守株

 これは今から何百年も昔、江戸時代の話。

 とある国に天下無敵と謳われる侍がいた。


 身だしなみはだらし無いが汚くは無い。

顔には大きな傷が2本あり、身長はちょうど6尺くらいでいつも古くて大きな太刀を持っていた。



 侍といっても幕府に仕える旗本でも諸藩に仕える武士でもない、浪人である。

侍は浪人であるのを良い事に、人々から依頼された標的を次々と殺し、その報酬で生活をしていた。


いわゆる殺し屋であった。


 しかしその侍には他の殺し屋と違うところがあった。


 それは標的以外の人も巻き込む事だった。


 普通の殺し屋といえば夜に標的の寝首を狙うだの、吹き矢で首を狙うだの、飯に毒をいれるだの、標的以外の人に妨害されない様な殺し方を好んで使っていた。


 何故なら標的に護衛や部下がいた場合、少数ならなんとかなるかも知れないが全員を相手にすればこちらの命の危険が増えるだけではなくその間に標的に逃げられる恐れがあるからだ。


 しかし天下無敵の侍となればそのような姑息とも言える手段を決して使わない。


 あまり頭が良くないのでそのような繊細な手段が使えないというのもあるが、なにせ天下無敵である。


 使う必要がないのだ。


 標的を見つければ刀を抜きずんずんと近づき護衛を次々斬り倒し標的を斬殺する。


 これが侍のやり方であった。


侍はいつしか"野分のわき"と呼ばれるようになった。


 野分の様に標的だけではなく標的の周りの人まで全員が殺される事から付いた異名であった。


しかし侍には少しばかり欠点があった。


 迷信を信じすぎるのだ。


夜寝るときは南に枕を向け

朝起きて歩き出すときは右足から

方角の吉凶を占い、凶の方角を通らない様に依頼人の家に出向き

報酬の金額に二や四や九が付くのを避け

人を殺したら報酬で貰った金の半分で買った大量の塩を撒いた。


 この迷信を信じすぎる性格は仕事に影響する事も多少あったが、そこは全て侍の技量によって埋め合わせられていた。


 そして身を切るような寒い風が吹く冬のある日、侍に大量の報酬が貰える仕事が舞い込んだ。標的はここらでは有名な屋蔵宗助という豪商であった。


 依頼人は屋蔵宗助の同業者でこちらも豪商の松堂泰久という者で、長い間屋蔵に客を取られていたので屋蔵を目の敵としていた。


「よいか、屋蔵は今夜あの宿に泊まると聞いておる。恐らく護衛の者も雇ってあるだろう。それなりの大金は用意してある、必ず成功させるのじゃ。」


「わかっておるわ、護衛なんぞ何人在ろうが我が刀の前では無力。必ずや吉報をお持ちしよう。」


「うむ。頼んだぞ」


 侍は夜になると松堂の屋敷を出てそのまま屋蔵宗助のいる宿へと向かった。


 そして宿の扉を蹴り開けると大声で叫んだ


「屋蔵宗助は何処にありや。この野分がお前の命を頂戴しに参った。」


 この声に驚いた宿主は侍の横を走って外へと逃げていった。


 しかし侍はそれを見逃した。


 役人に通報されようとも侍が捕まる事は無い。来た役人を返り討ちにするのがいつもであったからだ。


 それに昔から自分に全く得のない殺しをすると殺された者はどんな方法でも祓えない霊となり、遂にはその霊に呪い殺されるという迷信があったのだ。


「あ、あ、あれは殺し屋の野分か!こ、これ何をやっておる!さっさと討ち取れ!」


 屋蔵は叫んだ。


 護衛の数は10人くらいだろうか、いやもう少し少ないだろうか。


「うぉーーー!」


 一人が襲い掛かってきたが何の事でもない。


 目で見ることもできない速さで刀を振り下ろし敵を斬り殺す。


 すると敵は少し尻込みをしたが顔を見合わせて頷くと六人掛で侍を取り囲んだ。


「お主らはそれでも侍か」


 そう呟くと前の三人を横振りで一気に倒し、残りの三人も一人ずつ目にも留まらぬ速さで斬り殺していった。


「では。御首を頂戴いたす。」


 そう言うと、屋蔵の前で刀を構えていた最後の護衛を通り過ぎざまに殺した。


「くそ!松堂が仕向けたのだな、これで我が人生も終わりか!」


 屋蔵がそう叫ぶ。しかし刀は止まらない。


屋蔵は目を閉じて最後の時を迎えようとした。


 しかし、いくら待っても死ぬ事はなかった。


 目を開けると侍は護衛の死体を見ながら何か考えてるようだった。


