そして - Je dédie ma vie à toi, -


― あなたに私の愛を捧げます ―



おっも!」


 握ってみたはいいものの、汎用機関銃と思われるそれはめちゃくちゃ重かった。置いた。


 とりあえずで持っていく武器ではない。とりあえず。


 さて、祖父のコレクションは、これがなかなかふるっている。その辺りはさしもの俺もさすがと感嘆するしかない。

 ハンドガン類はそれほどなく、対デカ物戦を見据えたミサイル迫撃砲対空砲などなどの携行砲火器がやたら充実している。ただ、いくら最新式の取り回しに秀でた機種とはいえ、一人であれもこれもと引っ張り出すのは難しい。


 そもそも、外の詳しい状況はまだ分からない。

 祖父の記録の出来事は、彼が15の歳の頃。ということは、かれこれ80年近く昔の話だ。状況だって変わっていると考えるべきだろう。


 最低限の護身用になりそうな手頃な銃を二つほど携え、俺は外の偵察に出ることにした。


 崩れかかっていた建物から出てみても、周りを囲んでいるのは廃墟、廃墟ばかりである。上を見上げれば、塵埃に白けた空がうすぼんやりと光っているように見える。


 驚くほど静かだ。ただ遠く、風の鳴る音だけが響く。

 スリッパで踏みしだく瓦礫が周囲に雑音を振りまくようで、なにかに気付かれはしないかと歩くことさえ覚束なくなる。


 どこか、もう少し視界の開いたところに出たい。


 あるいはどれかビルらしき鉄筋の塊に上ってみようか。そう思いつき近づいてみれば、その崩れた壁材の表面に輝く白い筋が幾本も走っていて、まるでナメクジの這った痕のようだ。しかもじくじくと蠢いている。

 これが手記にあった例の白いやつ、か? 確かに気色悪い。

 建物に近づくのをやめ、しばらく辺りをうろついてみる。出てきたのとは反対の方へ向かってすぐ、俺はそれに気付いて足を止めた。


 通りと思しき空間の向こうに見える、赤いぶよぶよとした、なにか。


 あれが空間を喰うというやつだろう。鮮やかな色彩と小刻みな脈動にも似たその様は、廃墟の中にあってもどこか現実味を欠いている。その違和感にえずいた俺は反射で口に手をあて顔を背けた。

