No Title

【お世話になりました】そうま

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 もしもの話をしよう──そう言って彼は読んでいた本から顔をあげ、買い物から帰ってきたばかりの僕に顔をやった。外は40度に迫ろうかという晴天が続いているが、室内に引きこもって本ばかり読んでいる彼の肌は純白で、ただでさえ華奢な身体が際立っていた。


「明日世界が滅亡するとしたら君は何をしたい?」

「この世界から脱出不可で人間はみんな死ぬ、と捉えていいんですか?」


 首を縦に振る彼はたまに、こんなもしもの話を僕にしてくる。決まってそういう時、彼は何か僕には理解ができないようなことについて思いを巡らせている時だ。冷蔵庫に買ってきたものをしまいながら、暑さで溶けそうな頭を動かして答えを考える。


「大学生の夏休みらしく貴方を外に連れ出して、無意味に遊園地や海で遊びたいですね」

「そんな非生産的なことはしたくないよ」

「明日で世界がなくなるんだから、いいじゃないですか」


 ちなみに、質問してくる中身と考えていることが結びついているとは限らない。以前空から女の子が突然落ちてきたら……と言われ色々答えていたが、考えていたのは日本の婚姻制度についてだった。

 

「そういえば、僕は残りますが、貴方は来年度からどうするんですか?」

「寮を出るよ。大学に近い所で親の持ってるマンションの1室を借りる」

「家事を全て僕におしつけてますが、1人で暮らせますか?」

「何も1人で暮らすとは言っていないだろう?」


 大学寮は経済的な事情がない限り、2年生の後期が終わり次第出ていく決まりになっている。彼と僕が相部屋なのもあと半年だ。最初は彼が一浪で年上、しかも御曹司だと聞いた時は戸惑ったが、なんとか上手くやれている。


「ちょうどいい、僕が今考えていたのはそのことだったんだよ。僕、来年結婚するんだ」

「貴方に彼女居るんですか!? 授業以外で外出する貴方見たことないんですが!?」 

「まぁね。僕の1つ下だから今年で20歳だ」

「は、はぁ……」


 まあ、容姿端麗・成績優秀・お金持ち、とくれば彼女が1人か2人居ても不思議じゃないのか。神様、僕にも何か1つくらい人より秀でたものがあったって良いじゃないか。せめてある程度稼ぎがある家に生まれたかった。


「君は月に20万入るとしたら、今のバイトを辞めるかい?」

「やめるに決まってます!」

「じゃあ、僕の執事になってほしい。大学を出たあと意欲があるならヨーロッパにある国際執事アカデミーへの進学資金も出そう」

「……はい?」

「結婚は人生の墓場だという。墓場に1人で行くのは正直僕でも怖くてね。父親の執事を連れていくのも考えたが、気心知れた人間の方が良いだろう?」


 彼は僕から見て右の口角だけをあげる。何かたくらみがある時に出る、いつもの彼の癖だ。こういう時は敵わないのは1年半で分かっている。


「とりあえず、大学出るまでの間だけですよ」

「よし、じゃあ籍を入れる前に2人で遊園地でも海でも行こうじゃないか。余命はあと半年だ。具体的に計画を立てよう。君はまずどこへ行きたい?」


 

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