第6話 ユージンという男


 老人は一通り説明を終えると満足したのか立ち上がり去っていく。「もし君が一人で生きれないと思ったのならばユージンという男を尋ねなさい。きっと、君の助けになる」という言葉を残して。





 年を感じさせない背中を見送りながら、唯は考えを反復はんぷくさせる。

 老人が教えてくれたこの世界の常識なら娼婦とそれに準じるスキルを考えると自分は娼婦として娼館で働くしかない。それが嫌なら他の職業系スキルを手に入れるしかないが老人曰く入手度が一番低いスキルでさえ、最低ひと月ほどかかる。

 ちなみにだが唯の所持金はゼロ。老人に「このお金は使えますか?」と聞いたら「価値はないだろうな」と返された。通貨が違えば価値はないのは分かっていたが無一文は辛い。

 もちろん衣食住もほとんどない。所持しているのは使い道が分からない魔導書と着用している制服。鞄にしまわれた筆記用具と教科書、体操服。後は食べかけのチョコレートが一つ。

 これでは野宿しても持って数日だ。生きるために日雇いでもいいからすぐに働かなければならない。


 そう思った当初は「娼館だけは嫌だ!」とがむしゃらに職を見つけようした。

 まず一番に職業案内場に向かうが案内された職業は全て娼婦関係。嫌だと断ったら「申し訳ありませんがご希望するご職業のご案内はできません」といわれ、追い出された。

 次に向かったのは飲食店が立ち並ぶエリア。店先に店員募集と書かれた紙が貼ってある店に片っ端から入って、働かせてくれと頼み込んだ。最初は友好的でも魔導書のステータスとスキル見せると顔を歪め「職業とスキルがうち向きじゃないから」と断られ続けた。中には「そのスキルなら俺のめかけにでなるか?」とセクハラする奴もいた。

 失意に揉まれながらも「もしかしたら」という希望を抱いて訪れた七店目はくたびれた大衆料理店。


「皿洗いでもゴミ拾いでもします! 働かせて下さい!」


 今までの記憶の中、一番綺麗に土下座した。写真撮ってお手本として本に載せてもいい出来栄えだった。

 けど唯の内心も知らないコックは皆に見えるように魔導書を開きながら「淫乱スキル持ちを雇うわけないだろ」と笑った。つられて店内にいた客もくすくす笑う。屈辱だった。この【職業】も【スキル】も唯が望んで手に入れたものではないのに、事情を知らない人たちはそれを知らず嘲笑う。

 恥ずかしさから顔を真っ赤にさせた唯はすぐに料理店から出て行こうとした。これ以上、屈辱感を味合うのも嫌で森に行って狩りでもしてサバイバル生活を行おうと思ったのだ。

 そんな唯を止めたのはユージンと名乗る四十代ぐらいの優しげな男の人だった。

 ユージンは唯の魔導書を差し出して「忘れ物だよ」と目尻を下げた。

 唯は目尻に溜まった涙を拭いながら魔導書を受け取り、鞄の中へと仕舞い込む。


「話し聞いてもいい?」


 その優しそうな笑顔に唯は涙腺が緩むのを感じた。この世界に来て一日目だが、やっと人間扱いをしてくれる人に出会った。

「ここだと、うん、そうだね。話しにくいからあっちに行こう」と手を引いて連れてこられたのは街外れの公園。遠くで子供が遊ぶ声を聞きながら、唯は「ん?」と首を傾げた。


 ——あれ、ユージンって。


 老人が頼れといった人間と同じ名前では?

 唯は前方をゆくユージンを見上げた。赤みがかった髪が風に揺れる。見た目はワイルドだが優しい声音に少年っぽい笑みは彼が悪い人間には見えない。

 しかし、こんなにすぐに出会えるものだろうか。

 この世界にユージンという名がどれほど多いのか分からないが出会うのが早すぎる。まだ一日目なのに。


「あの、さる老人になにかあればユージンさんを頼るように言われたのですが……」


 おずおずと唯は問いかけた。老人の言葉通りならきっと顔見知りだと思って。


「老人? それってダン爺のことかな」

「いえ、名前までは知らなくて」

「ああ、ダン爺らしいな」


 ユージンは赤みがかった瞳を細めた。


「君はこの街に来たばかり? ダン爺はそういう子を助ける仕事をしているんだ」

「ダン爺、というんですね」


 唯をベンチに座らせると少し間を空けて隣に腰を下ろす。


「さっきは周りの声であまり聞こえなかったんだけど、ダン爺が勧めたってことは、うん、確信が持てたよ」


 ユージンは膝の上で拳を握りしめ、表情を硬くさせた。真剣な眼差しで唯を見つめると「真実を教えて欲しい」と懇願した。

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