「な、なぜ殺さないのじゃ?あ、いや、殺して欲しいわけではないのだが_____


「いや拙者も殺そうと思ったのだが、そうもいかない事態になってしまってな、」


「な、何が起こったのじゃ」


「よく見てみよ、お主は何人の護衛を付けたか覚えておるか」


「確か、八人であったが、、それがどうかしたのか」


「どうもなにも、昔から一度に人を九人殺すとそれがあだとなると言われておるだろう」


「はぁ、人が九で仇とな、、そんな話聞いたこともないが、」


「困ったな、お主を殺す事が出来ぬではないか。仕方があるまい。帰るとするか。」


 しかし屋蔵もここは商人、回転の速い頭の中で一つの考えが浮かんだ。


「そうだお主、これからまた松堂泰久の屋敷へ行くのだろう?松堂だよ、俺を殺すように依頼した商人の。どうだ、金はあいつの倍を用意しよう。今度は松堂を殺してはくれまいか?」


「倍か、よかろう。引き受けた。その代わり報酬とは別に塩をここに撒いといてくれ」


「あぁ、それくらいはしてやろう。ほれ段々人が集まってきたぞ、早く出た方が良いのではないか?」


「そうだな。塩と報酬を忘れないように。では。」


 そう言い残すと侍は颯爽と窓から出て行った。


 宿の外には人だかりが出来ておりその中には役人もいた。


 役人は宿の中に入ると驚いた顔で屋蔵を見た。


「おぉ、貴方は屋蔵殿ではありませぬか。ご無事でいらっしゃいましたか。しかし、あの野分に殺されずに済むとは、何と運のいいお方だ。」


「えぇ、本当ですよ、野分の奴、急に何かを思い出したように何処かへ行ってしまいましてな。全く運の良いものでして…、これも日頃の行いが…、これからも屋蔵屋をどうぞ贔屓に…」


 役人と屋蔵がそんな話をしていると横でみていた老人が口を開いた。


「なるほど、、屋蔵殿は九人目だったが故に助かったのだな。」


「はて、何のことやら。」


「恐らく野分は仇の迷信によってお主を殺す事が出来なかったのだろうなぁ、本当に運のいいお方だ。」


 そう老人が呟くと、役人や周りで見ていた人達によってその噂はすぐに国中に広まった。


 あの野分が殺しに失敗した。

 野分は九人目が殺せないらしい。と


 この噂は松堂の耳にも入った。


 あの野分が任務に失敗するのも珍しいが、いつも卑怯な屋蔵の事だ。恐らく今度はこちらを狙ってくるだろう。それに野分もあれから帰って来ない。今頃自分の命を狙う準備を始めているのだろう。


 そう確信した松堂はこの噂を信じ、屋敷にいた丁稚(見習いの少年)などを外に出し代わりに大金を出して雇った護衛八人を屋敷に置いた。


 一方その頃、侍は元の依頼人である松堂を殺そうと準備していた。


 いつもはそんな事はしないのだが天下無敵の殺し屋が何度も失敗するわけにはいかないのだ。


 準備といっても相手の数を偵察するだけのことだが早速問題が起きた。


 護衛を含めると松堂の屋敷には九人だけ。


 またしても失敗の道を辿るところであった。


 困った野分は一晩中考え、九人全員殺さなくても標的だけ殺せば一人しか殺していない事になるので仇にはならないと思いついた。


 しかし昔から殺し屋が殺しの現場を見られた場合、

 現場を見た者全員を始末しなければその殺し屋は早死にするという迷信があった。


 これではどうしようもない。


 そう考えた侍は二度目の任務失敗を屋蔵に伝えに行った。


 だが屋蔵は殺すことのできない様な殺し屋は価値が無いと言い放ち、会おうともしなかった。


 恐らく野分と関係を持った事が公になると屋蔵自身も民衆に何を噂されるか分からないからだろう。


 それからというもの、侍には仕事が全くと言っていいほど来なくなってしまった。


 たまに仕事が入っても標的は八人を周りに用意し、結局失敗するだけであった。




 殺しのできない殺し屋はただの落ちぶれた浪人でしか無くなってしまった。

 侍は生きる気力を無くし役人に自首をした。


 直ぐに斬首が決まり、河原に連れ出された。




 斬首の直前、刀を振り上げた役人が


「おい野分、最後に言い残す事は無いか」


と、聞いた。


 侍は静かに











「仇を避けたのが仇になりもうした。」


とだけ呟いた。

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