第十五話 点取り競争

「さあ始まりました、ステラシア公式大会本選! 今回の対戦内容は、ポイントゲリラ戦です!」


 朗々と響く声が、リオンたちの頭上に浮かぶ飛行船から落ちてくる。


 リオンたちが今いるのは、ステラシアから数キロ離れた森林地帯。ばらばらに配置された選手たちが、開始の合図を今か今かと待ちわびている。


 ルールは簡単。隠れた他の選手を見つけ、一番多くポイント札を奪ったペアが勝利を収めるというものだ。


 ポイント札ははっきりと見える場所につけなければならず、それを狙って戦姫ドレッサーたちは駆け回る。


「今回、予選を勝ち残ったのは十三組! 一人当たりの持ち点が一点なので、合計十三点を取り合うことになります!」


 イノーラはドレスコアを首から下げてはいるが外に生身で立っているのに対し、リオンは小型の移動技師席に押し込められている。


 昔、バトルドレスが兵器として運用されていた時代は、前衛に戦姫ドレッサーが立ち、安全な後方から戦姫技師ソーイングが援護する戦い方がとられていたらしい。この移動技師席はそのころから使われていたものの応用品だ。


「イノーラ、準備はいい?」


 技師席でボビンに手を置きながら、リオンは問いかける。強化ガラスの向こうに立つイノーラは、こちらを振り向いてこくりとうなずいた。

 そして、胸元のコアに手を置いて、単調につぶやく。


着装セット


 紫と白。二色の糸が噴き出し、イノーラに巻き付いて、エトワールの形へと変化する。採寸を合わせ、イノーラが戦いやすいように機能や特性も調整したドレスが出来上がっていく。


 まず胸元に出来上がった紫の布がぴったりと肌に沿った形を作り、首回りにも薄いベールをまとわせる。


 同じく手袋にもなったベールの表面には、白色の刺繍が縫い付けられ、戦闘時の応用がきくようになっている。


 腰の高い位置から伸びたスカートは短く、機動性を重視した作りにした。ただし、スカートの中には戦闘時に重用できるパニエがあり、スカート全体のシルエットを膨らませている。


 ヘッドドレスを覆い隠すように頭部にも白の髪飾りがつけられており、その中央には、白いボタン状のパーツがぶら下がっている。


 そして足元には、攻撃力よりも機動性を重視した、比較的かかとが低い靴ができあがった。


「どう? 問題はない?」


 イノーラはその場でくるりと回った後、リオンに目配せをして軽くうなずいた。


「全選手、着装セットは終わったようです」


 空から降ってくる声に、リオンとイノーラは緊張を高めていく。実況者はマイクを振り上げると、開戦の音頭を叫んだ。


「それでは始めましょう! コレクショーン・スタート!」


 ざわっと四方の木々が動いた気がした。きっと、対戦相手たちが行動を開始したのだ。


「私が先行する。リオンは見晴らしのいい場所で待機して」


 ぼそりとイノーラに告げられ、リオンはこくっとうなずく。


「分かった。気を付けて」

「うん。リオンも」


 言うが早いか、イノーラは前方に駆け出していってしまった。スタート地点の地図はあらかじめ渡されている。ただし、敵がどこにいるかは当然書かれていない。


 リオンは移動技師席を動かし、付近の小高い崖の上へと向かっていった。


 イノーラはドレスをひらめかせながら、森の中を駆けていく。広がったスカートが何度も小枝にぶつかりかけるが、今のイノーラにとって、このドレスは自分の体そのものだ。


 自分のためだけに作られたドレスはイノーラの感覚によく馴染み、彼女の思い通りに変形しては障害物を避けていった。


「敵が潜んでいるとしたら、この先の大樹付近だ。茂みの中の戦闘は相手にとっても望ましくないはず。だとすれば、開けた場所で迎え撃とうと考えるのが定石」


 試合開始前に告げられた助言をイノーラは思い出す。


 理にかなっている。そして、どのペアもおそらく同じことを考えるだろう。


 前方に広場が見えてきた。イノーラは木々の根を蹴った勢いのまま、広場へと飛び出した。


 その途端、彼女の体に無数の刃が降り注いだ。

 青色。細かい刃を飛ばすことができる特性のエトワール。


「う、ぐ……」

「イノーラ!」


 通信機の向こう側からイノーラのうめき声を聞きとり、リオンが声を上げる。もろに浴びてしまった攻撃のダメージから回復できないうちに、敵の戦姫ドレッサーは彼女に歩み寄ってきた。


