第37話 父親面

 カトラリーを皿の上に乱雑と放置した署長は、煙草の煙を纏いながら、たくわえられた口髭をむすりと動かし、そう申し出た。


その申し出に対し、ヨハンは逸早いちはやく反応し、連れて皆が訊きたいであろう事を代表し、代弁・質問をした。


「ということは……何か当てがあるのですか?」


署長はヨハンの言葉を聞き流しながら、また煙草を吹かしつつ、話を続けた。


には違いないのだが……何分、ここ数年は連絡を取っていない旧縁でね。今現在、彼等がどのような役職に就き、どのような視座を持っているのかは皆目見当が付かない。


例の如く、情報屋を使って連絡は取れるだろうが、そこら辺を徹底しなければ――私達に仇をなす存在やもしれん。」


他人の意見を珍しく聞いていたプシエアが――此れまた珍しく、肯定した。


「確かに……そこまでの旧縁で、尚且つこの街なら、閑職かんしょくに追いやられていたり、何処かで野垂れ死んでいても不思議じゃないが……一体、何の集まりなんだ?」


刹那、署長の瞳に不吉な色が奔る。


然し、平素ふだん顔を見合わせて腹を探り合う俺以外は、そのに気付く事なく。プシエアの話に傾聴し、署長の過去に眠る発色剤に気付かずに居た。


「―― GCAタワー初期の見取り図を所有している集まりなんて、想像し難い……いや、建設会社に知り合いが居るのか? 確かに、守秘義務ナンテ知ったこっちゃないって感じだしなぁ。」


そこにヨハンが、毎度の如く話を頭ごなしに否定し、割り入ってきた。


「んーん、プシエア。一概にそうとは言えないよ。あのGCAが、そこまで信頼性の低い建築業者に仕事を頼むとは思えません。


仮に、プシエアの言うような建築業者なら、今頃、都市街を無造作に拡大していることでしょう。そんな業者は、10年前の――それも頻繁に増改築されるGCAタワーの、初期の見取り図を大切に保存する筈がありません。」


それから、ハシギルが続け様に口を切る。


「それには賛成――。そもそも、パーティ当日ではなくすれば良いんじゃないか? 平日なら――」


とハシギルが言い終える寸前。空かさず署長が一言「無理だ」と、穏やかに放った。


勿論、次は「何故だ?」と続く筈だが、ハシギルはその言葉が口から漏れ出す前に、口を閉じて沈吟ちんぎんし、暫くした後にようやく口を開いた。


「――“身体ボディスキャナー“か?」


「そうだ――広くは空港、銀行で使われ。今では、認識番号サービスを受けられる場所の殆どに設置されている、不審物等の取り締まりに有用なスキャナーだよ。皆も一度は見た事があるだろう?


然し、GCAのは少し違ってね。顔認証や骨格識別といった識別システムが進歩したことにより、身体の情報を登録すれば、自らの身体が通行証の代わりになり、スキャナーに通るだけで済むというものになっている。」


「ああ例の、文字通り相手をに出来るというスケベマシーンか。」


ズミアダが余計な知識をひけらかし、少し間が空いた後に署長が喉を鳴らしながら、話を戻した。


「んん……つまり、だね。平日に、どうにかして社員専用列車に社員として乗り込んだとしても、改札――或いは列車のドアにスキャナーが在ったなら、そこから直ちに特定され、計画は台無しになる……と言うより、在ると思って挑んだ方がいいだろう。


ここまで情報が少ないとなれば、と謂うものが必ずあらわれてくる。」


そこでハシギルが、相槌をうちながらも再度、口を挟む。


「なるほど。それで、パーティ当日のスキャナーはどう対処する?」


「パーティ当日のスキャンがどの様な形式で行われるのは不明だ……けれども恐らく、“スプール“のような一時的に情報を保管する場所が在ると考えられる。


やはり、何と謂ってもGCAのパーティ。参加者が限られようと、その数は尋常ではない。加えて社員の様に平素から、GCAタワーに通う人種ようなでもない。


そして今では、この様なパーティ形式で一時保管所を設けるのは、最早必定となっているのだよ……最も、君らには無縁だったかもしれないが、これに至ってはGCAが例外という事はないだろう。


保管所の発見も、無理な話ではない。」


「分かった。それなら俺が対応しよう。顔が割れていない上に、機械のことなら多少の知恵がある。偽装も初めてではない。」


 そうして話がひと段落すると、プシエアがざっくりと、然し雑多になった情報を端的に話した。


「つまり、保管所に偽造データを流し込み、ってコトか。」


「プシエア……その言い方、やめてくれ。」


ズミアダが呆れと諦観に満ちた口調で、そう呟く。あわよくば「女にならなくても済むのでは?」と、考えていたに違いないだろう。


言うまでもなく。その意思は彼の全身から溢れ出し、皆もそれをわかった上で、然し若干楽しんで話を進めていた。


 「では最後に、確認ついでにまとめさせて頂きますね――」


あれから暫くして、話が脱線しかけた頃。ヨハンが率先して、話を始めた。皆も一先ず雑談を中断し、明日に備えるようにして傾聴していた……プシエア以外は。


「――先ず便宜上、ズミアダとデル特捜署署長、ハシギルを潜入班。他三人を強襲班と呼びます。


では早速……当日、ハシギル以外の潜入班は事前にデル署長の知り合いから借りた、4人乗りの飛行車で正面からGCAタワーに潜入する。


ハシギルはスキャナーのデータ一時保管所を発見・特定した後に、偽造データを流し込み骨格と身体データをすり替える。


同時刻――何らかの方法で、戦闘班が外部から侵入。中央管理室にアプローチをかける……その際、戦闘になると思われます。


そして中央管理室へ気を逸らしている最中に、ズミアダさんにはサーバー室への侵入方法を調査してもらいます……場合によっては中央管理室の制圧と、サーバー室への侵入は前後するでしょうが、それは臨機応変に。


そしてGCAと“被験者“、そしてGCAと“組織“の関係を証明するデータを入手した後に、戦闘班の侵入時と同じ経路で脱出・散開――という流れです。


未確定部分は明日に最終決定し、そこで作戦βも計画するつもりですが……一先ずは、見取り図を手に入れてからになるでしょう。」


 ヨハンのを最後に、その日の会議は流れるように解散した。爾後じごは各々、思うがままに余暇よかを過ごしていた。


ヨハンは皆の食器を食器洗いに入れ、ズミアダ・デル署長は話し合いながら買い出しリストを。ハシギルはもう姿が見えないが……部屋に戻り、聖書でも読んでいるのだろう。


そしてプシエアは――リビングの隅で、カーテンの隙間から外を眺めつつ、衛星電話で家族に連絡を入れていた。


『父親の顔だ。』


普段の自由奔放な彼とは違う。家族にのみ見せる父親の顔――不快だ。


俺は二度、父親を死なせた。俺の所為だ。そしてまた、同じようになるのではと思うと、何時ぞやの覚悟が揺らぎだす。


そして、産まれて間もない小さな人間性が、悪魔のように左耳から問い掛けてくるのだ。


「お前は彼をのか?」と。

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