第23話 真・ニューマシン -素晴らしきかなルーツもの
「うぅ気分悪っ、あたま痛っ……最悪」
これが二日酔いってやつか?甘美なる天使の壺から滴るシュワシュワ泡天国も、過ぎれば悪魔が
「!……え?これ?どうやって?」
「今朝方、重機搬送用のクレーン付きのファイターで遣って来おった。で、'73ルック積んで血相変えて飛んで行きおったわい」
「そ、そんなんあり?」
「鳴かぬなら、鳴かせてみせようの秀吉か?……いや?もちっと信長寄りかのぉ?ちぃっとも変わっとらん」
と、苦笑いの爺ちゃん。鳴かぬなら?信長?……うぅ恐ろしや、契約書あって、そんなん罷り通るんか知らんけど、おじさんなら
「……で、爺ちゃん、コレって」
「ああ、ボルボよのぉ……」
'72年式 VOLVO P1800E。 現在でもその堅牢・安全性で名を馳せる北欧スウェーデン、ボルボ社の傑作クーペである。しかしその特筆すべき流麗な美しいデザインはマセラティ・ミストラル等で有名なイタリアのコーチビルダーPietro FruaのPelle Pettersonの手によるもの。当初生産はドイツのKarmann社が請け負う計画も、結局イギリスのJensenが担いスタートした。その後、紆余曲折を経て最終的にスェーデン自社生産となるある意味、国際色豊かなモデル。
DジェトロニックEFI 電子制御燃料噴射を備えた2リッター/130馬力のB20E型発動機を搭載したこの最終型クーペは、最高速度もシリーズ史上最速の190km/h、0-100km 9.5秒を誇る高性能車となった。
「カクカクした頑丈な車ばっかり造っとるイメージじゃがの、見てみ?なんとも美しいプロポォションじゃろ? '貧乏人のフェラーリ'とか腐されたりもしたがの、永うやって来とるが中々こんな綺麗な車にはお目に掛かれやせんよ。ブランドとか看板とか関係ない、モノの真の価値ってやつじゃ。意匠や製造も多国籍で……そうさのう?喩えれば鰐淵晴子」
ふぅん?最後のわにぶちはるこはよう知らんけど、確かに一目で惹きつけられるものはある。当たり前の如く身の回りのブランド物でかためた菜々緒、狙った獲物は一撃の
付け加えて爺ちゃんは、あの冷や麦のお昼時、口にするのを途中躊躇ったと言うもう一つの入手の方法、一概に誰にもその機会がある訳ではないから、でも仮にそのチャンスに恵まれるなら?意を以って想いも包括し引き継ぐ事が叶うのなら、それが人にとっても車にとっても一番幸せで尊い事だと、だから例え希望のポルシェじゃなくてもこれは最良の結末だと添えた。
うん、そうなんだ。そしてそれは私の912も同じ。'戦利品'とか事の善し悪しは別としても、これは嘗てパパの所有物であり、その知られざる若き日の無茶な青春の1ページの記憶。おじさんとの果たせなかったランデブーその遠い約束、いつの日か息子(じゃないけど)に譲りたかったって、そして爺ちゃんがそうしてくれた。実はそんな色んな想いが詰まってて、たかが車されど車、私の愛車はそういうもの達が溢れんばかりで、愛着は更に別の類、次元の愛おしさに昇華した様な気がしたんだ。
「才子や……」
「ん」
「初めて直に請け負った仕事よのぉ?」
「そだね?」
「なかなか厳しいコンディションじゃが、これは丹精込めて仕上げなならんやつじゃのぉ?」
無言で頷く。
ゴゴゴゴゴ……っと地下からマグマが湧いて来る様な熱く強力な、何時かと同じあの感情がやる気も新たに溢れて来る!古代ローマ人達がコロッセオを、石を積み上げる、精緻な装飾を施す、技術の粋を以って造りあげる、そんなイメージ(よう知らんけど)が湧き上がってくる!
