして緊張してる?」


 そっと尋ねると、イノーラは切り分けられた肉にフォークを突き刺して、リオンの口の中に押し込んできた。


「もごっ」


 肉料理を口に入れられ、リオンはもぐもぐと咀嚼を始める。イノーラはそんな彼の顔を下から覗き込んだ。


「美味しい?」


 その目はいつも通りのイノーラに見えて、リオンは口の中の食べ物を飲み込んでからむすっと胡乱な目を彼女に向けた。


「美味しいけど、質問ごまかしたよね、今」


 しかし、彼女はどこ吹く風で、もう一切れ皿に残っていた肉料理に勢いよくフォークを突き立てた。


「美味しいなら食べる」

「待って、今僕のこと毒見係にした?」


 イノーラはどことなくしょんぼりとした表情でリオンから目を逸らした。


「美味しくないものは食べたくない……」

「それはみんな思ってることだよ!」


 まったくもう、とぼやきながら、リオンも自分の皿に料理を乗せに行く。


 こんなに高級な料理を食べるのは初めてだ。調子に乗って皿に盛りすぎたかと焦りながら、イノーラのもとに戻ってくると、彼女は容赦なくリオンの皿にフォークを突き刺した。


「ちょっとそれ僕の!」

「よく分からない」

「都合のいい時だけとぼけるのやめてくれる!?」


 イノーラは数度瞬きをした後、再びガッと音を立てて、リオンの料理を奪い取った。


「もう、またー!」


 大きく口を開けて、一口で肉をほおばったイノーラは、もぎゅもぎゅとそれを咀嚼して、ごくりと飲み込んだ。


「同じ肉」

「へ?」

「どうして私のは黒くなる」


 数秒経って、リオンはその意味するところに気が付いた。


「まさかまたキッチン炎上させた……?」


 イノーラは数秒沈黙してから、リオンからそっぽを向いた。


「大事には至らなかった」

「あれだけ立ち入り禁止って言ったのに!」


 大声で彼女を叱る。どこか遠くを見つめるイノーラにさらに問い詰めようとすると、ふと周囲の人々が自分たちを微笑ましそうに見ているのに気が付いた。


 リオンは徐々に真っ赤になって顔を俯かせる。


「もー、なんでそういうことしちゃうかなぁ……」

「自然体」

「普段から自然体はいいとして、場をわきまえての言動をするってこと覚えてくれない?」

「やだ」

「そういうと思ったよ……」


 がっくりとうなだれるリオンの肩を、フォークをくわえたまま、イノーラはぽんぽんと叩いた。


「大変だね」

「誰のせいだと思ってるのさ」

「誰?」

「君だよ!」


 再び大声を出してしまい、周囲の視線はリオンに集まる。彼は縮こまってため息をついた。


 仕方なく黙って料理を食べることに専念していると、徐々に周囲の視線は二人からそれていき、リオンもようやく周りにいる人々に目を向けることができるようになっていった。


 美しく着飾った人々。そのドレスやスーツの一つ一つが、彼らのために作られた特注品だと分かる。普段から身だしなみに気を遣っている女性はともかく、一般的には服装に無頓着な男性が着飾っているのはちょっとだけ不思議な光景に見えた。


 まるでそれは、自分たちだけ異世界に迷い込んだかのようで。


「夢みたいだね」


 ぽつりとリオンは言う。


「僕たち、本当にホープさんと戦うんだ」


 ほとんど独り言のようにつぶやいたその言葉は、周りの人々のざわめきに溶け込んでいく。だけど、イノーラは聞き逃さなかったようで、ややあってからリオンに向き直った。


「夢」


 真剣なまなざしを受け、リオンは戸惑う。イノーラは無表情のまま繰り返した。


「リオンの夢」


 最初、何を言われているのか分からなかった。だが、じわじわと浸みこむようにその言葉の意味を理解し、リオンはパーティの参加者たちに視線を戻した。


「……ああ」


 彼女が言っているのは戦姫ドレッサーになりたかった、という自分の夢のことだろう。だけど、その話題を持ち出されても、リオンの心は不思議と穏やかに凪いでいた。


「いいんだ。僕は戦姫ドレッサーに関係ある仕事につければ、それで満足だって」


 ゆるゆると首を横に振った後、リオンは彼女にまっすぐ視線を向ける。


「君と出会って、そう思えるようになったんだよ」


 そのほほえみに、イノーラは瞠目した。リオンは正面から彼女に向かってはにかんだ。


「ありがとう、イノーラ」


 数秒の沈黙。彼女はその言葉をゆっくりと咀嚼し、視線を下向かせた。


「……でも」


 イノーラの言いかけた言葉を遮るように、会場は急に薄暗くなった。キィンとマイクが鳴る音がして、照明が二人の上に降り注ぐ。


「ご紹介しましょう! 本日のパーティの主役!」


 壇上に立つ爽やかな男性が、マイクを片手に、リオンたちを指し示した。


「初参加ながら年少花形アンダープリマへの挑戦権を獲得したペア、リオン・アランデルとイノーラ・オーウェルです!」


 名前を呼ばれ、リオンたちは慌てて料理を置いて、壇上へと上がる。会場全体が彼らを拍手で出迎えた。


「お二人はすい星のごとく現れた大型新人。並みいる戦姫ドレッサーたちを打ち倒した、まさにジャイアントキリングのお二人といったところでしょう」


 べた褒めされ、リオンはがちがちに緊張しながら、参加客たちに頭を下げる。司会者はそんなリオンにマイクを向けてきた。


「リオンくん、今のお気持ちは?」


 客の視線が一気にリオンに集まる。彼は考えてきていた答えを一気に忘れてしまい、顔を真っ赤にしながら目を泳がせた。


「え、えっと、えっと」


 うまく答えられないリオン。イノーラはそんなリオンに向けられたマイクを奪い取り、参加客たちに向かって無表情で宣言した。


「実力」


 ピースサインをちょきちょきしながら、イノーラは言い放つ。


「ちょっとイノーラ!」


 見るからに凸凹なコンビに、会場中からドッと笑いが広がる。


 恥ずかしくてうつむくリオン。そんな壇上に二人の女性が踵を鳴らして昇ってきた。


 年少花形アンダープリマホープ・リリエンソールと、その技師であるレティシア・グロンだ。


 向かい合った二組のペア。ホープはリオンたちに不敵に微笑んだ。


「本当にあなたたちと戦うことになるとはね」


 今までとは違う緊張感が体に走り、リオンは背筋をぐっと伸ばす。ホープは一分の隙も無いふるまいで、彼らに宣言した。


「やるからには全力でいくわ。あなたたちも全力でかかっておいでなさい」


 闘争心と高揚が一気に高まり、リオンは堂々と返事をした。


「言われなくても!」

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