 その視界の隅にちらりと人型の過ぎった気がした。まさかと思い、視線を辺りへ走らせる。

 いた。気のせいではなかった。少し離れたところに男が一人立っている。こっちに気づいていて見ている。


 しばし見つめ合い、互いに驚き警戒しているのが分かる。どちらともなく注意深く間合いを詰める。

 おそらく親より多少若い60代だろうか。


「ここで人間に会うのは初めてだなぁ」


 声の届く距離で足を止め、男はそう言った。それを聞いた俺は、男が誰だか分かった気がした。というよりは、ほぼ確信していた。

 しかし、なんと聞けばよいか分からない。俺は彼の名前を知らない。


「もしかして……あの部屋の人、ですか?」


 祖父の部屋の方向を正確に指し示す。男、いや、祖父の祖父はその意味を覚り、不審の色を濃くした。ためらいつつ頷く。


「そうだが。なぜ。君は?」

「お孫さんは、漣さんですよね」


 再度の首肯。やはり、間違いない。


「その、なんというか。あなたのお孫さんは、俺の祖父です」

「…………」


 祖父の祖父は、不可解そうな顔で宙をやぶにらみし、それから自分を指さし、ついで俺を指さした。


「つまり。俺の、孫の孫?」

「そうですね、たぶん」

「はぁ!?」


 叫んだ。


「なんだそれ、どういうことだ。というか、お前いくつだ!?」

「37ですね」

「ちょ。え、ええ!? 孫の孫が突然37? てことは、そっちは……?」

「かれこれ80年近く経ってますね」

「おう!?」

「ちなみに、こっちはどのぐらいなんですか?」

「は?」

「あなたがあの赤いのとの戦いに出て、それで部屋だけが元の世界に戻ってしまってから、どのぐらい経ってるんですか?」

「ああ。二日だ。さすがにちょうど絶望しかかってたところだ」


 一人異世界に取り残されて二日。まだ絶望してなかったって、噂に違わぬ強メンタルだろう、それは。

 それにしても、時間のずれがひどい。


「そうか、おかしくなっているのは空間の連続性かと思ってたが、ずれていたのは時間軸のほうか」


 祖父の祖父が悔しそうに意味不明なことを言う。


「そうすると、あるいはこの世界は、俺たちの世界の遥か未来の可能性があるな」

「……実現しなかった並行世界線って可能性もあります」

「なるほど。80年後もそういうファンタジーあるのな。それにしても、孫の孫も部屋ごと飛ばされてきたのか?」

翔太郎しょうたろう

「ん?」

「俺の名前、翔太郎です」

「Wか!」

「はい?」

「いや、すまん。なんでもない。なに、今はそういう名前がトレンドなのか?」

「いえ、古風だってよく言われます。まぁ、祖父の命名です」

「……そういえば園児の頃大好きだったな……」


 祖父の祖父がやはり意味不明なことを言う。が、追求すると聞かずもがななことを知る羽目になりそうだ。


「で。翔太郎ちゃんも部屋と来たのか?」


 しれっとちゃん付けで呼んできやがった。が、祖父の祖父に苦情を申し立てる勇気はない。


「そうです。同じように祖父の部屋で」

「そうか。あの白いやつを枯らしても、たった二日で元に戻ったってことか……」


 悔しそうな祖父の祖父。まぁ、こっちからすれば80年かかっているが。


「ところで、こっちではなにがあったんですか? どうしてあなたは帰ってこられなかったんですか?」

「うん? ああ。計画通り太い筋を何本か狙って攻撃してな。うまいこと白いのを枯らしたら予想通り事は運んだんだが。思ってたより変化が早くって、俺が部屋に戻る前に空間が戻ってしまったんで置いてけぼりをくらったってわけだ」


