19.クイーンとキング
もっと長い梯子を持ってこい、いや網だ、建物の内から行ったほうが、と村人が騒ぐのを尻目に、ステファンは花壇に隠してあった箒を急いで取って来た。
「アーニャ、あの赤い屋根のところに白い仔ヤギがいるのが見える?」
「わんわん……」
「いやわんわんじゃなくてメェメェ、どっちでもいいや、とにかくあの子を助けたいんだ。一緒に箒に乗って、飛んでくれない?」
こんな小さな子に無茶なこと言っている、とステファンは頭の隅で思ったが、アーニャは顔を輝かせてうなずいた。
「ほうき、のっていいの?」
アーニャを前に載せ、それを抱えるようにしてステファンは箒に跨がった。
二人乗りなんて初めてだし、そもそも箒って複数人で乗って大丈夫なのか。いや、ロバさんや枕で飛べる魔女なんだから大丈夫に違いない。わずか数秒の間に、ステファンはめまぐるしく考えた――が、それは杞憂だとすぐにわかった。
箒はいつもより何倍も速く、力強く飛んだ。おまけに屋根に近づくと難なくホバリングさえする。見守る村人から感嘆の声が聞こえる。生まれながらに飛ぶ力を持った魔女の力を借りるとはこういうことか、とステファンは内心舌を巻いた。
「いい? ぼくがヤギに『捕まえた!』って言うから、そのあいだ……」
「わんわんっ」
アーニャが手を伸ばし、途端に箒はバランスを崩してぐらつく。
「ちがうちがう、箒を支えてくれたほうが……ああもういいや、一緒に念じて。ええと」
ステファンは息を吸い込み、メイジーが呼んでいたヤギの名を思い出した。
「スノー。あの子はスノーっていうんだ。一緒に『捕まえた』しよう。できる?」
「できるっ」
「じゃ、いくよ。せーの、スノー捕まえた!」
「スノーちやまえた!」
仔ヤギは真っ直ぐ飛んできた。
だが捕まえたと思った途端、ステファンの腕の中で暴れはじめる。
「こ、こら危ない! 大人しくして」
片腕に暴れる仔ヤギを、もう片腕にアーニャを抱え、膝だけで箒を挟んでバランスを取っていたが、すぐに限界は来た。
(しまった、降りる時のことを考えてなかった)
重量が増えたせいか、箒は昇る時よりもスピードを増して、ほとんど落ちるように地面に向かう。止まれというステファンの声と、危ないという村人の声が交差する。激突を覚悟して眼を閉じた途端。
「わんわーん」
無邪気な声が耳に届き、腕の中の重量が消えた。
うっすらと目を開いたステファンは、不思議なものを見た。
白い花冠のアーニャが宙を舞っている。
仔ヤギが、白いボールのように浮いている。
そして箒は――穂先がほどけ、バラバラに分解し、ただの木片と化し――
背中をしたたか地面に打ち付けた衝撃で、ステファンははっきり目を開けた。
「アーニャ! まさか落ち」
だがみなまで言う前に、村人が歓声をあげてアーニャを抱き上げるのが見えた。花冠を載せた小さな魔女は得意満面で笑っている。
仔ヤギは一目散に走ってメイジーのもとへ向かった。
ステファンも拍手と共に起こされ、箒を手に戻された。どこも壊れてなどいない、無事な姿の箒だ。
ではさっき見たのは……と考える間もなく、村人にもみくしゃにされてしまった。
「よくやったな、ぼうず」
「ちっこい魔女、いや五月女王だな。たいしたもんだ」
「じゃあステファンはキングだな!」
なんだかよくわからないが、ともかく仔ヤギもアーニャもステファン自身も無事だったようだ。
いろいろ不明なことや考えなければならないことが、あったはずなのだが、ぜんぶ頭から吹っ飛んでしまった。
賞賛の渦の中、ステファンはただ苦笑いで(キングは勘弁……)と呟いた。
20世紀ウィザード異聞・2 悪魔の兄弟 いときね そろ(旧:まつか松果) @shou-ca2
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