第5話 ガルダの街


 赤煉瓦の建物が建ち並ぶ景観は名画を見ているようだった。木よりも高い建物がブロックのように並び、舗装された道には馬車が通る。カツカツとひづめが地面を蹴り上げる音に混じり、人々の活気溢れる声が唯の耳に届いた。

 唯が求めていた音だ。草原で聴いた自然が織りなす音ではなく、人工の音。それはつまり人が暮らす街に着いたことを指す。

 しかし、喜びよりも唯の口からこぼれたのは、


「つ、着いた」


 疲労が滲んだ言葉だった。

 唯は疲労困憊ひろうこんぱいしていた。元々体力がない身体はほんの二時間歩いただけで悲鳴をあげる。これ以上、歩くことはできない。

 街に着き、安心したことで膝の力がふっと抜け、唯はその場でペタリと座り込んだ。


「……疲れた」


 はあ、と息を長く吐き出せば、籠いっぱいの林檎らしき果物を抱えた婦人がゴミを見る目で見てきた。その冷たい眼差しから逃げるために鉛の足を引きずって街外れに移動する。

 街人の邪魔にならないようにその場で膝を抱え込んでいると一人の老人が話しかけてきた。


「大丈夫かい?」


 老人の問いかけに唯は警戒しながらも笑みを返す。


「はい。少し休めば大丈夫です」

「君は冒険者?」


 冒険者、その単語はゲームに疎い唯でもなにを意味するのか分かった。しかし、残念ながら唯は冒険者とは程遠い。なにかを探したいわけでもないし、武器を持たず、武具を身につけない装いはどう見ても冒険とは程遠い。ここで嘘をついても後々自分の首を絞めると考えた唯は「違います」と首を振った。


「違う街から来たんだろう」

「そう、ですね」

「その格好で歩いて来たのかい? この草原を?」

「いえ、えっと……」


 回答に困り、唯は俯いた。白い空間で少年との対話を話してもいいのだろうか。あの少年は自分を神様だと謳ってはいたが、それがこの世界の常識かは分からない。この世界の基礎がよく分からない状況で可笑しいことは言えないと判断する。


「……知人に、ここまで連れて来て貰ったんです。けど、知人はいなくなってしまって」


 嘘ではない。大きく省略はしているが。


「そうか。ならばこの街の説明だな」


 老人は唯の側に腰を下ろすと一つの建物を指差し始めた。

 面をあげた唯は指先を見た。童話の世界から飛び出してきたような豪奢ごうしゃな外観が目を引く、屋敷だ。周囲と比べて赤い煉瓦が太陽の光を反射させる。


「この街の名はガルダ。この街には貴族や王族はいない。この街を統べるはあの館に住む領主だ」


 老人は淡々と、まるでそれが仕事のように言葉を紡ぐ。


「あの黒い瓦の館は図書館。その左には教会がある」

「図書館、教会」

「あそこ辺りはスラム街だから近づかないほうがいい」

「スラム?」

「荒くれ者が集う場所。行きたいのならば止めない」


 老人は一つ、一つ丁寧に教えてくれた。市場に市役所。娯楽。武器屋に至るまで丁寧に。どうやら老人はゲームでいう第一村人のような立場らしい。

 そして、教えてもらった事実に唯は頭を抱えることになる。




 ***




 唯が手に持つ本は【魔導書グリモワール】と呼ばれるもので、そこにはその所有者が保持する能力・・が全て可視化できるように文字となって反映されている。魔導書はある程度、成長したら自分で魔力を練り上げて作り上げるらしく、作り手の性格や魔力によって形状は大きく異なった。

 それを聞いてユイは確かに、と納得する。自分が持つ魔導書は漢字辞典サイズなのにページ数はその半分。もしくは三分の一にも満たない。他の四人の魔導書も形状は様々だった。


 そして、唯が思っていた以上にこの世界は【職業】と【スキル】に左右される。この二つは元の世界でいう履歴書の資格のような立ち位置にあり、この世界の常識として幼少期から職業が決められていた。唯がいた世界では高三ぐらいで自分の好きな職業を決めて進路を提出したけれど、ここでは十歳の時に教会に行って性格や個性、血統など考慮して適性な職業が決められた。

 そして、スキルはある一定の条件を満たせば手に入いるので料理店で働くには調理系の職業かスキル。装飾店に勤めるには工芸系の職業かスキル。傭兵になるのなら武術系職業かスキルを身に付ける必要があった。

 だからこの世界の住人は幼い頃に与えられた【職業】に役立つ【スキル】を成人するまでに手に入れる。

 もしその【職業】が気に入らなければ大人になるまでに死にものぐるいで他系統の【スキル】を習得する。


 つまることを言うと唯がすぐ働けるのは娼館しかないわけだ。

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