ふるふるふる
「……お!そうじゃ、修くん手土産持って来おった。才子にも、ん〜?こりぁあワインか何かかのう?」
視線を遣った勝手口の脇には熨斗紙付きのビールケースと、見覚えのある菜々緒の言った安っぽいSのマークの緑の箱。あっ!?これはシャンパ〜〜ニュッ!?「ぐぅう……」条件反射的に胃の辺りがまたぐるると回る様だったけど、別の脳の裏っかわあたりが少し喉を鳴らしたのにはちょっと吃驚した。
…………
翌日の夕刻、陽の沈みかける頃に連絡もなく菜々緒がふらっとやってきた(……タクシーで)。作業中の私と爺ちゃんに会釈をすると間口から斜めに入る夕陽をその褪せたボディの半分に浴びるボルボに歩み寄って、その傍らに佇む。奥からは逆光になる2つの静かなシルエット。私は汗をひとつ拭って近づけば気配に気付かなかったのか?
「ポルシェじゃないのはちょっと残念だけど……、これも一つの運命かしらね?
強引に政略結婚させられたプロセインの筋肉お化けのDVに虐げられ耐えかねてた哀れな王女を救いに颯爽と現れた白夜の国の美しき騎士……って所かしら?」
まじまじとそんな独り言?を呟いて、ふふふと奇妙な笑みを零した菜々緒。「なあ?頭大丈夫か?勝手に自分で賭けして暴走自爆しただけやろ?」と後方から嘲笑ってやったら、ビクッ!となって頬を染めた。……然し菜々緒曰くの白夜の騎士に掛ければボルボが'ホワイトナイト'であったのは色んな意味で間違いなさそうだ。ナナサンシヨ〜の方は大方の予想通り半ば強引に引き取らせ、スパイダーこそ戻ってはこないがそのお金をP1800のレストアに充てる事にしたらしい。まったく……
「でもさ、賭けとか、意地とかさ?勝手に幻影見てお告げや運命って思ったりさ、なんか皆傾向一緒だね?おじさんも、
「そうかもね?」
二人暫し無言で、再びボルボに視線を落とした。もう少し長くなった陽は後方のなだらかなラインから特徴的なフィン迄を浮かび上がらせた。
「……これ、頑張って仕上げるよ」
「次、帰ってくるまでお願いするわ」
「え?いつよ?」
「お正月」
「おい?4ヶ月ちょいしかないぞ?修理詰まってるしパーツ手配とかも色々あるし」
「出来るでしょ?」
「特急料金頂戴します。お客様」
「幾らよ?」
「……ん〜?じゃ1億?」
「……」
「なんよ?」
「……あなたのジョークは中途半端でホント笑えないのよ。つまらないわ」
「うざっ!」
冬。この暑いお休みが終われば皆んなまた夫々の場所に帰ってゆく。残った私は否応なしに日々に、油に塗れる。やがてまた季節が2つ程巡って、寒いけど旧車の発動機にはいい季節が到来する頃には、きっと私の爪の周りの黒く染み込んだものは益々落とし難くなり、その代償で綺麗になった菜々緒のトレードカラーである真っ赤なボルボと、そして私のグランプリホワイトの912は、あの尾根を……昔、パパとおじさん達も駆け抜けた道を、果たせず仕舞いだった約束にかえてきっとランデブーするのだろう。
「国松っ!菜々緒ちゃんの'73仕様来たって!?」
バタバタと原付でバイト帰りと思しき真っ黒い森が乗り付けて、ヘルメットの紐を緩めながら駆け寄って来た!
「あれ?ボルボ?……P1800?うわぁ?これはまたきっつい状態だな?レストア?あ!それともパーツ取りか?で?'73仕様は?」
キッ!と森を睨みつける菜々緒。「???」一瞬たじろぐ意味不明の森。おいおい?菜々Pよ、やり場の無いお怒りはよ〜く判るが、その矛先を森に向けるのはお門違いやと思うぞ?それにもう解決した事やし?
兎に角、斯くして真夏の数日間のドタバタ劇の末に菜々緒の次期FX=念願の初ヴィンテージカー狂想(騒)曲は終わりを告げたのである。
間も無く世間はお盆休み、そして私にとってはこの夏最大のイベントが!そう!夏はまだここにあるんだ!
オイリーガール Ⅱ しきゐこづゑ @kozue_shikii
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