第四章 エンケラドゥスの海へ

第21話 新メンバー加入


 ここは宇宙ステーション大鳳の内部。レスキュー部隊専用のブリーフィングルームである。中央に丸テーブルが置かれ、その上の空間に何枚もの個人データが表示されている。


「とにかく優秀ですね。申し分ない」

「容姿も素晴らしい。金髪碧眼であることもポイントが高い」


 ここで話し合っているのは三名。レスキュー部隊総司令の三谷朱人みたにあけひととビューティーファイブ隊長の田中義一郎たなかぎいちろう、そして副長の相生香織あいおいかおりであった。

 二人は新規加入メンバーとしてコニー・オブライエンを推薦している。既に決定事項ではないか。これを自分に認めろという事なのか。香織は額に手を当て俯いてしまった。


「どうかな? 香織君」

「君も言っていたではないか。交代要員を確保することは重要だと」

「交代要員の件は確かに進言いたしましたが、総司令の趣味が金ロリだった事に少し驚いています」


 総司令と義一郎は顔を見合わせ、そして香織に反論する。


「わ……私はロリコンではない。なあ、義一郎君」

「そ……そんな事は無いと思うよ。香織君」


 香織は深いため息をつく。以前、同性愛の疑惑をかけた時とは反応が大違いだった事で、容易に判断できたからだ。


「ではそういう事にしておきましょう。それと、前回の救助時におけるコニーの態度についてですが」


 義一郎がわずかにピクリと痙攣する。総司令は途端に目をそらす。こちらも非常にわかりやすい。


「恐らく、PRA(環太平洋同盟)からの推薦はコニーの強い要望があったため実現したと思われます」

「そ、そう聞いている」


 狼狽えている総司令。香織は彼に一歩近づき睨み上げる。


「チーム内恋愛は禁止なんですよ。入隊を認めなければ彼女の恋愛は成就したかもしれないのに……意地悪ですね」

「それは、コニーが義一郎君の事を?」

「一目惚れですよ」


 香織の一言を受け、ジロリと義一郎を睨む総司令だった。そして義一郎は明後日の方向を見据えている。非常にわかりやすい。コニーの気持ちに気づいていながら義一郎はそれを報告していなかったのだ。


「コニーに手を出さないようお願いしますよ。お二方」


 二人は無言で頷いている。その様子を見て香織も頷く。


「あなた方が彼女に手を出さないと誓っていただけるなら、私が反対する理由はありません。私からは以上です」


 馬鹿な男に付き合う必要はない。そう判断した香織は踵を返してブリーフィングルームから出ようとするのだが、総司令がそれを制止した。


「すまない香織君。もう一つ要件があるのだ」

「何ですか?」


 香織は振り向いて総司令の方を見る。特に睨んではいないのだが、萎縮しているのがはっきりとわかる。香織は思う。一体、どっちが上司なんだと。

 気まずそうに総司令が口を開いた。


「ララの件なんだ」

「アンドロイドの?」

「ああそうだ」


 総司令はしきりに頷いている。その件について義一郎が説明を始めた。


「実は、ララの開発者である緋炭甲ひすみこう博士から連絡がありました。近日中に長期メンテナンスを実施したいと」

「なるほど。ちょうどララの席が空きますね」

「そういう事だ」


 つまり、ララの長期メンテナンス中にコニーを入隊させて研修を行う予定だという事なのだろう。そこに総司令が口を挟んで来た。


「それと関連して一つ気になる点があるのだ。黒子のことだ」

「黒子が何か?」

「香織君も承知しているだろうが、黒子はララに対して依存度が高いのだ。ララが不在の場合、彼女はその力を十分に発揮できないのではないかな」


 怪訝そうな表情で香織を見つめる総司令だった。確かに、黒子はララがブリッジを離れると途端に不安がり落ち着きをなくすことが多い。予定通りララが長期メンテナンスに入れば、黒子が使い物にならなくなるのではないかという懸念の表明であった。


「問題ありません。ララが黒子に懐き、黒子もまた同じように親しみを感じている。それだけの事です。ララがいなくても黒子の能力は損なわれませんし、また、たとえララが黒子の眼前でバラバラになったとしても黒子は任務を遂行します」


 香織の強い口調にたじろぐ総司令だった。


「総司令。私が申しあげたとおりの返答でしょう。黒子に関しては杞憂であると思います」


 総司令は義一郎の言葉に渋々納得しているようだ。香織が上司であれば、つまらない憶測でチームを乱すなと叱っている所だ。


「問題ないようですね。ではこれで失礼します」


 香織は踵を返し、ブリーフィングルームより出ていく、そして自室へと戻った。


 ビューティーファイブのメンバーには個室が与えられている。破格の対応だ。他のスタッフのほとんどは二人ないしは四人部屋になっているからだ。おかげで自室で十分にくつろぐ事ができる。香織はこの環境に感謝していた。そして、携帯端末にメールが着信していたことに気づく。端末を操作し、そのメールを開いた。ビューティーファイブ元リーダーの綾瀬美沙希あやせみさきからの、いや、現在では姓が変わっている政宗まさむね美沙希からの電子メールだった。


 そこには先般送付した出産祝いに対してのお礼が書かれていた。そして、お返しを送りたいのだが、生まれてきた子供が難病にかかっていることが判明したので少し待って欲しいとも書かれていた。

 生まれたのは確か女の子だった。そして真由まゆと命名された。一ヶ月前の事だった。

 文面の最後の方にその病名が書かれていた。


 それは宇宙放射線病。

 宇宙で暮らす者に発症する原因不明の難病だった。 

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