 だが戦姫ドレッサーはイノーラの体を見下ろして鼻を鳴らした。


「なんだ、外れか」


 それだけを言うと戦姫ドレッサーは立ち去っていく。イノーラは全身を襲う細かい痛みをこらえながら立ち上がった。


 ほぼ同時に、広場を見下ろせる場所にリオンはたどりつき、イノーラを視認する。彼女のドレスはところどころほつれてはいたが、まだコアは無事のようだ。


 だがその体へのダメージはわからない。リオンが心配の言葉をかけようと口を開く直前、イノーラはリオンの乗る技師席を見上げてきた。


「平気。まだいける」


 決断的なその表情に、リオンは心配をすることをやめた。イノーラは勝ちたいんだ。そして、それは僕も同じ。


「負けない」

「うん、頑張ろう!」


 イノーラはそのまま広場から離れようとしなかった。これだけ開けた場所にいれば四方から狙われるのは必定。だが、それはつまり何もしなくても敵がやってきてくれるということ。


 つまり、二人はやってくる敵を迎え撃つ構えだ。


 全体の制限時間は四十分。二人が広場にとどまり続けること十五分。


「イノーラ、そろそろここに拘るのも――」


 リオンが話しかけたその瞬間、広場を囲む茂みから、橙色の影がイノーラめがけて飛び出してきた。イノーラやリオンよりも小柄な戦姫ドレッサーだ。


「イノーラ!」

「分かってる」


 パニエを変形させ、長い鞭状に変形する。紫色のそれは、一振りするだけで暴風となって相手の戦姫ドレッサーの体を襲った。


 バランスを崩す戦姫ドレッサー。鞭を解除して距離を詰めるイノーラ。だが戦姫ドレッサーのその行動は罠だったようで、彼女は着地すると腕全体を覆っていたゆるやかなシルエットの袖を、ばっと分解して、十数本ものリボンの形にした。


 橙色の特性は伸縮。無数のリボンがイノーラめがけて伸びてくる。イノーラはそれを跳んでよけながら、だんだんと後方に押され始めた。


 このままじゃまずい。技師席のリオンは、濃い紫色のボビンをぐっと押し込んだ。飛び去った糸はイノーラの靴下に巻き付き、紫色の特性――暴風の力を一時的に増す。


 イノーラは軸足をぐっと踏みしめると、こちらに伸びてくるリボンたちめがけて大きく回し蹴りをした。


 吹き荒れた風にまかれ、リボンたちはなびいてイノーラから逸れる。彼女はそのすきを見逃さなかった。


 相手のポイント札は腰にかけられている。イノーラはこちらに伸ばされていた腕の横を回転しながら通り過ぎ、相手のポイント札を手に取って引きちぎった。


「離脱だ、イノーラ!」


 同時にリオンは崖の上から技師席を飛ばし、ほとんど落ちるようにしてイノーラと合流する。がたがたと激しく揺れる車内から、彼女と目が合う。森の中に逃げ込んだ彼女の手の中には戦姫ドレッサーからとったポイント札が一枚握りこまれていた。


「かなり時間を使った」


 ちぎり取った札を、先ほどの相手と同じようにイノーラは腰に結ぶ。リオンは彼女を追いかけながら首を縦に振った。


「そろそろ勝負をかけないと、だね」


 リオンの言葉にイノーラは何か答えようとした。しかし、その直前にイノーラは彼女らしからぬ大声で言った。


「止まれ!」


 驚いたリオンは移動技師席を急停車させる。直後、イノーラとリオンの目の前を黄色の何かが通り過ぎ、次の瞬間にはそこにあったはずの木々が跡形もなく消え去っていた。


 数秒遅れて、何が起こったのかを理解する。


 何者かが、強力な黄色の一撃で、反発力を木々にぶつけてなぎ倒したのだ。


 倒木だらけになった森の先から、黄色のバトルドレスの少女と一台の移動技師席がゆっくりと歩いてくる。


年少二番手アンダーソリスト……!」


 愕然とした声で、リオンは彼女たちの名前を呼んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る