 思ってたよりアホなこと起きてた。


「そうですか。でも、じゃあ。そこを気をつければ、俺たちは元の世界に戻れるってことですよね」

「まぁそうだな。もっとも、戻っても80年後だろ? 俺なんかすっかり浦島太郎だな。ああ、浦島太郎、分かるか?」

「さすがに昔話は今も変わらずありますよ」

「だよな。……ドラ〇もんとかまだやってるのか?」

「あー。もう配信はないですね。あ、でも、サザ〇さんはやってますよ」

「やってんのかよ。ONE 〇IECEの連載は」

「してるわけないでしょ。80年ですよ、80年」


 思わず祖父の祖父に突っ込んでしまった。

 祖父の祖父がからからと笑う。


「そりゃそうだ。いやぁ、急に80年なんて言われても。どうも実感がわかないな」

「そうでしょうね」

「それにしても」


 遠く空を仰ぎ見る。


「80年か。……その後、家族あいつらはどうしただろう」

「……すみません。俺はあまり祖父より上の世代の話は聞いていないので」

「そうか。まぁ、孫の孫が立派にこうしているんだから、特に問題なかったんだろうな」


 目を合わせることなく立ち尽くす。


「あ、そうだ。ところで、あの」

「ん?」

「あなたのお孫さんからの届け物があります」

「は?」


 俺は、祖父の祖父を祖父の部屋へ誘った。……ややこしい。




「おお、二日ぶりだ」


 部屋へ足を踏み入れた祖父の祖父の声は軽く弾んでいた。


「正確には、80年ぶりですけど」

「そうか。そうか? 俺の頃とあまり変わってないが。この部屋は、」

「祖父が自分の部屋にしていました」


 変わっていないということは、祖父はあまり祖父の祖父の物に手を付けず部屋を保存したのだろう。


 しばらくきょろきょろしていた祖父の祖父は、突然サイドボードへ駆け寄り中を確かめた。


「うおっ、俺のグレンフィディックがない!」

「……酒、ですか? でも80年ですよ」

「関係あるか、ウィスキーだぞ。ああ、楽しみにしてたのに、漣ちゃんめ。的確に高い酒を抜いたな」


 よく分からないが、そこはどうでもいい。


「それより、これ気にならないんですか?」


 部屋の片隅を占拠する室内設置型シェルターを指さす。さほど古い型式の物ではなく、設置したのは祖父だろうと思うのだが。


「ああ、なんだそれは。それだけ俺の部屋だった頃と違うな」

「シェルターです。祖父が遺した」


 必要になるまで絶対開けるなと遺言されていたそれだが、そもそも祖父という人がシェルターなどを設置すること自体に鼻白む思いを抱いていた俺は、言われなくとも開ける気などさらさらなかった。

 しかしこの部屋で異常事態に巻き込まれ、為す術がなにもないと知れたとき、ほとんど自然にシェルターを開けてみようと思った。そして祖父の言葉の意味を覚った。


「この中身が、祖父からのです」


 自分で開けて見るよう無言で促す。

 祖父の祖父がやや緊張した面持ちでシェルターを開き、目を瞠った。金属と油の匂いが微かに漂い、武器弾薬の山が露わになる。恐らくそれは、戦前世代ではナマで触れたことなどないであろうブツだ。


「なん……ど、」


 しばらく言葉を失い、食い入るようにそれらを見つめる。

 やがて、はっと乾いた息を漏らした。


「なんなんだ、一体。こんなもの。あいつは。武器商人にでも、なったのかよ」


 冗談めかしたその言葉を俺は真面目に肯定する。


「まぁ、大体そんな感じです」


 日本が戦争のできる国になって、第三次世界大戦が勃発して、兵器の開発製造販売使用が大幅に拡大したことは、なにも祖父一人の仕事とは言えないが、それでもそれを彼の名抜きでは語れない程度には責任を負っている。


 祖父の祖父の表情に苦いものが混じる。


「なにをしでかしてるんだ、あいつは」

「それは全くの同感ですが。それでも、あなたにそれを言われたのでは、祖父も立つ瀬がないだろうとも思います」


 死の商人と面罵されても痛痒ひとつ感じた顔をせず、どこかの誰かの死を喰いものにし続けたその生き方は理解できないし、今となっては真意を尋ねることもできないが、こうして異世界で武器を目の前にして、彼がそんな生き方を選んだ理由を想像せずにはいられない。


「まぁ、そうだな」


 自嘲じみたつぶやきをもらし、祖父の祖父はシェルターの中、武器のひとつに手をあてた。


「なんにせよ、今こうして俺は漣ちゃんのおかげで救われる。孫の孫もあいつのおかげで救われるわけだしな」

「そういう、ことですよね」


 まさに祖父の祖父が触れているその小型ミサイル、おそらくそれが起死回生になるはずだ。

 テロリスト御用達、なんて揶揄されたいわくつきの商品だが、外に設置すれば部屋の中から誰でも簡単に目標物を狙撃できるのだから、今この状況にうってつけだ。祖父が執念をもって開発し続けたそれは、やはりこのためとしか思えない。


「これだけの火力が揃ってるんだ、赤いやつごと消し炭にできそうだな。そうすれば、これから先の子孫がうっかり同じような目に遭う心配もなくなるだろう」


 きっぱりと憂いを払った祖父の祖父が小さく笑い、振り返る。


「よし、それじゃあ行くか、孫の孫よ」

「はい」




 そうして祖父は、祖父と孫の救済を成し遂げた。




『うちのじーちゃんの崩壊世界救済譚』 了





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うちのじーちゃんの崩壊世界救済譚 たかぱし かげる @takapashied

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