第二話 デモ試合

 試合が行われる第一公営ドームは、すでに満席に近かった。開演三十分前についたというのに、リオンたちが座れたのは後方から数えたほうが早いL列だ。


 まずマドックが座り、その隣にリオンが、そして当たり前のような顔をして彼の右隣にイノーラが座った。


 いまいち何を考えているのか分からないすまし顔の彼女を見て、リオンはマドックに抗議をする。


「ねぇ、義父さん! この子は一体……」

「ほら始まるぞ! コレクションバトル、見逃してもいいのか?」


 父親に無理やり顔を前に向かされ、リオンは不平を言いたそうな表情のまま眼下に広がるフィールドを見る。ちょうど二人の戦姫が現れたところだった。


 ホープの対戦相手は、年少二番手アンダーソリストの少女のようだ。デモンストレーション相手としては申し分ないだろう。


 簡素なベースドレスと、技師と伴奏を共有するイヤホンだけを身にまとった二人は、戦姫の基本位置スタートポジションに立ち、胸元に下がったドレスコアへと手をやった。


着装セット


 二人の声が、やけに大きく会場に響く。ドレスコアはぶわっと糸の形にほどけると、星の光を散らしながら彼女たちの体に巻き付き始めた。


 まず胴体に触れた糸はコルセットの形に変化し、あるいは緩やかな下着の形を取り、それぞれの色を生み出しながら神秘の布――エトワールを形作っていく。スカートが風に遊び、腕にも布が巻き付き、靴もそれに合った形へと変化する。


 やがてドレスが完成すると、客席からは歓声が巻き起こり、戦姫たちは手を振ってそれに応えた。


 バトルドレス。これが、ほんの数十年前まで決戦兵器として扱われていた麗しの衣装だ。


「準備はできましたね? 心の準備もオーケー? それでは始めましょう! コレクション、スタート!」


 号令と同時に、二人の戦姫は勢いよく土を蹴った。ドレスがきらめき、二人は何度もぶつかり合う。


「やっぱりホープのドレスは比較的厚手だ。正確には薄手の生地を何枚も重ねてるのかな。身長も高いし、あの重さも着こなせるんだろうね。でも装飾のフリルはサテン生地みたいだし、攻撃力も防御力も申し分ないってことか」


 リオンは無意識のうちにスケッチブックを取り出すと、二人の戦姫のバトルドレスをスケッチし始めていた。


 尾を引いて輝く赤色、風に遊ばせた黒髪、長いスカートには大きく切れ込みが入り、機動性は全く損なわれていない。


 目はフィールドに固定したままガリガリと鉛筆を走らせていると、ふと横から強い視線を感じた。


「え? な、何?」


 じっとこちらを見つめてくるイノーラの目に、リオンはちょっとのけぞってしまう。

 そんな彼の肩を、マドックは後ろから掴んでぽんぽんと叩いた。


「お。イノーラはそのあたりまだ詳しくないのか? リオン、ついでに説明してやってくれ」


 リオンは振り返ったが、どうやらマドックは本気らしい。これ以上、観戦を邪魔されるのも嫌だ。リオンはしぶしぶ口を開いた。


「ドレスの生地は薄ければ薄いほど、瞬発力が出る。威力も強いけど、一点集中型が多いんだ。薄い分、側面からの攻撃に弱いからね。逆に生地が厚ければ、防御力に特化した作りにできる。このバランスがドレスには欠かせない要素なんだ」


 フィールドではちょうどホープのドレスが、対戦相手の刺突を受け止めている。彼女はその攻撃を受け流すと、軽くターンをして、相手に蹴りを叩き込んだ。


「エトワールの色によっても能力が違うんだ。例えばそう、ホープの赤色のドレス。あれは、太陽ソラーやケンタウルス座α星C(プロキシマ・ケンタウリ)といった赤色矮星の光を縦糸に、火星マーズの微弱な反射光を横糸にして作られていて、一撃一撃が重くて、炎のように熱を持っているのが特徴だね。他にもエヴァンジェリン型に代表される白色は――」


「必要ない」


 小さく、しかし頑なな声色が隣から響き、リオンは思わず振り向いた。


「え?」

「そんなものは不要な情報」


 困惑から目を丸くするも、彼女は無表情のままリオンを見るばかりだ。


「私には、不必要」


 淡々と、イノーラは告げる。


 その言葉の真意を尋ねようとしたその時、リオンの前髪が巻き上がり、彼はフィールドに視線を戻した。


 会場中に暴風が吹き荒れ、地面が大きく削られる。一撃を正面から食らった対戦相手は、フィールドの端から端まで吹き飛ばされ、フェンスにぶつかって沈黙した。


 パキンと破壊音がして、対戦相手のドレスコアが砕け散る。彼女のまとっていたドレスは糸に戻り、後には気絶したほぼ全裸の少女だけが残された。


「勝者、年少花形アンダープリマ、ホープ・リリエンソール!」


 観客が沸き立つ。勝者がフィールドから大きく手を振っている。リオンはそちらに目を向ける気にもならず、義父に振り返った。


「義父さん、いい加減教えてよ。この子何なの? 義父さんの知り合いの子供とか?」

「ん? ああ、まだ言ってなかったな」


 まだ酒が抜け切れていない赤い顔をぽりぽりとかき、マドックはにっこりと笑ってみせた。


「イノーラはお前の戦姫。つまり相棒だ!」

「あ、あい……!?」


 リオンは言葉を失い、硬直する。何を勘違いしたのかマドックは、そんなリオンの肩に手を置いて神妙な顔になった。


「二年前は俺の都合で学校に通えなくなって悪かったな。でも、お前には戦姫技師ソーイングの道をあきらめてほしくないんだ」


 数秒の沈黙。リオンの背中に突き刺さる、イノーラの視線。


 彼はハッと正気に戻ると、席から立ち上がって叫んでいた。


「こっ、困るよ、義父さん!」


 周囲の視線がリオンに集まる。彼はそれに気づかないままこぶしを握り締めた。


「だって、戦姫技師ソーイングになりたいんじゃなくて僕は……!」


 困惑の視線の中、リオンは大きく息を吸い込み、勢いよくその本音を吐き出した。




「僕が! 戦姫ドレッサーになりたいんだよ!」

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